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6-50 邂逅1

眼下にミーノスの地を見下ろしながら悠はまだ暗い空を滑る様に移動していた。


《ナターリアもこんな朝早くから呼び出さなくてもいいのにね》


「ああ見えて義理堅い性格なのだろう。貸しをそのままにしておくのが気に掛かるという気持ちは理解出来る」


(果たしてそれだけかしらね・・・)


あまり悠に意識させたくなくてレイラは自分の感想を心の中で呟くに留めた。


通り過ぎたアザリアの町も魔物モンスターの襲撃のから立ち直りつつあり、壁の補修作業も進んでいるようだ。それに加えてローランの指導か町自体の拡張も行っているらしく、壁の外に区画調査の痕跡も見られた。


ここまでくれば目的地までは悠にとって指呼の距離でしかない。時間が早い事もあり、悠は山頂の少し手前で地面に降り立ち、山の様子を観察する事にした。


「多少は魔物モンスターも戻って来ている様だな」


《あれからしばらく経つものね》


悠やレイラの感覚には森の奥に蠢く生物が感じ取れたが、少し殺気を滲ませると近付いて来ない様な雑魚程度しか居ないらしく襲われる事は無かった。これが巨人ジャイアント辺りであればどうなったかは分からないが、両者にとって幸いな事にこの近くには居なかった。


季節は12月の中盤を超え、この温暖な地方でも標高の高い位置にあるアザリア山頂付近は少し雪も降ったらしい。悠の吐く息も白く染まっていた。


「そろそろ冬の支度もした方がいいか」


《これからどこに行くか次第じゃないの? 更に南に行くならいらないでしょうし、北に行くなら本格的に用意しないと風邪引いちゃうわ。ユウがじゃなくて子供達がね》


そんな話をして歩いている内に山頂が見えて来て、そこには寒そうに体を抱くナターリアの姿が見えた。


「ナターリア!」


「ユウ? ユウー!!」


悠の声を聞いたナターリアはそのままその場から駆け出し悠に向かって降りて来たが、そこに3つの誤算があった。まずナターリアが悠より高い位置で待っていた事、寒さで手足が縮こまっていた事、そして所どころ凍結していた事だ。思ったより加速が付いたナターリアはブレーキを掛けようとしたのだが急な力の転換は動きの鈍っている足を縺れさせ、更に凍った地面に足を取られたナターリアは盛大に前方へと飛び出してしまったのだ。


「キャッ!?」


それは悠まであと5歩程度の距離であったので、悠は自分も前に飛び出してナターリアを抱き止めた。


「・・・冬は足元に注意しろ。こんな地面で転んだら結構な怪我をしてしまうぞ?」


「ご、ごめんなさい・・・」


抱き止められた腕から悠の体温が染み込んで来た事と羞恥心、それと悠の手に抱かれて空を飛んだ事を思い出し、ナターリアの顔が耳の先まで真っ赤に染まった。それを誤魔化す為にナターリアは悠の手から飛び出し、殊更大声で言い募った。


「と、とにかく、良く来たなユウ!! だが女を待たせるのは感心せんぞ!!」


「それは済まなかった」


悠は遅刻した訳では無いが、後から到着した事は確かなので素直に謝った。まだ30分近く時間まで余裕はあるが、それを言い訳にするつもりも無い。


「わ、分かればいいのだ! ・・・その、べ、別に遅刻では無いのだからな」


ナターリアもそんな自分の態度が器が小さいと感じたのか怒っていない事を付け加えておいた。せっかく楽しみにしていた一日を詰まらない物にはしたくなかったからだ。


そこで浮かれていたナターリアはこの場に悠しか居ない事に今更ながら気が付いた。


「・・・? ユウ、お前は連れが居るのではなかったのか? 見た所一人しか居ない様に見えるが・・・ハッ!? ま、まさか、わ、わ、私と2人っきりになりた――じゃない!! ほ、他の者達は都合が悪くなったのか!?」


変な事を言いそうになって再び顔を赤くするナターリアの言葉を悠は否定した。


「前に話した通り、今ミーノスは忙しくてな。徒歩で移動すると時間が掛かるので、俺が収納して持って来た。今から紹介・・・チッ!」


悠は舌打ちすると手甲ガントレットを開き、内部に収納されている投げナイフをナターリアの後方に向かって投げ付けた。


「何を・・・あっ!?」


振り返ったナターリアは悠のナイフが透き通る蝶を縫い止めている事にようやく気が付いた。そしてその蝶の正体にも。


「こ、これは・・・『千里蝶クレアボヤンスバタフライ』!? 一体誰が・・・」


《ユウ、あの時と一緒よ!! 前方20メートル地点に何者かが出現!!》


「誰だ、姿を現さんのなら敵意ありとみなして攻撃するが?」


悠は背後にナターリアを庇い、更にナイフを2本指に挟んで殺気を叩き付けると拍手と共に相手が姿を現した。




「フフフ、姫の騎士としては文句無く及第点ね。まさか人族に私の『透明化インビジブル』を見抜ける者が居るなんて。それにナターリアがずっと気付かなかった『千里蝶』にすぐに気付いた所も高得点だわ。というかあなた本当に人族なの?」




