6-64 邂逅15
風呂に入り、食事が終わったらまずは反省会となった。今日の戦闘で個々人の問題点と連携についてのアドバイスを行い、その後にアリーシアとナターリアに悠自身の素性やこれまでに行って来た事などを時系列で纏めて話していく。
「・・・大体話は分かったわ。ユウは異世界から来た『竜騎士』で、その目的は『異邦人』の子供達の救出と世界の救世。そしてそれを依頼したのはナナとか言う名の神様なのね?」
「うむ」
「馬鹿げた話だわ。荒唐無稽で信じるに値しないんだけど?」
黙って悠の話を聞いていたアリーシアは聞き終わるとその話を一蹴した。
「は、母上、ユウは嘘を付く人間ではありませんよ?」
「そんな事は今日一日で痛いほどに分かってるわよ。だからと言って国の方針に関わる事を人族の風来坊一人に言われた程度でコロコロ変える事なんて出来る訳無いでしょ? 確かに普通の人間には出来ない事を色々出来るみたいだけど、それがユウの言葉を裏付ける証拠にはならないわ」
「うっ・・・」
アリーシアは現実的な視線でナターリアの言葉を切り捨てた。悠の能力が優れているからと言って、その言葉を妄信する気はアリーシアにはなかったのだ。
「客観的な証拠でこの世界が滅亡に瀕していると示す事が出来ないのなら、私の方針は変わらないわ。ドワーフを滅ぼしてエルフを安んじる事こそが私の目指す国の未来よ。それともあるの、客観的な証拠が?」
悠はアリーシアの言葉に自分の手持ちの物でこの世界が危険だという証拠になる物が無いかと考えたが、竜器を見せても魔道具と言われれば証拠としては弱く、『竜騎士』は悠の強さの証拠にしかならない。ノースハイアの召喚器も同様で、そもそも使って見せる事も出来ないのだ。『虚数拠点』も似た様な物だし、『豊穣』や『竜ノ瞳』もそれは変わらない。
だから悠は一つ予言を送る事にした。
「・・・今俺が客観的に確実に示す事が出来る証拠は無いが、先に聞いておく。エルフの国にこれまでの常識からは考えられない様な技術や、それを可能にする物品を携えた正体不明の女が来訪した事は無いか?」
「何それ? そんな怪しい女は見た事無いわよ?」
「ならば予言しておこう。遠からず、エルフの国にもその女が来るはずだ。その女こそ世界を滅ぼさんとする元凶に近しい人物であり、過去からこの世界を少しずつ悪い方向に導く存在であると言えよう。もしその女が現れたら俺の言葉が真実であると信じて欲しい。その前に俺がその女と接触出来れば、捕らえてアリーシアの前に引っ立てよう」
悠はそう言いながら『冒険鞄』からノースハイアで手に入れた召喚器を取り出してテーブルの上に置いた。
「これはその女が蒔いた物の中で唯一回収する事が叶った品だ。これこそが子供達をこの世界に引き込んだ元凶であり、その謎の女からノースハイアに供与された物品である」
「その相手はワタクシよりも優れた魔法理論の持ち主なのは間違いありません。そもそも『異邦人』の子供達が他種族と流暢に言葉を交わせるのはこの召喚器のお陰なのですよ。まだ私にも理解出来ない機能が隠されているので迂闊に破壊も出来ませんが」
「この子達の言葉はハリーが教えたんじゃないの?」
アリーシアの質問にハリハリは首を振った。
「この子達は最初から言語には不自由していませんでしたよ。魔法言語すら諳んじていましたからね」
「ふーん・・・ケイ、今私が言っている意味が分かったら右手を上げてみて」
「はい、これでいいですか?」
試しにドワーフの言語で語り掛けたアリーシアの言葉通り、恵が右手を上げて見せるとアリーシアも引き下がった。
「どうやら他の子も理解出来ているみたいね。・・・分かったわ、もしユウが言う通り、その謎の女とやらがウチの国に現れたらユウの言葉を信じて多少の協力はしてもいいわ。だけど!」
アリーシアはそこで語気を強くして悠に釘を刺した。
「だからと言ってドワーフと仲良くするなんて事は死んでも御免よ。エルフにはドワーフを憎む正当な理由があるわ。最高の結果が出ても不干渉まで。あんな不義理な種族をのさばらせておく事こそが悪に繋がると私は疑ってないから」
アリーシアの、エルフのドワーフへの嫌悪はエースロットの死に起因し、それを今の状況と安易に結び付ける事はアリーシアはしなかった。
「俺もドワーフを直接見た訳では無いので今は説得はせん。現状ではそれで十分だ」
悠もドワーフを知らないのでここで踏み込んだ説得を行うつもりはなく引き下がった。もしアリーシアが言う通りドワーフが邪悪な種族であるならば理はエルフにあるからだ。
「話が終わったなら私は休ませて貰うわ。今日は歩き回って疲れたから」
そう言ってアリーシアが席を立つと、悠は恵を案内に付けた。
「恵、アリーシアを上の客間に案内してくれ」
「はい、分かりました」
「・・・ねぇ、物は相談なんだけど、この子、次に会う時まで貸してくれない?」
「へっ!?」
突然のアリーシアの提案に恵の口から驚きが漏れ、慌てて口を押さえた。
「ケイの能力は私も買っているわ。体を洗うのも上手だし、食事も文句無い出来だし、控え目だけどなよなよしている訳じゃないし。ダンジョンで戦闘を見た限りでも自分の身は自分で守れるみたいだしね。こんな子が近くに居てくれたら私の態度も少しは軟化するかもしれないわよ?」
恵はその提案を悠が受けるのではないかと思って不安げに悠を見たが、悠は即答で否定した。
「駄目だ。そんな事の為に恵を人身御供に差し出す事は出来ん。いや、誰であろうとも同じだが、皆この家の欠くべからざる仲間だ。恵がおらんと俺は安心して外に出る事も出来んからな」
「悠さん・・・!」
悠が否定し、尚且つ自分をそこまで必要としてくれているという趣旨の言葉に恵は思わず口を押えたまま涙ぐんでしまった。事実、恵は悠にとって欠く事が出来ない人材であり、それを抜きにしても咲にその身を任された責任があるのだ。更に恵には妹の明も居て、姉妹を離れ離れにする気は悠には全く無かった。それで交渉が有利に進むとしてもだ。
「・・・はいはい、分かったわよ。私だって無理矢理そんな真似なんてしないわ。行きましょう、ケイ」
「あ・・・はい、どうぞこちらに」
白けたアリーシアが部屋から出て行くと、ナターリアがぽつりと呟いた。
「驚いた・・・母上が他人を褒めるなんて滅多に無い事だぞ? 余程ケイの事を買っているみたいだ・・・」
「恵は才色兼備だからね。・・・というより良妻賢母?」
「う~・・・『家事』の才能と恵の相性が良過ぎるんだよ・・・いいなぁ、あたしも悠先生にあんな風に言われてみたい・・・」
「やはり一番の強敵は恵。巨乳もげろ・・・」
先ほどまでの緊張感が消え去ったと判断した悠が手を叩いて話し合いの終了を宣言した。
「さ、今日はこれまでだ。皆も疲れているだろう、今日は良く休んでおくように。散会」
悠の宣言をもって様々な出来事があった長い一日は締め括られたのであった。
少しは前進したエルフとの状況。ですが問題は山積しています。
アリーシアが恵を誘ったのは半分は演技ですが半分は本気でした。ある程度以上に強くなると、自分に出来ない事を出来る者に敬意を払う様になるのですね。




