6-71 行く年来る年
それから一週間。新たに加わったルーレイやシャロン達はどうなったのかと言うと・・・
「ほらルーレイ、走って走って!! まだ15周(7.5キロ)しか走ってないよ!!」
「おぶえぇぇぇ・・・俺ちゃ・・・も・・・げん、か・・・」
「大丈夫! まだ喋る事が出来るならこの倍は余裕だよ!! 最初は2周しか走れなかったんだもん、凄く進歩しているよ!! 渡した『治癒薬』を飲みながらペースを落として!!」
「ひぃぃぃぃ・・・」
屋敷の外で周回を重ねるルーレイとアルトをバローとハリハリは生温かい物を見る目で言葉を交わした。
「・・・アルト、案外容赦ねぇな・・・」
「ヤハハ、真に友人であるならば甘やかすだけではいけません、締めるべき所は締めませんと。これもユウ殿の指導の賜物ですね」
「アルトが出来ない様なら俺達で発破を掛けてやろうかと思ったけど、中々王子様にしちゃあ頑張るじゃねぇか。ちょっと見直したぜ」
(少々吹き込みましたけどね・・・)
ルーファウスに許可を貰い、屋敷に招いたルーレイにハリハリはあるエサをぶら下げたのだ。
「ルーレイ、私が魔道具で姿を偽っているのは知っていますね?」
「うん! さっすが師匠、すっげー魔法持ってんね!! あの『透明化』もスゲーと思ったけど・・・」
ルーレイが最初に打ち解けたのは同じ魔法に深く関わるハリハリであった。その魔法の奥深さにルーレイは打ちのめされ、即刻ハリハリを師匠に認定していたのだ。尚、屋敷内ではルーレイは一般人として扱われ、皆呼び捨てである。
「そこで偉大なるエルフの叡智でワタクシがあなたの悩みを解消して差し上げましょう!! いいですか? この魔道具はあくまで姿を偽るだけで、その者の本質は変えられません。ドラゴンの魔法に『変化』という似た魔法がありますが、こちらもその者の本質は変化しません。・・・しかしですよ、これらの魔道具や魔法を完全に読み解き、更に発展させる事が出来たならば・・・ワタクシは一つの可能性を見出しているのです。・・・それはズバリ、性・転・換!!!」
「な、なんですとぉぉぉッ!?」
割とノリの似た師弟ではある。
「ヤッハッハッハッハ、ルーレイは性別に関係無く、アルト殿の事が好きなのでしょう? もしこの魔法が完成し、魔道具として定着させる事が出来れば・・・オゥ! 人は好きな性別で人生を過ごす事が出来るではないですか!! 性別の壁さえなければアルト殿だって無碍に断りますまい!! どうです、ルーレイ? やる気が湧いてきませんか?」
「師匠ぉぉぉッ!! 師匠は世界一すんばらしい人です!! ゼヒゼヒこのルーレイめにその知識を分け与え下されぇ~!」
「うんうん、人ではなくエルフですけどね?」
地面に平伏するルーレイの肩をハリハリは優しく抱き寄せた。たまたま通りかかったリーンがイケナイ物を見てしまったと慌てて引き返していく。
「ですから、いくら辛くても鍛練を怠ってはいけませんよ? 魔法の道は一日にしてならず。健全な肉体には健全な精神が宿りますし、徹夜する事もザラな魔法の研究で最後に物を言うのは体力です!! ですから、日々しっかりと学び、鍛えるのです。いいですね?」
「やりまっす!! 俺ちゃん、アルトを女の子にする為に魂を売り渡しますっさ!!」
「その意気です!! ・・・しかし、これはワタクシとルーレイだけの秘密ですよ? 間違ってもアルト殿や・・・ユウ殿には洩らしちゃダメですからね?」
「りょーかいでありますっ、師匠!!」
「よろしい!! ヤーッハッハッハッハッハ!!」
「ニャーッハッハッハッハッハ!!」
「こ、このくらいで・・・諦め、にゃ~で・・・! あ、アルトを・・・女の子・・・に・・・!!」
「ん? 呼んだ? ・・・ああ! そろそろペースを上げないとね!! はい、走って走ってー!!」
