6-57 邂逅8
正真正銘の最下層はこれまでの場所とは異質な雰囲気を持っていた。・・・いや、人間には異質では無いが、これまでの道程からすると異質を言わざるを得ないのだ。そこはまるで王宮の如き造りになっており、幾つもの部屋がある事が確認出来た。
だが悠はそれらの部屋は一顧だにせず、ただひたすらに続く廊下の中心を歩いて行く。やがて辿り着くのは王宮で言うなら謁見の間と思われる場所であった。
重厚な扉を備えたそれを悠は両手でゆっくりと押し開けていく。するとそこは光が殆ど差さない、暗い闇の謁見場であった。
悠は更に足を進め、恐らくは玉座と思われる場所の近くまで辿り着いたが、そこには紗が掛けられており、暗さと相まって内部を確認困難にしていた。それでも悠の視力はそこに座る王冠を戴いた漆黒の光沢あるローブを纏う骸骨の姿を見て取った。
《そこで止まれ、人間よ。これ以上私に近付く事は許さぬ》
部屋に響くシャロンの言葉に足を止めた悠の脳裏にレイラの言葉が響く。
(ユウ、こいつ・・・)
(分かっている、まずは出方を見てからにしよう)
何かを言いかけたレイラを制し、ユウはシャロンに向かって口を開いた。
「お初にお目に掛かる。自分は冒険者のユウだ。お前がここの主か?」
《いかにも。貴様らの勇戦に敬意を評し、私に与えられる物であれば望む物を与えよう。が、愚かにも私の命を狙うのならば、我が魔法の粋を尽くして貴様らを屠ってくれる。感謝しろ、今日の私はとても寛大な気分なのだ。普段ならこの様な問答などせず一息に殺しても構わんのだが、今日だけは見逃してやろう。さぁ、望む物を述べるがいい!!》
「ふむ・・・」
《金か? 女か? それともドラゴンですら打ち倒せる武器か? 見た事も無い玄妙なる魔法か?》
物欲も金銭欲も乏しいので案外何かやると言われても悠には思い付かず、しばらく頭を捻って答えを搾り出した。
「・・・特に無いのだが、強いて言えば良い食材だろうか?」
《・・・・・・・・・済まん、もう一度言ってくれ》
悠の望みが聞き違えではないかとシャロンは考え、もう一度問い掛けてみた。
「調理に適した良い食材が欲しい。出来れば中々手に入れにくいものがいい。それと、特殊な調理法を必要とするのならそのやり方も教えてくれ」
《・・・》
わざわざダンジョンの最下層まで来て美味い物をよこせという悠の言葉にシャロンは絶句してしまった。だがいつまでもそのままという訳にはいかないので、何とか言葉を捻り出した。
《あー・・・・・・・・・その、我らは特に飲食は必要無い身の上なので食材になる様な物はダンジョン内の魔物の肉くらいしか存在せぬ。もっと即物的な物はいらんのか?》
「これ以上ないくらい即物的だと思うが?」
《う・・・な、無い物は無いのだ!! 私を怒らせるなよ!? 本気を出せばお前など一捻りに出来るのだぞ!!! 金をやるから途中で食い物を買ってさっさと帰れ!!!》
シャロンが怒鳴ると、悠の横の床がせり上がり、蓋の開いた状態で宝箱が出現した。その中には貴金属や金塊、銀塊など金貨に換えれば相当な額になろうかという品々が納められている。
「・・・ところで一つ問いたいのだが・・・?」
《何だ、それだけでは不服と申すのではなかろうな? せっかく五体満足で帰してやろうというのに、その機会を棒に振るうか?》
悠はこれまで言わずに置いた事をそろそろ聞いてみようと口に出した。
「何故その様な張りぼての後ろに隠れているのだ?」
その言葉にシャロンは明らかに動揺を見せた。
《な、何を申す!? この後ろには何もありはしない!!! ええい、帰れと言ったら帰らぬか!!!》
悠は怒鳴るシャロンの言葉に耳を貸さず、そのまま王座に歩み寄り、その紗をずらしてシャロンの前に移動した。
そのエルダーリッチ(死せる大魔導師)を名乗る王座に座る者は悠が目の前に来ても身動き一つ起こさないどころか、悠の目にはそれがただの躯であると分かったのだった。
「適当な死体を運び込み、服と王冠を着せて偽っても俺の目は誤魔化せん」
《や、やめろ!!! 来るんじゃない!!!》
そこから更に悠が玉座の後ろに回ると、そこには女の生首を抱いた、暗い闇に浮かぶ月の如き美貌を備えた少女が座り込んでいた。漆黒のドレスを身に纏っているが、その年齢は10歳前後であろうか。
