6-61 邂逅12
帰り道はシャロンが魔物を遠ざけた為に半分ほどの時間で帰ってくる事が出来た。
「ユウ様、少し待って頂けますか?」
ダンジョンから全員が出た所で悠の腕の中のシャロンが悠に立ち止まる様に願い出たので、悠は入り口で足を止める。
「ダンジョンを閉じますのでそのままで・・・」
シャロンがその身を包んでいる悠のマントから手を伸ばすと、その手が淡い光を放ち、ダンジョンの入り口へと伸びていった。光がダンジョンの入り口に触れるとダンジョンの入り口が収縮し、やがて入り口は影も形無く消え去った。
「ほぅ! ダンジョンは自分の力で閉じられるのですか!?」
「ええ、『迷宮創造』の能力を持った者が自分で作り出したダンジョンに限りますが。他の場所に今の状態で再現する事も出来ます」
「今まで『迷宮創造』の能力を持った者からその解説がされた例は皆無ですからね。能力研究者からすれば喉から手が出るほど欲しい情報でしょう」
ハリハリは蟠りも忘れてシャロンの解説に聞き入っていた。そもそも『迷宮創造』には謎が多く、会話の出来る高ランクの魔物が少ない事もあり、その名称の有名さに反して内実は殆ど知られていないと言っていい。たまに知性のある魔物が主となっていても、そこまで潜って情報だけを求める者はほぼ皆無であり、大抵は戦闘になって殺すか殺されるかで終わってしまうのだ。
「・・・ふぅ、すいません、少し疲れました・・・」
今の魔力行使だけでも相当に消耗したシャロンが青い顔を一層青くして力無く手を戻した。
「屋敷はすぐそこだ、もう少しだけ辛抱してくれ」
「はい・・・」
憔悴するシャロンを抱き直し、悠達は半日ぶりに我が家へと帰還したのだった。
「・・・で、説明して貰いましょうか。ハリーの事、ユウの事、エルフに迫る危機の事とその他洗いざらいね」
ようやく本題である情報開示の時間と見て、アリーシアとナターリアは悠の前に陣取った。
「ハリハリの事はハリハリに聞いてくれ。それが一番理解しやすいはずだ」
「そうね。ハリー、何故あなたが自分の家に火を付け、死を偽ってまで国を出たのか教えて頂戴」
「教えて下さい、ハリーおじ様。エルフの国はおじ様にとってそんなに生きにくい場所でしたか? 国一番の賢者と呼ばれ、誰からも尊敬されていたおじ様が何故・・・?」
アリーシアとナターリアの真剣な表情にハリハリも自分の想いを包み隠さずに伝える以外の道は無いと口を開いた。
「優秀な同僚、潤沢な資金、惜しみない賞賛。誰もが羨む生活でしょう。今のワタクシを見れば、エルフ達は笑うか罵るか・・・まぁ、それは構いません。自分で選んだ道ですから。しかし幾ら結果を出し、賞賛を浴びてもワタクシは全く嬉しくなかったのですよ。ワタクシの研究が結果を出すという事は、より効率よくドワーフを殺す研究に他なりません。魔法の研究自体は嫌いではありませんが、その魔法で誰々はドワーフを50人殺した、いや誰々は70人だと聞く度にワタクシの心に冷たい物が差し込まれました」
当時を思い出し、ハリハリは沈痛な表情を浮かべていた。
「エルフは元々自尊心の高い種族ですが、その傾向はワタクシの作った魔法で戦果を挙げる毎に高まっていきました。それは最早自尊心ではなく、驕りにしか見えなくなりました。そしてそれが頂点に達したと感じたのが・・・ワタクシがアレを作り出した時です。『魔法鎧』という最高傑作を投入したあの戦いですよ・・・」
バローやアルトが驚きを顔に出した。エルフにとっては誉れ高く、他の種族にとっては悪名高いエルフの精兵が纏う『魔法鎧』がハリハリの手で作られた物だったという事は悠達も知らない事柄であったのた。
「あの時はワタクシもその性能を確かめる為に戦場に同行しましたが・・・暴力に酔った兵士達の顔が未だに忘れられません。逃げるドワーフの四肢を砕き、刻み、引き裂いて笑う。ワタクシの研究はエルフを救ったかもしれませんが、より多くのドワーフを不幸にし、果てしない憎悪を刻み込んでしまいました。結果としてドワーフ側の技術もそれに対抗する為に向上し、今に至るまで泥沼の戦いが続いています。・・・この有様を亡きエースロットが知ったら、きっと彼は悲しむでしょう・・・」
ビキッ!!!
