1-35 狂拳・轟
明くる日、悠の姿は軍の病院にあった。
今は大戦の影響で患者の数は多いが、これも時間が経つにつれて数を減らしていくだろう。
受付で仗の部屋を尋ねると、最上階の一室に案内された。さすが竜騎士だけあって、その待遇は良く、この病院のVIP室だ。
扉をノックして声を掛けるが、中から返事は無い。ただ、荒い息づかいと何かを引きずる様な音が聞こえてくるだけだ。
「?轟、神崎だ。入るぞ」
そう言って入室した悠の目に映ったものは、床に這い蹲る仗の姿だった。もしや容態が急変したのかと即座に仗に駆け寄る悠だったが、手を触れる前に仗に拒絶された。
「やめてくれ、神崎のダンナ。お、俺は、自分で、立てる・・・くっ」
折れた両腕に右足、頭に巻いた包帯から滲む血、呼吸がおかしいのはあばらも数本やっているようだ。少なくとも、昨日の竜器使い達よりも余程重症だった。
「無理するな。貴様、そんな怪我で動くとたとえ竜騎士でも死ぬぞ」
「冗談じゃねぇ。アンタに、勝てない、ぐっ!・・・ままで、死ねるか・・・」
ここにも一人、悠に勝つ事に執念を燃やす者が居た。それは女の亜梨紗とは違うベクトルの感情ではあっても、熱さでは引けを取る物では無かった。
「なぁ、ここに、来たって事は・・・俺と、戦って、くれるん、だろ?」
「それこそ冗談はよせ。今の貴様では一般兵にだって勝てん」
「な、何っ!う、ぐはっ!!」
怒りで立ち上がろうとした仗だったが、急な動きに体が付いていかず、そのショックで吐血した。どうやら内臓も相当痛めているようだ。医者に尋ねれば、完治までの日取りより、余命の方が良く分かりそうだ。
「ちっ、レイラ、『簡易治癒』だ」
《はいはい、だから言ったでしょユウ。ジョウは絶対、這ってでも向かってくるって》
「こういう男は嫌いでは無いが、その相手が自分だと多少対応に疲れるな」
諦めない事にかけては右に出る者は居ないと自他共に認める悠だったが、左にはこの男がいるかもしれないなと思う程度には仗の事を認めていた。そうでなくては22歳で竜騎士、鳳将と輝かしい役職を得る事など出来ない。
竜騎士の回復技は他の竜騎士に施す事が殆ど出来ない。原因は不明だが、推論では無意識に他の竜(又は龍)から癒される事に抵抗しているのでは無いかという説が有力だった。竜は独立性が強く、誰かに弱みを見せる事を嫌う性質を持つ。それは竜より龍に多く見られる特徴であるが、仗のミドガルドは性格のせいか、特に他者からの回復を受け難い性質を持っていた。
だから悠は回復と受け取られにくいほどの簡易的な回復しか施す事が出来なかったのだ。そうで無ければ悠よりも回復の得意な朱理辺りが既にやっている事だ。
「やらないよりマシ程度の治療だ。もう動くなよ」
仗に肩を貸しつつ悠は忠告したが、仗は体を捻って逃れようとした。
「う、うるせ・・・」
しかし悠の掴む腕はびくともせずに、結局ベットに送り返されてしまった。
「お前は食って、寝て、戦う事しか頭に無いのか?」
その言葉に、仗は不意に真摯な目をして逆に悠に問うた。
「それ以外に、竜騎士に、何がいるってんだ、ダンナ・・・」
悠は即答した。
「何もいらん」
「へ、へへ・・・やっぱり、ダンナだけだ。俺の話を、分かってくれるのは」
嬉しそうに笑う仗は険が取れて歳相応の若者に見えた。平和な世なら、遊び、歌い、恋をする。そんな事に興じていても可笑しくない、年頃の青年だ。
しかし時代は仗から、そして悠からも歳相応の輝きを奪った。彼らには強くなって、戦って、殺して、そしていつか殺される。それしか無かったのだ。そこまで思いつめる者は軍にも少ない。
「他の、全ては、丸ごと皆、余禄だよ。だから、俺に勝てねぇんだ、どいつもこいつも」
「・・・・・・」
悠は仗を見て、どうして自分はこうならなかったのかと思った。他者を拒絶し、己を高め、龍と戦う。そしてどこまでも強くなる。それは自分も目指した物では無かったか?
そう思う悠の脳裏に、幾人もの顔が浮かんできた。それは雪人であったり、真であったり、亜梨紗であったり、志津香であったりした。皆懸命に生きていたのだ。そして悠も失いたくない者の為に強くなりたいと思った初心を思い出させてくれたのだ。
「轟、何故俺に勝てないか分かるか?」
「それは・・・俺が、弱いからだ。だがいつか、もっと俺は強く、なって・・・アンタを」
「無理だ。今のままでは貴様は一生俺には勝てんよ」
「なんだとっ!」
仗は怒りに目をぎらつかせた。それは狂犬の目だ。
「貴様は俺が誰よりも他の物を切り捨てて強くなったように見えたのか?もしそうならそれは間違いだ。自分の為の強さなど意味は無い。そんな物は自分が倒れたら、それでお終いだ。自分の後ろにいる誰かの為に100%以上の力を出せるのが、人間なのだ」
悠は続けて諭す様に告げる。
「『これまでの』竜騎士は貴様の言う様に、生きて、そして戦う事だけを考えれば良かった。しかし『これからの』竜騎士は、それだけでは駄目なのだ。平和になるのだからな」
「糞食らえ、だ。俺は・・・戦うしか、能が無い。今更、どうしろってんだ」
「お前が今まで切り捨てて来た、あらゆるものに目を向けろ。人でもいいし、物でもいい。なんなら料理でもしてみるのもいいかもしれん」
「おいおい、狂拳・轟が、飯炊きかよ。笑えねぇ」
「学び取ろうと思って取り組めば、意味の無い事は無い。料理は自分がこの世で一人で生きているのでは無いと知る、良い教材だった」
「ダンナが飯炊き、すんのか!?神崎、竜将閣下が!?ははは、そりゃ、おもしれえや!」
軽くむせながら、仗は笑った。
「でもズルイぜ、ダンナ。アンタ、又、戦いに行くんだろ。俺と、代わってくれよ」
「残念だが、俺の切り捨ててきたモノが向こうにあるかもしれんのでな。譲れんよ」
「ちぇっ、残念残念・・・」
「ただ、約束しよう。帰ってきたら手合わせだ。それまで精々腕を磨いておくんだな」
「!約束だぜ!ダンナ!!ぜってぇ、忘れねぇからな!!!」
「俺は約束を破った事は無い。今の所な」
今までで一番嬉しそうに言う仗に悠は断言した。
「そういえば、新しい竜騎士がお前が寝てる間に生まれたぞ?」
「何?目ぼしいヤツは俺が戦ったけど、そんなの、居なかったぜ?」
「千葉の妹だ」
「なっ!?あの小娘が?冗談だろ?」
「それがな・・・」
そんな話をする仗の顔は楽しげで、まるで戦場から帰ってきた兄に土産話をねだる弟の様に見えたのだった。
「ちょ、ズルイぜダンナ!他の竜器使いとは、そんな楽しい事、しやがって!!」
結局悠と戦いたい仗であった。