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6-49 動乱の後17

ルーレイの部屋には特別に出入りを許可されたアルトが心配そうな顔でベッドの傍らで見守っており、悠達の入室に気付いて立ち上がった。


「ルーファウス殿下、ユウ先生!」


「やあ、毎日ルーレイを見舞ってくれてありがとう。初めて出来た友達が君の様な子で私も嬉しいよ」


「済まんが場所を譲って貰えるか? もう一度ルーレイ殿下に治療をするのでな」


「はい、どうぞ」


ベッドの傍らに居たアルトから場所を譲り受け、悠は再び注射器と薬液を取り出した。既に注射器は煮沸消毒済みで、薬液も薬の濃度が少し濃い物に変えている。


「・・・やっぱり何度見ても痛そうですね・・・」


「大抵の小さい子供は我慢出来ずに泣き喚くらしい。もっと針の細い、痛みが少ない注射もあるのだが、今は痛みを抑えるよりも治療効果の方を優先したかったのでな」


悠は手馴れた様子で注射器の針を薬液に入れ、中身を吸い上げて空気を抜いた。


そのままルーレイの腕の血管を探り針を突き刺すと、僅かだがルーレイの腕がピクリと反応を示す。


「無意識にでも痛みを感じられる様になったか。治療の効果は出ているな」


「本当だ・・・今まで手を握っても全然反応しなかったのに・・・」


悠の治療が効果を上げていると知り、アルトは改めて高度な魔法の様な治療を施す悠を尊敬の眼差しで見た。


バロー達には『冒険鞄エクスパンションバッグ』を渡してもう一度マンドレイク邸へと向かって貰った。主目的は収納庫の回収だが、一応殆ど読めないにしろ地下の資料も回収する事にしたからだ。


悠は慎重に薬の効果を計りながら徐々にルーレイに薬を注入しつつアルトに話し掛けた。


「・・・アルト、明日俺達は子供達を連れてアザリア山頂に行ってくるのだが、お前も行きたいか?」


「え? い、行きたいです!! ついて行ってもいいんですか?」


「ローランの許可を得たなら構わんぞ。明日は朝の鐘(午前6時)がなる前に出掛けるので、そのつもりがあるなら今の内に聞いておくといい」


「分かりました、ちょっと聞いてきます!」


そう言ってアルトは席を外し部屋を出た。


「フフ、やはりまだまだ冒険に憧れる年頃か」


「男というのはいつになってもそう変わらんよ。俺より年上の冒険者は多いが、単に生活の為だけで冒険者をしている者ばかりでもない。身一つで名を上げんと欲すれば冒険者を選ぶ人間が多いのも当然だ」


「聞いているよ、君が訓練で指導してからというもの、ギルドの冒険者が起こす諍いが目に見えて減ったと報告が上がっているから。それを聞き付けた兵士達から嘆願が出ているからね、『戦塵』を武術指南役に呼ぶ事は出来ないかと。・・・一番強く主張しているのはベルトルーゼなんだけど」


悠は小さく首を振った。


「悪いがこれ以上仕事は増やせん。それに、いくら騎士団長が認めているからと言って部外者が大きな顔をしているのは軍の規律として良くなかろう。どうしてもというのなら一日くらいは空けられなくもないが、それならばギルドに協力を仰いだ方がいい。あそこには俺の教え子達も居るゆえ、身の入った訓練が出来るだろう。ベルトルーゼも身体能力は超人的だが、槍術は並み程度だ。基本からやった方が上達しよう」


国の兵士と言えば冒険者どころの数では無い。万を超える人間に指導するのは流石に悠でも骨が折れる作業だった。


そもそもこの世界と悠の世界の軍の質が違い過ぎるのだ。ドラゴンは数で討ち取れる相手では無く、一定以下の実力では何人居ようとただのエサでしかない。その為悠が鍛えるのは自己と『竜騎士』、『竜器使い』だけで、一般兵士に訓練を施す時間など無かった為、自然とその訓練は厳しい物にならざるを得ないのである。