「な、何故私達の事が分かったのだ!?」
驚いた事に、喋ったのは少女では無く生首の方であった。が、それを見ても悠は眉一つ動かさずに答える。
「竜の力で感知した・・・と言ってもお前達には伝わるまい。さて、その少女がここの真の主なのか?」
「シャロン様、お逃げ下され!!! 私が一命を賭してここは食い止めます!!!」
「ギルザード!? だめっ!!!」
驚くべき事に、ギルザードと呼ばれたその生首はその金色の髪の毛を操って砲弾の如く悠に向かって突撃した。だが、悠は正面から片手で受け止めてガッチリと拘束する。
「問答無用か? 少しは人の話を――」
「ダメーーーーーーーーーーーーッ!!!」
受け止めたギルザードを放そうとした悠に蹲っていたシャロンがギルザードなどとは比べ物にならないくらいの速度で悠に飛び掛かり、ギルザードの生首を奪いつつ、すれ違いざまに悠の手の肉を食い千切った。
「むっ」
《何なのこの子・・・身体能力が異常だわ!?》
《もしやこの娘・・・吸血鬼か?》
《知ってるのスフィーロ?》
《うむ・・・我も一度しか見た事が無いが、類稀な魔力と再生能力、数々の特殊能力を持った難敵だ。油断をすればドラゴンでも不覚を取りかねん。だが数が異常に少なく、この世界でも10体も居らんはずだぞ。そして・・・奴らは血肉を摂取する事でより凶暴に、そしてより強くなる》
スフィーロの説明通り、悠の目の前で生首を抱く少女の目が闇の黒から鮮血の赤へと染まっていく。が、変化はそれに留まらなかった。
「ぐぅっ!? があああああああああああああッ!!!!!」
メキメキと音を立ててシャロンの手が、足が、体が急成長し、腰は丸みを帯び、胸は大きくせり上がった。髪も肩を少々超える程度の長さであった物が腰に掛かるほどに伸びていく。
「し、シャロン様!? お静まり下さいシャロン様ッ!!!」
生首を抱き、口から血を一筋垂らしたシャロンの美貌はアリーシアやナターリアにも全く引けを取らないほど凄絶に美しく、そして狂気に満ちていた。明らかにその目は正気を失っている。
《どうするの、ユウ? 殺すの?》
《殺した方がいい。ああなった吸血鬼は全てを殺し尽くすまで止まらんぞ!》
尋ねて来るレイラ達に悠は否定を返した。
「いいや、不用意に近付いた俺が浅はかだったのだ。せめて正気に戻してやらねばなるまいよ。あのままでは自分の配下すら殺しかねん」
その悠の憶測通り、シャロンは助けたはずのギルザードを悠に向かって投擲して来た。その勢いは先ほどシャロンが突撃して来た時よりも速く、悠が避ければ壁に血の花を咲かせて砕け散るだろう。結界を張って受け止めても結果は同じであるゆえに、悠は勢いに合わせて後方に飛びながら力を吸収し、ようとして完全には果たせず壁に叩き付けられた。
「ぐっ!」
「貴様・・・私を庇ったのか!?」
少々震動は伝わったものの、破壊を免れたギルザードが声を上げたが、悠はそれに答える暇を与えられなかった。
「アアアアアアアアッ!!!」
投げたギルザードを追って床を蹴ったシャロンがその長い足で悠に蹴り掛かったからだ。咄嗟に盾を展開して防いだが、それでもその威力は凄まじく、悠を再び吹き飛ばした。
「・・・これは、人型のスフィーロに引けを取らん上、格闘術も心得ているらしいな」
「何を呑気に分析している!! 逃げられるかどうかは分からんがとにかく逃げろ!! 私はここに捨て置け!!!」
一応助けられたという事でギルザードは借りを返すべく悠に逃走を促したが、悠は首を振った。
「それではギルザードが殺されよう。さすれば正気に戻った後にシャロンという少女が悲しむ。俺が蒔いた種だ、あの状態から元に戻す方法は無いのか?」
「っ! ・・・・・・・・・シャロン様を傷付ける事など許されんが、今すぐであれば取り込んだ血肉を吐かせれば・・・」
「分かった」
「だ、だが今のシャロン様は異常な強さだぞ!? これまで血を取り込んでもここまで変わられた事は無かったのに・・・」
「これ以上話す暇は無い、行くぞ!」
シャロンは動ける悠を見ると更に勢いを増して悠へと迫り、守勢に回っても押し切られると考えた悠も壁を蹴ってシャロンへと突撃して行った。
まともな戦闘で悠がここまで攻め込まれたのは初かもしれません。幼女強い。
ギルザードはデュラハンの首の人です。




