7-1 登用試験1
年末のフェルゼンの冒険者ギルドに妙な噂が流れていた。
「なぁ、聞いたか?」
「あん? ・・・あぁ、例の2人組の噂か?」
「おう、ダンの奴が出くわしたんだとよ。結構な数の魔物に襲われてヤバかったらしいが、その2人組に助けられてお決まりのセリフで尋ねられたってよ」
「「ユウという男を知らないか?」ってか?」
「そうそう、ダンも気が動転しててフェルゼンの近くに住んでるって素直に答えたら礼を言って引き下がったらしい。それが2日前の事だってよ」
「強い上にエラく美人なんだろう? ・・・アレかな、昔の女かな?」
「どうだろうな・・・まぁ、タダモノじゃなさそうだ。でもそれなら街で見かけてもおかしくないんだがなぁ・・・」
こんな感じの噂である。
その噂の本人達は今日も外で野営の準備に余念がなかった。
「全く・・・いつになったら私達はユウの奴めに出会えるのだ? こうして放浪してもう一週間だぞ?」
「・・・仕方が無いではないか、まさか街に入る為に身分証を見せろなどと言われるとは思わなかったのだ。金目の物は多少持っているが、そもそもそれを人間の金に換える伝手がない。街にも入れず宿にも泊まれずとなれば野宿しかないだろう?」
「別にそんな事に文句は無い。ただ、ままならない現状を歯痒く思っただけだ」
噂の2人組の美人冒険者とはウェスティリアとサイサリスの事であった。まず2人は一番近いアザリアの町で悠の情報を得ようと目論んだのだが、そこで引っ掛かったのが身分証の問題である。
これまでのアザリアの町であれば身分証が無くても多少金目の物を積めば町に入る事も身分証を作る事も可能であったが、新しく就任した町長であるクエイドは犯罪を助長しかねない賄賂の類は特に厳しく改めさせた。そのお陰でウェスティリアは金さえあればどうにでもなるという思惑を外され苦労しているのだ。
それに、人間の事を多少知っているとは言っても所詮伝聞情報でしかない。悠とバローも最初は身分証を持たなかったが、ウェスティリアにバローほどの交渉能力がある訳でもなく、出来る事と言えば荒野で出会う者達から情報を入手する程度の事である。
それでもその地道な活動は徐々に身を結びつつあったのだ。
「だが、今度こそは奴の屋敷を突き止めたぞ! 上手い具合にそれはどうやら街の外にあるらしいから、早速明日にでも出向く事にしよう」
「油断するなよ? ユウ以外の者達もそれなりに使える者だった。本気でやれば手に余る事は無かろうが・・・もし私が敗れたらウェスティリアはドラゴンズクレイドルへ帰ってくれ。こんな事はお前にしか頼めない」
「言われるまでも無いが、この際勝つ事を考えようではないか。どうせなら夜を待って屋敷に奇襲を掛けてやろう。寝入り端に攻撃されては堪らんだろう」
「その程度で動じるとも思えんが・・・やるだけやってみるか」
強襲の計画を立てるサイサリスとウェスティリアであったが、その当の悠はと言うと、屋敷には居なかったのである。
(1、3、4、5、7、10、11、13・・・はぁ・・・全く酷い物ね。500人以上集まったけど、業の判定だけで7割方落ちちゃいそう)
(気を取り直して確認してくれ。あくまでこれは予備審査だからな、落とすかどうかはローランの裁量次第だ)
悠の姿はミーノスの街の外に特別に作られた、官吏登用試験場にあった。試験場と言っても簡素な物で、単純に大きな布で仕切られたテント状の施設でしかないが、500人からの人間が集まると流石に熱気が強烈だ。
悠はその試験を受ける者達の監督官として答案に向かう受験者達を監視しつつ、ルーファウスやローランに頼まれた『竜ノ瞳』によってその善悪を見極めているのだった。
今まで官吏であったのを罷免された者達も混じっているが、その数は少ない。一切の縁故や賄賂を禁止している今のミーノスで自分達が受かるはずが無いと考える現実主義者が多かった・・・のであればまだ救いはあったのだが、それに先んじて試験情報の漏洩や金銭による登用を目論んで牢屋に叩き込まれたのであった。まるで懲りていない彼らは今後一生浮かび上がる機会を与えられないであろう。
悠はカンニング対策という事で会場を練り歩いていく。これは名目上だけでなく、実際業を見ながら並行して行っているのだが、こちらも相当に酷い有様であった。大体2人に一人は何らかの方法でカンニングを行っているのである。悠の場合、視力も常人離れしている上にレイラによる探査も出来、その様な不正が通じるはずも無い。
(呆れた・・・こんな稚拙な方法でよくも私達の目を誤魔化せるなんて考えたものね!)