「うん、それは残念だけど諦めるよ。・・・多分ベルトルーゼは諦めずにユウに突っかかると思うけど・・・」


「・・・なるべく見つからん様にする・・・」


一々城に来るたびに手合わせをさせられるのは悠も遠慮したい気持ちであり、副団長のジェラルドの苦労が忍ばれるのであった。


最後の注射をする頃にはルーレイの顔色にも多少赤みが差し、明らかに健康を取り戻しているという確信を持った。


「当面の危機は脱しただろう。意識が戻りさえすれば後は飲み薬で治療出来るはずだ」


悠は針の跡を『簡易治癒ライトヒール』で癒し注射器を仕舞おうとしたが、そこにルーファウスが待ったを掛けた。


「あ、ユウ! その注射器という物を一つ私達に譲ってはくれないだろうか? 勿論、代価は支払うよ」


「・・・あまり賛成出来んな。注射は人体の仕組みと薬の効果を知る者にとっては簡易な治療だが、それを知らぬ者が使って効果を得る事は難しい。譲る事自体は構わんのだが、誰かしっかりした医師にそれを伝授する必要がある。さもなければ逆に注射で死ぬ者が続出しよう」


この世界の医療レベルから考えて、恐らく臓器の役割や血管の走性すら理解されていないと考え、悠はルーファウスの頼みを断るしかなかった。


「う~ん・・・そう言われると返す言葉も無いんだけど・・・こういうルーレイの様に自律して薬を飲めなくなる者はかなり多いんだ。これが普及すれば助かる者が大勢居るんじゃないかと思うんだよ」


「ならば後々の為に使い方と注意点を記した物を認めた上で譲ろう。それとこの国で一番腕のいい医者を用意しておいてくれ。直接指導せねば理解出来ない事もある。しばらくはその医者以外に治療させない事を約束してくれるなら渡してもいいが?」


「ほ、本当かい!? ありがとう、ユウ!! この治療は近代医療の先駆けになると思う!! 君の名は長く歴史に残されるよ、きっと!!」


感激して話すルーファウスだったが、悠は首を振った。


「俺の名は残さないでくれ。この治療器具を考案したのはその医者であり、作り出したのはカロンの娘であるカリスだ。自分の世界で一般的な物を持ち込んで煽てられて喜ぶほど俺は厚顔無恥では無いのでな」


「・・・ククク、ユウらしい言葉だ。そんなに卑下しなくてもいいんだよ? 誰が持ち込んだ技術であろうとも、それが人の命を救った事には変わりないんだから。でも、君は百も承知でそう言っているんだろうから、ここは君の意を酌ませて貰おうか。譲って貰える日を楽しみにしているよ」


悠の物言いがあまりに「らしく」てルーファウスは苦笑しつつも悠と約束を交わしたのだった。




そして悠はその日の内に『虚数拠点イマジナリースペース』を回収し、また王都に戻ってバロー達と合流し、明日のイベントに向けて準備した。


「へへへ、遂にあたし達も冒険に行けるんだな!!」


「神奈は自分が戦う事よりも、子供達の動向に目を配りなさいよ?」


「え~、あたしも魔物モンスターと戦いたいのに~」


「恵お姉ちゃ~ん、オヤツは何キロまで~?」


「・・・それって全員の分よ、ね?」


「そんなの持っていかなくてもこのお屋敷ごと出掛けるんだから置いていきなさいよ!」


「あ、そだね~」


「男の子達はもう寝ちゃったのかな?」


「張り切ってたからそうじゃないの? 私達もそろそろ寝ましょう、明日は早いんだから」


「「「はーい」」」


まるで街に買い物に出かけるかの様に和気藹々とした子供達なのであった。

蚊の口吻を参考に作った無痛注射という物が現代にはありますが、針が細過ぎてこの世界での再現は困難なので作りませんでした。が、後々改良予定はあります。

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