「・・・・・・うぴゅ、エレエレエレエレエレ・・・」
「ああっ!? ダメだよ、『治癒薬』を吐いちゃ効果が無いでしょ!?」
吐きながら走るルーレイを見てバローが若干引いた。
「マジで容赦ねぇな・・・」
「や、やる気があるのはいい事です、ヤハ、ヤハハハハハ・・・」
とりあえず笑って誤魔化すハリハリの背後では、また別の人外の鍛錬が繰り広げられている。
「フュッ!!」
「ハッ!!」
打ち合わされた手甲と大剣が眩い火花を散らし、束の間両者を照らし出した。そのまま力比べをする一方は悠であり、もう一方は白銀の全身鎧を纏い、盾を構えたギルザードである。今回はしっかりと兜も被った完全な戦闘態勢だ。
僅かに力で勝る悠が押し込むと、ギルザードはそれに合わせて後方に跳躍しつつ魔法を解き放った。
「『石の矢』!」
「『閃裂脚』!」
ギルザードの左の小手が淡く光り、悠に『石の矢』が殺到するが、悠は回避の隙を嫌い片足立ちになると飛来する『石の矢』を遠目にも残像しか見えないほどの蹴りで砕き散らす。
「まだまだ!!」
重い金属鎧を着ているとは思えない身のこなしで着地したギルザードの、今度は右の小手が淡く光り、悠に『風の矢』で釘付けにすると、ギルザードは短い助走をつけて低空を飛び、大剣を振りかざして悠に迫った。
「オオオオオッ!!」
悠の手を魔法の対処で塞いでいるうちに一撃を加えようとしたギルザードであったが、奇しくも悠は最近アリーシアという風魔法の達人と手合わせをしたばかりで、その対応に手間取る事はなかった。
屈んで的を小さくし、手甲の盾を展開した悠はこちらに迫るギルザードに盾を構えたまま自ら肉薄する。
体を掠め、或いは盾の表面で吹き散らしながら迫る悠にギルザードは一瞬距離感を狂わされたが、すぐに修正して悠に大剣を振り下ろす。
だが、その一瞬の逡巡がギルザードの懐へ悠が入り込む隙を与えてしまい、振り下ろされるギルザードの手首を悠が両手で掴むと、スライディングで潜り込み、ギルザードの腹部に足を添え、その勢いを利用して宙高く投げ飛ばした。
「うおおっ!?」
投げ飛ばされたギルザードが宙を舞っている間に、悠は巴投げをした態勢から後方に回転し、腰を落とした姿勢から一気に後方に向けて飛び上がり宙に浮かぶギルザードを捕捉する。
「『竜墜天・背撃襲』」
ガギンッ!!!!!
「くあっ!!!」
そのままギルザードをオーバーヘッドキックの要領で地面に向けて蹴り落とす悠であったが、ギルザードも直撃だけは避け、盾で悠の攻撃を防いだ。
それでも地面に叩き付けられたギルザードの体がバウンドし、手から大剣と盾が放れてしまい、ギルザードは軽く手を上げた。
「くっ、降参だ!!」
ギルザードを蹴り飛ばした反作用で空中姿勢を制御した悠が倒れるギルザードの前に降り立ち、手を差し伸べた。
「試運転にしては上々の立ち上がりなのではないか?」
「・・・それはそうなのだが・・・まともに一撃を与える事も出来んとは情けない限りだよ」
悠の手を取って立ち上がったギルザードが兜を取って苦笑いを浮かべた。
「しかしこの鎧は凄いな! 軽く魔力を通すだけで魔法が発動するし、ユウの攻撃を受けても凹みはしたが破壊されていないとは・・・。私が生きた時代には無かったシロモノだよ」
「ヤハハハ、どうですか? ワタクシとカロン殿、カリス殿の合作、『真式魔法鎧』は? どこか不具合はありませんか?」
そこにハリハリが嬉しそうに声を掛けた。このギルザードの鎧はハリハリが設計図を引き、カロンとカリスがそれに従って作り上げた、エルフですら持っていない究極の『魔法鎧』である。
「全く違和感は無いよ。強いて言うならまだ私が慣れていないせいで、この鎧の潜在能力を引き出せない事だな。現状で50%ほどか」