そこに姿を現した人物を見てナターリアが絶句した。


「ま・・・さか・・・」


「誰だ、ナターリアの知り合いか?」


悠の問いにその人物は花開く様な笑みを浮かべて答えた。


「そうねぇ、多分とても深い縁の知り合いね。何しろ私はその子の親ですもの」


「親? ・・・するとあなたは・・・」


正解に至った悠を見てその人物は笑みに更にウィンクを追加した。


「そう、ご名答。私こそエルフの王国、エルフィンシード女王アリーシア・ローゼンマイヤー。そこのナターリアは私の娘よ。はじめまして、ユウ? と言ったかしら?」


「自分の事はご存知ですか。はじめまして、自分は冒険者の悠と申します、陛下」


「ふーん・・・随分と肝が据わってるわね、普通の人族は私達の姿を見たら平伏するか逃げるかなのに。もしかしてあなた、自分はナターリアと知り合いだから何もされないなんて思ってる?」


アリーシアの剣呑な台詞にナターリアは自失から何とか精神を立て直し、青い顔のまま口を挟んだ。


「母・・・へ、陛下!! ゆ、ユウは私の命の恩人なのです! ですから――」


「あなたは引っ込んでなさい、ナターリア」


自分の前に居るアリーシアからの重圧プレッシャーが増大し、ナターリアの口が凍り付いた。これは本気だと長い経験から悟らざるを得なかったのだ。


その重圧はナターリアだけでは無く、話している悠にも当然伝わっているが悠は無言のままであり、表情もそのままだ。


「どうしたの? 感じ取れないはずも無いでしょうに。もしかして怖くて口が聞けなくなっちゃったかしら? 何か言いなさいよ」


そう言って微笑むアリーシアの笑顔にはいつの間にか嗜虐的な毒が混じっていた。これで何も話せない様ならこの男にはもう興味は無い、少々痛い目に合わせてナターリアを連れてサッサと帰ってしまおうと考えながら。


だが、アリーシアは悠の名は知っていてもその性質たちをまるで知らなかった為、次の悠の台詞が一瞬理解出来なかった。




「では失礼して一言。いい年をした親がいい年をした娘がする事をいちいち魔法まで使って監視する様な下種な真似は控えるべきかと。いい加減子離れするが良かろうかと愚考致します」




悠が不味い事を言いそうな予感がしたナターリアがその台詞を聞いて卒倒し、また悠に抱き止められた。アリーシアもあまりに直接的な物言いにキョトンとした顔をし、その後重圧を倍にして悠を睨んだ。


「・・・ビックリだわ、まさか人族如きにそんな口を叩かれるなんて思ってもいなかった。あなたここで死にたいの?」


「恫喝する前に自らの行いを省みるべきかと。エルフが力でしか語れぬ野蛮な種族と誤解されますが?」


「も、もういい!! ユウ、もう黙るんだ!! 本当に殺されてしまうぞ!?」


短い失神から目覚めたナターリアは悠の服を掴んで必死に首を振ったが、悠もまたナターリアに首を振り返した。


「相手が礼節を持って接するならば俺も礼儀で返すが、非礼で来るなら無礼で返させて貰う。そこに肩書きは関係あるまい。俺はエルフの国の住人では無いからな」


「・・・ナターリア、離れていなさい。ここまで言われたら私もちょっと痛い目に合わせないと気が済まないわ」


「母上!!」


アリーシアは最後通牒とばかりに冷たい声で言い捨て、悠も無言でナターリアを押しやった。


「ユウ!?」


「少々発散せねば納得するまい。離れていろナターリア。別に殺しはせん」


「とことんエルフの女王を舐めてくれるわね、あなたこそ腕の一本や2本は覚悟しておきなさいよ」


それでもナターリアは痛いほどに知るアリーシアの力を思い起こし、悠が殺されると思って離れなかった。


そんなナターリアの思いを余所に、戦いのボルテージは際限なく高まっていった。

相手が女王でも売られた喧嘩は買う男です。板挟みのナターリアが不憫・・・

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