6-52 邂逅3
書き忘れていましたが、微グロ描写がありますのでご注意下さい。人によっては体験した事があって気分を害するかも。
今度こそアリーシアは本物の驚愕を覚えていた。全力で放った訳では無いが、『風塵衝』は数多の強敵を屠って来たアリーシアの得意魔法であり、今は亡きハリーティアが遺した風と闇の混合魔術としては未だこれ以上の物は生み出されていない・・・とアリーシアは思っている。ドラゴンの吐息と同等クラスのそれが単純な火属性の魔法と互角なはずが無く、一瞬で悠の魔法を飲み込み、そして防御し損なえば体のどこかを風化させて絶叫でも上げるはずだ。
その自信を持って放った魔法が一瞬だけ拮抗し、両者の魔法の高出力に耐えかねて吹き飛んでしまった。その時になってアリーシアはようやく悠が魔法を間に合わせた事自体がおかしいと気が付いた。
(人族風情が私に迫る速度で魔法を構築したと言うの? しかも相殺出来る出力まで威力を高めて? そんな事が出来るはずが無いわ!!)
幾多の疑問がアリーシアの防御を遅らせ、咄嗟に身を翻した時には激しい衝撃波がアリーシアの三半規管を強く揺さ振り軽い脳震盪を起こしたまま吹き飛ばされてしまった。
「ぐぅっ!?」
まさか人族相手に奥の手を出す事も無いと考えていたアリーシアが唇を噛んだが、揺れる視界の中で自分に迫る黒い影を見た。それは爆風すら受け流してアリーシアに迫る悠である。
(くっ、ここで使うしかないの? ・・・駄目だわ、頭が揺らされて高度な集中を維持出来ない!!)
奥の手を諦め、それでも戦闘自体は諦めないアリーシアはせめて牽制にと単純な『風の矢』を数発、悠に向けて発動した。
苦し紛れで狙いも適当な『風の矢』などに悠が当たるはずが無いと今ならアリーシアも理解していたが、それでも数秒は稼げる・・・と、そこで予想外の事が起こった。
「えっ!?」
悠が頭だけを庇い、『風の矢』をものともせずに突っ込んで来たのだ。その代償はそれなりに大きく、悠の肩、腕、脇腹に赤い血の花が咲いた。
そこまでしてでも接近を優先した悠が吹き飛ばされるアリーシアに迫った時、アリーシアに魔法の準備は無かった。
(私はエルフの女王よ!! 殴るか蹴るか知らないけど、せめて相打ちに持ち込んで――)
悠の一撃を食らう事を覚悟し、アリーシアが魔法を紡ごうとしたその時、アリーシアの体の下から地面が消えた。そこは切り立った断崖絶壁であった。今、体の制御すらままならない中で地面に叩きつけられては自分でもただでは済まないとアリーシアは背筋を凍らせる。
「フッ!!」
そこに悠が崖を蹴って飛びつき、右手でアリーシアを抱き止め、空いた左手で岩肌に手を掛けたが、凍った岩壁は悠の手のフックを中々受け付けずに左手の親指以外の爪が弾け飛んで4本の赤い線を刻んだ。
その滑落は30メートル前後に及んだが、そこで大きめの出っ張りがあったお陰で悠の手が掛かり、2人は地面に叩き付けられるという最悪の事態を脱する事が出来た。
「・・・ふぅ。最後まで攻撃してくるとは、エルフは好戦的な種族だったのだな」
「・・・フン、これで勝ったなんて思わない事ね。・・・それと、どこを触っているの?」
悠が咄嗟に回した手はアリーシアの胸に回されていて手の平は丁度乳房に当たる部分を掴んでいるが、指摘されても悠は気にしなかった。
「何処を掴もうが死ぬよりはマシだろう。嫌なら自分でずらせ」
「頭が揺れて力が入らないのよ! あっ・・・!」
怒鳴るアリーシアの顔に赤い雫が滴り落ちた。冷たいそれは悠の左手から流れる血の雫であった。
「ちょっと、あなたこそ結構な怪我をしてるんじゃないの? 私よりも自分の心配をしなさいな」
「この程度は日常茶飯事だ。とりあえず上に戻るぞ」
戻ると言ってもこの体勢からどうするのか、魔法でも使って登るのかと考えたアリーシアだったが、悠の用いた方法はその斜め上を行っていた。
ゴガッ!!!
岩壁を叩く音がしたかと思うと悠の手が岩の出っ張りから離れ、アリーシアの肝を冷やしたが、その体は落下する事無く静止している。
ゴガッ!!! ドガッ!!!