(最初はこの程度であろうよ。まだ彼らにはそれが悪であるという認識が無いのだ。他人は出し抜くものであり、自分は上手く世間を渡っていけると思っているのだろう。残念ながらその様な不正を見逃す理由は無いな。カンニングした者は全員不合格だ)
悠は手元のメモに不正を働いた者の番号を記入していく。面白いもので、業で引っかかった者は漏れなくカンニングを行っているという始末であった。
悠が試験会場を2周ほどした頃にはその手帳は完成していた。発表は2日後であり、250人近い者達は既に自分が不正によって落とされているなどとは思いもしていない。
「それまで! 今から答案を回収します! そのままその場でお待ちなさい!」
試験官を務める官吏の声で全員が顔を上げた。その顔には自信に満ちた表情や精魂尽き果てたといった表情など様々であったが、とにかく後は結果を待つばかりである。
「ではユウ様、最後に総括をお願いします」
「自分がですか?」
「はい、フェルゼニアス宰相閣下より最後にユウ様に受験者に一言述べて貰う様にとの事です。好きな事を喋って構わないと・・・」
てっきり試験官だけで終わりだと思っていた悠だったが、ローランが試験前では無く試験後に何かを語れと言うのなら、この試験を見た結果から語れという事だろうと思った悠は全員の前に出た。
「自分は包み隠さず喋りますが宜しいか?」
「はい、構いません。・・・外に騎士団も配備させておりますので」
どの様な混乱を招いても構わないというお墨付きを貰った悠は頷いて受験者達に向き直った。
「本日はご苦労だった。その中でも特に無駄な苦労をした者達が居る。今回の試験で不正を働いた者達だ」
語り始めから重い言葉に多数の受験生が顔を青くした。
「その者達が試験に受かる事は無い。身に覚えのある者はもう結果を見に来る必要は無いぞ。服に仕込んだり体に仕込んだり魔道具まで持ち出した者も居たがそれらは全て俺が発見済みだ。もしかしたらばれていないかもしれないなどという希望は抱かなくていい。507名中、257名の不正は把握済みである」
ガックリと肩を落とす者、顔を真っ赤にして憤慨する者など反応は様々であったが、言い返せる類の事では無いので反論は起こらなかった。
「そもそも官吏とは国に仕え民に仕える者達であり、その様な幼稚な精神の持ち主が志して良い職業では無い。今後は教育を受けた心身共に優れた者達がその後に続くだろう。その時能力でも人品でも劣る者に居場所があるはずもない。今日の試験に合格しても自らの能力や中身を磨く事を怠らない様に。手に入れた場所を守るも手放すも諸君らの努力次第である」
今後優秀な者達が入ってくれば、今居る者達の中から働きの悪い者は弾かれるだろうという釘を刺し、悠は言葉を締め括った。
「・・・お、横暴だ!! 一体何の権限があって・・・!」
そこに不満を抑え切れずに声を上げる者が出たが、悠の声音は変わらない。
「試験官としての権限である。いい年をしてやってはならん事をやる者に斟酌は無い」
「俺は貴族だぞ!? 本来ならばそちらから頭を下げて宮中に入ってくれと頼みに来るのが――」
「消えろ。貴様が座る席などこの国の宮中には残されておらん。衛兵、摘み出せ」
「「ハハッ!」」
喚く貴族らしき男は衛兵に両手を掴まれて外に引き摺られていった。
「最後にもう一度だけ言っておこう。この国は既に旧来のミーノスでは無い。縁故や金銭、不正で狡猾に渡っていけるなどという腐った考え方は捨て去る事だ。その様な人物はフェルゼニアス宰相閣下もルーファウス殿下も必要となさらん。次回からはもっと性根を入れて試験に臨むように。解散!!」
最後の悠の解散の言葉に弾かれる様に、受験者達は慌ててその場を離れたのだった。
すいません、体調不良で微妙に見直しが甘い気がします。また明日にでも・・・