聞き慣れない名前に皆が疑問符を浮かべた瞬間、アリーシアが手にしていたカップを握り潰した。その破片が手に食い込み、中身の茶と共に鮮血が流れる。
「は、母上!?」
「・・・エースの話はしないで。途中で臆病風に吹かれて逃げたあなたにその名前を出す資格はないはずよ!」
「・・・彼は変わり者のエルフでしたね。エルフの頂点に立ちながら、エースロットには他の種族に対する忌避感が無かった。人族やドワーフの逸話などをどこからか見つけて来てはワタクシやシアに目を輝かせて語るエースロットをバカなエルフだと笑いの種にしたものです。・・・ドワーフと講和するというエースロットと大喧嘩し、彼がワタクシ達に黙って単独ドワーフの国に赴き、そして・・・首だけで帰って来た時、ワタクシとシアはドワーフへの復讐を誓いました。必ずやエースロットの報いをくれてやると」
ハリハリの体からは隠し切れない殺気が滲み出ていた。それは『殺戮人形』や『殺戮獣』を前にしてすら発する事がなかったものだ。だが、その殺気は口を開くと霧散していった。
「しかし・・・それが間違いだと気付いたのがあの戦いでした。虫の手足を捥ぐ様にドワーフを蹂躙して喜悦に浸るエルフなど、エースロットが最も望まない行為だったと気付かされたのです。エースロットが遺した逸話や書物を読み漁る内に、ワタクシは人族・・・人間に惹かれる様になっていきました。弱く短い生をそれでも精一杯生きるその種族を直に見て、そして知り、更には後世の誰かに色褪せない想いを託したい。それこそがエースロットの・・・エースの想いに応えるワタクシなりのやり方だと信じたのです」
「戯言だわ・・・ドワーフを滅ぼしてこそエースの無念は雪がれるのよ!! エースは間違っていた!! この世界で優しさなんていう物は他人に付け込まれる隙でしかない!! それを身をもって教えてくれたエースの想いを逃げ出したあなたが騙らないで!!!」
血塗れの手でハリハリの胸倉を掴んだアリーシアにハリハリが苦い笑みを浮かべた。
「誰よりもエースを愛したシアの絶望は分かる。だけどそれを次代に伝えてはいけない。それはエースの願いじゃない。・・・一見冷徹に見えても君の根底にあるのは、君を動かしている原動力は恨みでは無く愛です。誰も指摘しないのならワタクシが言いましょう。シア、君は間違っています」
言葉を発した瞬間、ハリハリの頬に衝撃が弾けた。掴まれていた為に威力を逃がす事が出来なかったその一撃はハリハリの脳を激しく揺さぶった。
「・・・今の私は冷静じゃないわ。少し頭を冷やして来るわね」
ハリハリから手を放したアリーシアは俯いたまま部屋を出て行った。
「・・・恵、アリーシアに風呂を進めて来てくれんか? 一度に受け止めるには辛い話であろう」
「わ、分かりました」
そのままアリーシアを追って恵は部屋を出て行き、悠は呆然とするナターリアに目をやった。
「今のが・・・父上の死の真相・・・」
「ナターリア、お前も少し整理する時間が必要だろう。樹里亜、案内してやってくれ。ついでに皆も風呂に入るといい。一時中断だ」
「はい、分かりました」
最後に悠は言葉を発しないハリハリに目を向けると、そこにはアリーシアの掌底に近い平手でノックアウトされたハリハリの姿があった。
「お前はもう少し体を鍛えろ。女の想いを受け止めるのは男の甲斐性だぞ」
「め、面目ない・・・」
こうして情報開示は一旦中断を余儀なくされたのであった。
漢気は振り絞れても最後が締まらないハリハリでした。