岩壁を叩く音が聞こえる度に今度は視点が上昇した事のを見て、ようやくアリーシアは悠が足を岩壁に蹴りこんで固定し、それを繰り返して岩壁を登っているのだと知った。
「・・・やっぱりあなた人族なんかじゃないでしょ? 私の知っている人族はこんな方法で山を登らないわ!」
「・・・情報が古いのだろう。最近の人間はこうやって山を登る事もある」
「嘘!! ぜーーーーーったい嘘!!!」
「事実登っているではないか。それとあまり耳元で怒鳴るな、頭に響く」
「う~~~~~~~~!」
アリーシアは様々な感情を混沌とさせながら唸ったが、しばらくは悠に任せるしかなかったので押し黙った。・・・そうすると今度は体の方に意識が向いてしまう。
(・・・んっ・・・もう、男に触られる事なんか殆ど無かったから、変な気分になっちゃうじゃないの!! この強姦魔!! 女たらし!!)
体の反応を怒りに転化し、アリーシアは頭のどこかで感じる熱を誤魔化した。長く生きた自分でもこの極限状態で多少動揺しているのに、死に掛けた上に絶世と言っても過言では無い自分を抱き、その胸を掴んでおきながらまるで動揺が無い悠に更に怒りが募る。
「あなた、堅物に見えるけど結構女遊びをしているの? そこまで冷静だと私も自分の魅力を疑うんだけど?」
「俺は女を容姿で判断しない。アリーシアは確かに見目麗しいが、昔の賢者は言ったものだ。綺麗な花には棘がある、とな。お陰で幾つも穴を空けられた」
「・・・褒めてるのか貶しているのか分からない事を言うわね・・・」
かなり上まで登ると、2人を見失ったナターリアの声が聞こえてきた。
「どこだー、ユウー!! 母上ー!!」
「あらあら、私より先に男の名を呼ぶなんて、あの子も色気づいたものね」
「ここまでくれば、行けるか。跳ぶぞ」
悠は岩壁に差し込んでいた足の固定を緩め、膝を撓ませると一気に最後の数メートルを飛び越え、断崖の縁に足を掛けた。
無事踏破した悠はアリーシアを離し、ナターリアに向かって声を掛ける。
「こっちだ、ナターリア」
それなりに遠くに居たナターリアだったが、悠の声は良く通りナターリアに届いた。
「ユウ!!!」
駆け寄ったナターリアは悠に抱き付き、その手を首に回した。
「バカ!! 無茶をするな!! は、母上の魔法で骨も残さず消えてしまったかと思ったじゃないか・・・!」
「俺は死なんと言っただろうが。信じていないのか?」
「信じている、信じているさ!! ・・・だが、それと心配するのは別の事だ、バカめ・・・」
そのまま泣きじゃくるナターリアだったが、しばらくして咳払いする音が聞こえて顔を上げた。
「・・・ユウの心配ばかりで私の心配はしてくれないのかしら、ナターリア? やっぱり男の胸に抱かれてると安心するの?」
「・・・あ、母上・・・・・・・・・ちっ!? 違います!! こ、これはその・・・な、仲間の無事を祝う儀礼的なものですから!! そ、それより母上もお怪我は御座いませんか!? あっ!? お顔に血が!!」
自分がどんな体勢だったのかを認識して慌てて離れたナターリアは言い訳染みた言葉を口にしたが、アリーシアの顔に赤い雫が垂れているのを見て更に取り乱してしまった。
「落ち着きなさい、これはそこのユウの血よ。私は怪我は無いわ。多少胸は揉まれたけど、一応助けられたと言えなくも無いから差し引き0って事にしておいてあげる」
「ユウの!? それに母上の胸を揉んだとは一体!?」
「さぁ? 大きくて掴みやすかったからじゃないの? ナターリアと違って」
「私だってエルフの中では大きい方です!! そ、それよりユウ、怪我をしたのか!」
悠の顔しか目に入っていなかったナターリアは悠の左半身が血で染まっている事に気付いて愕然とした。
「大した怪我では無い。少々花に近付き過ぎたという事だろう。レイラ、『再生』を頼む」
《それなりに大した怪我よ。左手は肉が抉れて骨が見えている上、爪も4枚無くしているし、上腕部と肩部、左腹部に貫通創。らしくない戦い方をするからこんな目に遭うのよ。向こうが対処出来ない内に殴ってしまえば良かったのに》
「娘の前で悪党でもない母親を殴るのは気が引けてな。収まったのだから良しとしてくれ」
2人が見ている前でレイラは溜息の気配を漏らしながら悠の怪我を癒していったのだった。
アリーシアはまだまだ本気じゃありません。が、それなりに力を入れた事も確かなので一応悠を認めた様です。