「ユウ殿とまともにやり合えて50%と仰いますか!? 結構結構!! 使いこなせるようになれば、生身の状態ではユウ殿でもそうやすやすとは勝てないと思いますよ?」
「確かにな。動きも筋力もこれまでとは桁違いだ。最早Ⅵ(シックスス)などという次元ではあるまい。Ⅹ(テンス)の魔物に等しかろう」
最初の大剣を受けた時点でユウはギルザードの力量を悟ったのだ。力も速度もバローの『絶剣』に迫る斬撃をギルザードはごく普通に繰り出してみせた。もし使いこなせば、悠も『竜騎士』にならなければ対抗するのは非常に厳しいと言わざるを得ないと実感させていた。
「Ⅹのデュラハン(首無し騎士)なんて聞いた事もねぇや。油断してたら挽肉にされちまうぜ」
「それもこの鎧のお陰だよ。これに比べれば、今までの鎧など紙の装甲に等しいな」
軽く胸元を叩いてみせ、ギルザードは満足そうに笑った。『真式魔法鎧』は神鋼鉄、龍鉄、真龍鉄、そして魔力伝達を円滑にする為にカロンが作り出した、精霊鋼の複合装甲だ。展性のある神鋼鉄で接合部を覆い、硬度の高い龍鉄で基本装甲を形成、末端の攻撃に使える部分は真龍鉄で更に硬度を高めている。また、鎧内部に施された魔法陣は魔力を通すだけで魔法を行使可能であり、右手で正の三属性、左手で負の三属性を操る事が可能になっている。つまり大掛かりな魔道具でもあるのだが、その性能は既に魔道具というよりは神器の域に達していた。
「この鎧、一体いくらするんだろうな・・・」
「そうですねぇ・・・材料費、施された技術、制作に関わった者の知名度、その完成度からして・・・金貨20万枚くらいじゃないですかね?」
「にじゅっ!? ・・・こ、国宝かっての・・・」
思わず涎が垂れそうになったバローを見て、ギルザードは自分の体をその視線から隠した。
「だ、ダメだぞ!? ディルは私の大切な相棒なのだからな!!」
「・・・鎧に名前付けてんじゃねぇよ・・・しかもそれ弟の名前じゃねぇか・・・」
「心配しなくても、この技術を広めたりしませんよ。ワタクシがシアに殺されます。それにあえて値段を付けましたが、金銭で買える品ではありませんしね」
ハリハリの言う通り、エルフの技術を漏らしたとなれば、アリーシアの怒りは計り知れない物になるだろう。今度は腕をもぎ取られるかもしれない。
「皆さん、お茶をお持ちしました」
そんな会話を交わす一同の前に茶盆を持って現れたのは、装飾を簡素に抑えた黒いドレスを纏ったシャロンである。
「シャロン様!? その様な端女の如き振る舞いはお止め下さい!!」
「口を慎みなさい、ギル。この場所では身分の上下はありませんわ。むしろ私達は居候なのです、このくらいお手伝いして当然です。あなたもその鎧をお世話して頂いたのでしょう?」
「う・・・は、はい・・・」
「さ、ユウ様、バロー様、ハリハリ様、お茶をどうぞ」
ギルザードが引き下がったのを見て、シャロンがにこやかに悠達に茶を差し出した。
「ありがたく頂こう」
「ハハハ、シャロンのお茶が飲めるなんて、ボカァ感激だなぁ!」
「ヤハハ、無茶苦茶気色悪いですよバロー殿。ありがとう御座います」
悠達が・・・というよりも悠がお茶を飲むのをシャロンは嬉しそうに見守っている。ちなみにギルザードは喉が繋がっていないので水分を経口で摂取出来ないのでお茶は無しだ。
「少しはここの生活にも慣れたか?」
「ええ、皆さんとても良くして下さっていますわ。流石はユウ様の教え子さんですね」
最初はシャロンに忌避感を抱いていた者達も、シャロンの控え目かつ他人を立てる性格に次第に心を許し、今では普通に接する事が出来る様になっていた。例外として神奈だけは未だに恐怖心が拭えない様子だったが、シャロン個人に含む所があるのではなく、単純にオカルト存在に対する迷信的な恐怖心ゆえだ。その為、見たまんまオカルトなギルザードの方が苦手らしく、ギルザードもそれを鑑みて普段は首にスカーフを巻いて接合部を隠している。
