6-69 一線
「これはこれは、救国の英雄殿にご足労頂き恐縮です。マンドレイク公の屋敷で少しだけ顔を合わせましたな。財務大臣のサファリオ・ソートンです。以後宜しくお願いします」
「こちらこそ、ソートン侯爵の過大な評価に恐縮しております。冒険者集団『戦塵』を預かるユウです」
目の前の悠をサフィリオは注意深く観察した。今ミーノスで最も有名な人物であり、かつ最強の冒険者である悠を見極める為に。
流星の如くミーノスに現れ、一月ほどで国の中枢と深く関わる様になった悠に向けられる視線は様々だ。尊敬、羨望が最も多いが、疑惑、嫉妬、敵意などが皆無な訳では無い。今この部屋に居る者達も多くは肯定的な視線を持っているが、ごく少数は悠がどの様な人物であるのかその目で確かめようとする気配が見え隠れしていた。
サフィリオもそういった人物の中の一人である。これは別に悠に反感を持つからでは無く、それだけこのミーノスという国への想いの強さからだった。
国王に容易に近付き得る信頼と、その政策にすら関与し得る頭脳、何人たりとも寄せ付けぬ武威は、裏を返せばこの国を易々と乗っ取る事が出来るという事実を孕んでいる。例えどれほど称賛に値する人物であろうとも、臣下たる者として警戒せぬ訳にはいかないのだ。
今目の前に居る悠にその様な瑕疵を見つける事が出来なかったサフィリオは軽く牽制してみる事にした。
「・・・なるほど、先日の捜索の報奨金の件ですな。既にこちらにご用意は出来ております」
悠から手渡された証明書を読んだサフィリオは部下に命じて報奨金を悠の前に運ばせた。
「金貨5000枚、並びにルーファウス殿下より王金貨が4枚、『戦塵』の方々に下賜されております」
「有り難く頂戴致します」
サフィリオの言葉に悠は自然体で返したが、後ろのバローは一瞬体を硬直させた。王金貨は金銭的な価値でいうならば金貨100枚に相当する特別な金貨というだけの物であるが、対外的にはこの金貨を下賜される人物はその国に対して多大な貢献をし、尚且つそれを国が認めているという事を表す物である。王金貨を持つという事実は重く、侯爵並の爵位を持つ者と同程度の扱いを国に保障されたと同様の意味を持っているのだ。つまり、サフィリオは悠達が自分と同格かそれ以上であると言外に述べていた。
「それと・・・」
更にサフィリオは部下から別の袋を受け取り、その上に積み上げた。
「これは何でしょうか?」
問う悠にサフィリオはにこやかに答える。
「この金銭は私達からの感謝の気持ちです。この度のお働き、我ら一同感謝の念を抑えがたく、お気持ちとしてご用意させて頂きました。是非お納められますよう」
そこでサフィリオが頭を下げると、官吏達も一斉に悠に向かって頭を下げる。
「・・・」
悠はその金貨の袋を感情の無い目で見つめ、サフィリオに言葉と、そして金貨を返した。
「お気持ちは有り難く頂戴致しますが、これは受け取れません。この金銭が国庫からの物であるならばこれは不正な支出であり、また私財であるならば自分は自分の心に従ったのみであり、受け取る理由がありません。この様な事に使われるよりも、この国を良くする事にお使い頂きたい」
「・・・この金銭は帳簿には残りません、また、この場に居る者も決して口外はしないと誓いましょう。それでも受け取って頂けませんか?」
「それ以上は仰らぬ方がよろしいかと。仮にも国の財産を預かる者がその様な見識では後顧に憂いが生じます。即刻考えを改めて頂きたい」
悠とサフィリオ間に不可視の火花が散った。沈黙は十数秒続いたが、やがてサフィリオが表情を崩した。
「・・・流石は英雄殿です。その心、私の思い及ぶ所では御座いませんな・・・。試す様な真似をしてしまい申し訳ありません。この度の仕儀は全てこのソートンの独断、殿下も宰相閣下もご存じありません。どうぞお許しを」
「いえ、素性確かならぬ者が宮中に入り込んでいては無用の誤解の種にもなりましょう。むしろ、殿下のお近くにソートン侯爵の如き忠臣が侍る事を心強く思います。自分の事ならお気になさらずに」
