6-51 邂逅2
初手を取ったのは当然ながらアリーシアであった。
「ナターリアが側に居れば攻撃出来ないなんて思わない事ね!」
アリーシアの魔法はハリハリと遜色無いレベルの発動速度で悠の右半身に迫った。しかも選択した『風の矢』は矢系の魔法の中では最速を誇る魔法であり視認もしにくく、それがアリーシアの手で放たれればそれだけで一撃必殺の凶弾となった。
「あっ!?」
離れないナターリアを左手で抱き寄せ、人一人を担いでいるとは思えない速度で悠は紙一重で『風の矢』をかわし、或いは小手で弾く。
魔法使い相手に距離を取る愚を悟りながらも悠はナターリアを戦場から離す為にその場から円を描いて移動する。そして途中にあった岩陰にナターリアを放した。
「ここで待っていろ」
「ゆ、ユウ!!」
なんとかアリーシアと悠の衝突を回避しようとナターリアはもう一度悠の服を掴もうとしたが、その伸ばされた手を悠の手が掴み取った。
「心配するな、多少頑迷だからといってナターリアの母親を打ち倒すつもりは無い。悪党であればその限りではないが、アレは単に忠告する者が居なかったせいであろうよ。ハリハリも厄介な女を放り出したものだ」
「で、でも、ユウにそのつもりが無くても母上は一度ああなると抑えが利かないぞ!! 大丈夫なのか!?」
ハリハリの名を知らぬナターリアはその名前を聞き流してしまったが、悠は構わずに言い切った。
「前にも言ったが、俺は誰にも負けん。もう一度だけ俺を信じろ」
握った手から感じる意志の力に、決して揺るがない瞳の静けさに、ナターリアは迷いを残しつつももう一度だけ悠を信じる事を決意した。
「・・・分かった・・・だがどうしても危ないと思った時には私も戦うからな!! だ、だから、無事に・・・」
震えるナターリアの手を放し、軽く頭に手を乗せて言った。
「では尚更無様な所は見せられんな」
それだけ言うと悠はナターリアから手を放し、岩陰から飛び出した。
「勝手に人の娘を口説かないでくれない?」
ナターリアが居なくなって遠慮が無くなったアリーシアの『風の矢』の数が倍になって悠に殺到したが、荷物が無くなったのは悠も同様であり霞む様な体術で回避し、または拳や蹴りで吹き散らしていった。
「別に口説いてなどおらんが、少しはナターリアを信頼したらどうか? 下心が透けて見える男に付いて行くふしだらな娘ではあるまい」
いくら『風の矢』が速かろうとも『風の矢』は攻撃が軽いという欠点があり、防御の堅い悠を削る事は叶わない。
「私の一割も生きていない人族如きに指図される事じゃないわ」
話しながらも『風の矢』は効果無しとみたアリーシアは使う魔法を切り替えた。
アリーシアが頭上で両手を組み、それが不可視の力で纏われると、そのまま悠に向かって振り下ろした。
「『風縛砲』」
周囲の雪を巻き上げながら不可視の風の大砲が悠に迫った。当然悠は回避するべく体を動かそうとしたが、『風縛砲』は迫るにつれて周囲の大気を吸い込み、悠の動きを阻害する。
それを見たアリーシアの口元が薄くつり上がった。『風縛砲』の貫通力は『風の矢』の比では無く、防御しても腕の一本は確実に破壊出来ると確信したからだった。しかしそれは余りに悠と悠の体を守る真龍鉄を舐めていた。
「命の長さが正当性を表す指標とは思えんな。その長い寿命とやらが空洞では意味もあるまいに」
悠は落ち着いて左手の展開した手甲の盾の中心で『風縛砲』を受けると、後方に押し返されながらも『風縛砲』を拡散させて粉砕する。
流石に『風縛砲』があっさりと防がれると思っていなかったアリーシアが一瞬目を見開いたが、恐らく防具にだけは金を掛けていたのだろうと考えて気を取り直した。
「・・・いちいちカンに触る男ね・・・手加減した『風縛砲』を防具の性能で防いだ程度で図に乗らないでくれない?」
「手加減したのはそちらの目が曇っていたからだろう。俺は頼んだつもりも無いが?」
あくまで態度を改めない悠にアリーシアの目が据わる。
「いいわ、どうやら防具の性能を実力だと勘違いしているあなたに本当の魔法がどんなものか見せてあげる。一応ナターリアの恩人らしいから殺すつもりは無かったけど、もうどうでもいいわ、死んだら自分の非力さを恨みなさい」
それだけ言い捨てて集中するアリーシアの周囲の大気が一斉にアリーシアに集まり出した。
「っ!? ユウ!! その魔法は不味い!! 当たればお前と言えども消し飛ぶぞ!!!」
アリーシアの使おうとしている魔法が何なのか分かったナターリアが最大限の警戒を悠に向かって叫んだ。
「どうやら怒らせたらしい。が、ドラゴンの吐息と考えれば初めてでは無い。レイラ、出力の調整を任せる。精密にな」
《了解、でも相当な衝撃波が生まれると思うから気を付けてね》
悠とレイラが相談を纏めている内にアリーシアの魔法が完成した。
「風の流れの中に滅しなさい! 『風塵衝』!!」
悠に向かって突き出すアリーシアの手の中に黒く渦巻く風が収束し、悠に放たれると同時に、悠も自らの魔法で迎え撃った。
「滅びを貫け、槍よ! 『火竜ノ槍』!」
瞬く間に距離を縮めた両者の魔法はその中間点において正面衝突し、眩い光と暴風を撒き散らして大爆発を起こし、2人を飲み込んでいった。




