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閑話 遥かなる呼び声@蓬莱1

「・・・ただいま・・・」


真は重い足を引きずって千葉家の玄関の扉を開いた。既に家で働いている者達も帰り、大きな屋敷を持つ千葉家は夜の静寂の中にあった。


「はぁ・・・」


真も『竜騎士』なので体力面で疲れているのでは無く、この疲れは主に精神面から来る疲れであった。真の上司(雪人)は真に仕事が無い時間があるのがまるで大きな罪であるかの様に次々と仕事を持ち込み、それが終わる頃にはまた新たな仕事を倍と積み上げるのだ。よくもまぁこんなに仕事を作り出せるものだと逆に感心してしまいそうになる。


最近では家族もどうせ遅くなると考えて先に寝てしまっている事も多い。昨日から冬季の休みで家に帰っている滉などとはまだ満足に会話すらしていない始末だ。


「・・・これが宮仕えの悲しさ・・・なのかな? こんな生活じゃ結婚しても奥さんに逃げられちゃいそうだ・・・」


《何を軟弱な事を。椅子に座って仕事が出来て、命の危険無く日々を過ごせる事を有り難く思えばいいではないか》


「そうなんだけど・・・これまでの日々との落差がね?」


真は『竜騎士』の中でも特に穏やかなタイプであり、好戦的な要素は表面上は殆ど無いが、元々は戦いを厭う性格ではない。単に思春期で捻くれていたのを悠や雪人、匠に修正され、その攻撃性を上手く包む事が出来る様になっただけの事だ。デスクワーク一辺倒な今の生活にギャップを感じるのも仕方がない。


簡単な食事を取って風呂から上がると時刻は既に真夜中に近い時間帯であった。


「今度の遠征の計画、もうちょっと煮詰めないとなぁ・・・季節的にまずは南からでいいとして、確保した土地の管理や開拓計画も・・・ふぁ~・・・」


この分だと夢の中にまで仕事の事が出て来そうだと微睡み始めた真を覚醒させたのはガドラスからの一言であった。


《っ!? マコト!! 『心通話テレパシー』の波を感知したぞ!! これは・・・ユウからだ!!》


「うえっ!? ちょ、ちょっと待った!!」


その一言に慌ててベッドから飛び起きた真はナナナから譲り受けた『隔世のペンデュラム』を机の上から掴み取ると急いで竜気プラーナを流し込む。


するとその細い鎖を伝いペンデュラムが高速で円運動し始め、その内側に背景とは違う像を結び出した。最初は何が映っているのか分からない砂嵐の様なそれは徐々にクリアになり、やがて数十日ぶりに見る悠の顔を浮かび上がらせたのだった。


「悠さん!? 悠さん!! 聞こえますか!?》


《ああ、聞こえている。息災の様だな、真》


「それはこちらのセリフですよ! ご連絡を今か今かと待ちわびておりました!」


どっと安堵の溜息が洩れるが、ほんの少し集中を乱しただけで映像は乱れ、真は慌てて集中を取り戻した。


《あまり長く話せそうも無いな、伝えるべき事を伝えておく。この世界はアーヴェルカイン。そして生き残った子供達は助け出した。小鳥遊姉妹も無事だ。召喚は召喚器と呼ばれる道具によるものであり、その背後に暗躍する人物あり。詳細はまた後日伝える》


悠の方も初めて繋がったばかりで長話が出来ないのだと察した真は今悠に言われた事を頭に叩き込んだ。悠と真のコンビはそれなりに長く機能していたので情報伝達に狂いはない。


「了解しました! 早速皆にも伝えておきます!」


短いが有益な情報に真は敬礼を送った。特に小鳥遊姉妹確保の報は足繁く軍本部に顔を出す母親の咲を多少なりとも安心させるだろう。また悠は異世界召喚の原因も突き止めた様だ。流石は悠さんだと気持ちが緩んだ真が改めて映像に注視すると、悠の両脇を固める、真の目から見ても中々に可愛い少女の片方と目が合った。・・・そして少女は爆弾を投げ付けて来たのだった。