2人の間の緊張感が消えた事で部屋全体の空気も軽くなり、汗を掻いていた官吏達もホッと胸を撫で下ろした。
「これに懲りず、殿下と宰相閣下の良き御相談役としておいで頂きたい。ユウ殿の革新的なお考えの数々はこの国を良き方向に導く物と私も認識しております。本日はご無礼仕りました」
「こちらこそ、冒険者風情が差し出がましい口を利き失礼致しました。殿下や宰相閣下が政務に精励出来るのもそれを支える臣下あっての事と理解しております。今回下賜された報奨金から1000枚、国庫に寄付致しますので、国の為にお使い下さい」
そう言って悠は金貨の袋の一部をサフィリオの前に返すと、今度はサフィリオが動揺した。
「い、いえ、これは正当な働きに対する対価で御座いますゆえ・・・。それにユウ殿には目に見えぬ所でも何かとご支援頂いております。今後を鑑みれば是非受け取って頂きたいのですが?」
「このユウ、金銭の多寡で働きを変える様な真似は致しません。これからこの国では益々金銭は必要になりましょう。自分は冒険者ゆえ、食い扶持は自分で稼ぎます。お納め下さい」
あくまで国の重要人物では無く一冒険者としての立場を崩さぬ悠にサフィリオは深く頭を下げた。
「・・・では有り難く受け取らせて頂きます。この金銭は必ず国の為になるよう使わせて頂く事を誓いますので」
「では、自分は失礼致します。多忙な中、お時間を割いて頂いてありがとう御座いました」
悠達が部屋を退出すると、立っていた官吏達は一様にどっかりと椅子に腰を下ろした。
「はぁぁぁぁ・・・サフィリオ様、あまり無茶をなさらないで下さい、寿命が縮みましたよ・・・」
「済まない、しかしどうしても一度自分で確かめておきたかったのだ。・・・だが彼の人物は正真正銘の英雄だったな。戦場にあって古今無双、平時にあって高潔無私。金銭に汚いという噂も所詮はただの噂に過ぎなかったようだ。むしろ目が曇っていたのは私の方かと恥じ入るばかりだな」
甘言を撥ね退け、諫言を厭わぬ悠の姿勢にサフィリオはある種の感動を覚えていた。後腐れなく手に入る金銭を前にそれを撥ね退け、更に弾劾の言葉を口に出来る人間は多くない。実際はあの金貨はサフィリオの私財から供出した物であり、もし悠が受け取るならそれはそれで構わぬと用意した物だ。だが、受け取っていたならばサフィリオは悠に対して一線を引いていただろう。
「逆に発破を掛けられてしまったな。彼の人物の期待に沿う為にも、我らも一段と奮起して職務に当たらねばならん。殿下及び宰相閣下の政策の土台をお支えするのは我らの役目だ。皆もそのつもりで職務に精励してくれ」
「「「ハッ!」」」
この一件により、官吏の意識が一層高まったのは言うまでも無い事であった。
「中々食えねぇオッサンだったな。それにしても金貨1000枚はやり過ぎじゃねぇのか?」
「元々俺はそのつもりだった。今回の依頼の分も含めれば既に5000枚の金貨を得ているのだ。足りなくなればまた稼げばよかろうよ、俺達は冒険者なのだからな」
そう言って悠はバローに小分けにされた金貨の袋を投げ渡した。
「先に分けておいた金貨500枚だ。無駄遣いするなよ?」
「チェッ、お前と居ると忙しくて使ってる暇なんざねぇよ。俺もすっかり小金持ちだぜ」
「ハリハリにも一部渡しておこう。何か必要と思われる物があったら買ってくれ」
悠はハリハリにも金貨500枚を渡し、ハリハリも恭しく受け取った。
「これはありがとう御座います。実は少々考えている事がありまして、少し資金が欲しいと思っていた所なのですよ。しばらくはゆっくり出来そうですから、研究に使わせて貰いましょうか」
何やら考えのあるらしいハリハリが笑顔で答えた。
「おっし、今日は飲むぜ!! メロウズにいい酒が手に入る場所でも聞いてみっかな!」
「ヤハハ、いつも飲んでいるではありませんか、バロー殿は」
「お前は一言多いんだっての!」
事を終えた充実感を感じながら、悠達は王宮を後にしたのだった。
ほんのちょっとだけ出ていたソートン侯爵です。中々骨のある人物ですね。ローランが信頼するのも頷けます。
一応次で章の区切り予定ですが、書いている内に少し伸びるかもです。