「シャロンの鍛練は今日は休みだな?」
「はい、この後の事もありますので・・・」
シャロンの鍛練はルーレイが行っている様な基礎鍛練とは一線を画するものだ。シャロンの筋力、体力は理性を保てるノーマルな状態で既にバローやシュルツを上回っている。また、自衛の為にギルザードより習い覚えた格闘術はギリギリ一流に届かない程度だが、無限に近い再生能力と相まって持久戦になれば悠以外にはまず負ける事が無いのだ。
ならばシャロンの鍛練は何なのかと言えば、それは『吸血』による暴走の抑制である。
まず悠の血液を一滴、コップに垂らし、それを大量の水で薄める。シャロンはそれを飲み、理性を保つというものだ。始めた当初は一滴の血をそのまま摂取させたのだが、たった一滴の『吸血』でシャロンの意識が飛び掛けた為、急遽水で薄める事になった。
「恥ずかしながら、血の暴走を抑制する訓練など思い付きもしませんでしたので・・・ご迷惑をお掛けします」
「『吸血』自体を厭うていたのだから仕方がない。だが、自分が克服したいと考えている事を放置するのは感心出来ん。血を前にしても、感情を激しく揺さぶられる事があっても、心に一本の揺るぎない柱を持たねばならん。理性の無い力こそが暴力だ。それが嫌ならば己の力で克服するのだ」
「はい、肝に命じます」
シャロンの鍛練は精神修行である。シャロンは大抵の事で感情を乱す事は無いが、血を前にした時と親しい者が害された時だけは激しく感情が荒れ狂う。悠はその中でも本能の働きが強い吸血衝動を抑制する方を選んだ。より強い本能を抑える事で精神的なレベルの向上を目論んでの事である。
シャロンは本能の要求によく耐えた。鍛練を行う時はギルザードと悠のみを部屋に入れて行うが、それは危険だからという理由の他に、血に狂う自分を他の者に見せたくないというシャロンの願いでもあった。・・・本当は悠にこそ最も血に狂う姿を見せたくは無いのだが、だからこそシャロンは全身全霊を込めて血の暴走の抑制に努める事が出来た。
その甲斐もあって、今は最初の倍程度の濃度までならばギリギリでシャロンは耐える事が可能になっている。そして、それに応じて強化された力を理性のある状態で振るう事が出来るのだ。
「そろそろ今年も終わりか・・・」
次第に暮れる時間が早まる空を見て、悠が感慨深げに呟いた。異世界で冬の侘しい空を見ていると、悠でも郷愁にかられる事があるのかもしれない。
《今晩はパーティーだって言ってたわよね? 確か、クリスマスって言ったかしら? そろそろ中の飾り付けも終わるんじゃなくて?》
レイラが言うと、丁度中から明が飛び出し、外で鍛練に勤しむ悠達に声を掛けた。
「悠お兄ちゃーーーーーん!!! パーティーの準備が出来たよーーーーーっ!!!」
そのまま悠に飛びつく明を抱き止め、にっこりと笑った明が高らかに宣言した。
「悠お兄ちゃん、メリークリスマス!!! って言うんだよね? これからもずっと一緒に居ようね!!!」
「ああ、メリークリスマス。明が無事に帰れるまで、俺はずっと一緒に居るとも」
「うふふ。行きましょう、ユウ様?」
シャロンが悠の指先を小さく握り、悠もそれに合わせて歩き始める。
悠にとって激動の一年が終わろうとしていた。そしてそれはまた更なる激動の一年が始まる事を意味していたのだった・・・。
長くなって更新が遅れましたが、そこそこ上手く纏まったのではないかと思っています。
これにて第六章完なのですが、閑話を少し足そうか迷っています。ちょろっと書いてみて、明日までに決めますー。