《悠先生の婚約者候補の葛城 蒼凪です。ではでは》


一層悠に体を近付けてひらひらと表情も乏しく述べる少女の言葉が真を混乱の渦に叩き落とす。


「えっ!? ゆ、悠さん、えっ!? 一体それはどういう意味ですか!? ウチの妹達に自分はどう説明すれば!? 悠さん! 悠さーーーーん!!!」


《マコト、もう『心通話』は途切れている。叫んでも通じんぞ》


少女の言葉を最後に乱れた映像はそのまま復帰する事無く、ペンデュラムは力を失って床に転がっていた。


「・・・と、とにかく夜中であろうとも『竜騎士』を全員招集しないと! すぐに着替えて――」




「お兄様ーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」




大音声と共に真の居室のドアが開け放たれ、ドアの蝶番がその勢いに耐えかねて一つ吹き飛んだ。そして内部に入って来た物体が着替えようとしていた真の腹に全力で飛び込んで来て、寝間着を脱ごうと片足だった真を部屋に押し倒した。


「ぐはッ!? な、何をするんだ滉!?」


その正体は滉であった。何で家で寝るのに煽情的な半透明のネグリジェなのかは真の思い及ぶ所では無い。そして当の滉もそんな事は全くお構いなしであった。


「いいから私の質問に答えて下さいまし!!! い、今悠様のお声がしましたわ!!! そ、そ、そ、それに、こ、こっ、こん・・・」


「お、落ち着け!! いいから少し落ち着いて話せ!!」


「これが落ち着いていられますか!!! お兄様の部屋から悠様の声がして慌てて隣から来てみれば、悠様に婚約者候補!? ああ、口に出すのもおぞましい!!! 悠様の婚約者候補は未来永劫この千葉 滉が第一候補かつ最有力候補ですわ!!! それなのに何でぼんやり言われたまま言い返しませんの!? 私は悠さんを他の世界になんて譲るつもりはこれっ・・・・・・・・・ぽっちも有りませんからね!!!」


指で極小を表すジェスチャーをしながら滉は鬼気迫る表情で真に詰め寄った。


「お、俺だって無いよ!? と、とにかく今はその話をしている暇は無い!! 帰ったらちゃんと話すからどくんだ!!」


「何を騒いでいるのですか、兄上。もう夜もおそ――」


そこに亜梨紗が目を擦りながらやって来て真は絶望的な気持ちになる。何しろ今の自分の状態と来たら脱ぎ掛けた寝間着は下半身は下着だけで、滉の恰好も男を誘う様なネグリジェだ。そんな妹を腰の上に乗せている兄たる自分は傍から見れば近親相姦上等の変態野郎以外の何者でもない。


絶句した亜梨紗の反応に焦り、慌てて真は取り繕った。


「ち、違うぞ!? 亜梨紗が想像している様な事は何一つ俺はやってない!!」


「兄上の変態!! どう見てもは、は、は、挿入って・・・」


「ってない!!」


真は滉を鍛え抜かれた肉体で振り落とし、立ち上がって下着姿でアピールした。


「ほら! 俺はまだちゃんと履いて――」


「兄上の変態ーーーーーッ!!!」


「ぴぐッ!?」


突然股間を突き出された亜梨紗は反射的に真の股間を蹴り上げ、その衝撃で真の体が浮き上がる。・・・これでも亜梨紗は『竜騎士』なのだ。


のたうち回る真を見て少し冷静さを取り戻した滉は仕方ないので走り去った姉には自分から説明しておこうと、羽織る物を取りに自室へと戻って行った。後に残されたのは下着姿で悶絶する真だけである。


「・・・お、俺の平穏はどこに・・・」


《・・・そのうちに見つかるかもしれん事も無いかもな。『再生リジェネレーション』するか?》


「つ、潰れてない・・・ちょっとだけ黙ってて、ガド・・・」


いくら不意を突かれても真も純戦闘型では無くとも『竜騎士』である。亜梨紗にクリーンヒットを許さず、インパクトの瞬間に足で挟んで衝撃を逃がしていた。そうでなくては男としての真はここで一旦終わっていたはずだ。


10分ほどで復帰した真と滉に説得された亜梨紗は多少ぎこちなくはあったが真夜中に軍本部へと駆けて行ったのだった。

不幸属性が染みついていますね。人によってはご褒美かもしれませんが、真はノーマルです。

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