6-46 動乱の後14
貴族街のマンドレイク邸は半ば廃墟の様な雰囲気を漂わせていた。
「しっかし、ユウの魔法は凄まじいな。このでっけぇ屋敷の風通しが良くなっちまってるじゃねぇか」
「『火竜ノ槍』はハリハリ謹製の攻撃魔法だからな。これでも街中だという事で威力は抑えた方だ」
「それを言うならむしろ『火竜ノ槍』に耐えたマッディ殿の結界を褒めるべきですよ。硬度だけならジュリア殿の結界に勝るかもしれません・・・が、生命力を硬度に転換する結界なんて、危なくて使いようがありませんけど」
「あの『殺戮獣』の力も驚異でした。ドラゴン並みの身体能力に異常なまでの再生能力。ただの兵士では千人集まってもどうしようも無かろうかと」
屋敷の前で悠達は4日前の出来事を振り返っていた。元凶を無くさなければ、このような事件は何度でも繰り返されるだろう。
誰も立ち入らぬ様に屋敷の周囲はぐるりと兵士が見張っているが、悠達が用向きを伝えると中へ入る事を許可してくれた。
「中では二手に分かれるぞ。俺とハリハリ、バローとシュルツだ」
その組み分けにバローが渋い声を出した。
「何でその分け方なんだ?」
「俺とシュルツは世事に疎い。何かを見つけても見逃すかもしれんから分けただけだ」
「真っ当な理由だと思いますよ? バロー殿は見かけによらず広範な知識をお持ちですから」
「一言余計なんだよお前は!!」
悠は愚痴るバローを無視して悠はパーティー会場に通じるドアを開け放った。
「マッディを弔ったらバロー達は上の階を、俺達は一階から下を調査するぞ。特にマンドレイク親子の私室は入念に――」
「待て、ユウ!」
先ほどとは打って変わって緊迫した声を出すバローに悠は足を止めて振り返った。
「どうしたバロー?」
バローは荒れた部屋を見渡し、改めて口を開いた。
「マッディの死体がねぇぞ・・・」
その台詞に他の者達も部屋を見回したが、確かにその部屋の中にはマッディの死体は存在しなかった。
「もしかして兵士が片付けたのでは?」
「いえ、ローラン殿は事の重大さを鑑みてこの屋敷への出入りを禁じていました。その事を私達に伝えないはずがありません。それにただの物盗りならば死体などを持って行くはずがありませんよ」
シュルツの常識的な意見をハリハリが否定する。
「ならば可能性は絞られる。まず一つ目、そもそもマッディは死んでいなかった。2つ目、誰かが何らかの目的を持ってマッディの死体を兵士に気付かれる事無く持ち去った。大きな可能性としてはそのどちらかしかなかろう」
悠の推測に部屋の中の温度が低くなった様に思われ、バローは軽く身震いした。
「急に怪談染みてきやがった・・・」
「あの状況下で生きていたとは思えませんが・・・」
「あの時はレイラが居なかったから俺も100%確実にマッディが死んでいたと断言出来る訳では無い。限りなくそれに近くはあるがな」
悠も医学的な知識を持ち合わせているので、ある程度の死亡判定は出来るが、死と瀕死、もしくは仮死の状態の判定は非常に難しく、99%ではあっても100%とは言い切れない。
レイラが居ればほぼ間違いの無い診断結果が得られるが、あいにく覚醒したのはつい昨日の事だ。
「例え生きていても死亡に準じる状態だった人間が自分で立ち去ったとは考えにくいですよ」
「じゃあ誰かが持ち去ったとしか思えねぇが・・・人間技じゃねぇぜ? これだけ厳重な警戒網をすり抜けて人間一人を連れ出すのはよ?」
「だが人間技で無ければ可能だろう。ハリハリならば『透明化』で連れ出す事は出来るだろう?」
悠の指摘にハリハリは頷いてみせた。
「特殊な例外ではありますけどね。ユウさんほど勘のいい相手ではそうもいきませんが、ここを見張る兵士くらいでしたら。ただ、エルフにしては私も頑丈な方ですが、人一人担いでとなると集中を乱す可能性があります」
これ以上ここで議論しても結論が出ないと悟った悠は会話を打ち切った。
「この件はローランとルーファウスに伝えるとして、俺達は調査に集中するぞ。何者かが潜んでいる可能性もある、十分に注意してくれ」
悠の忠告に3人は黙って頷いたのだった。
《現在屋敷内に感知出来る生体反応は4つだけよ》
「あとはあの警戒されていた区画を残すのみですね」
「ああ、特にめぼしい物は見つからなかったな」
悠とハリハリは一階の捜索を終え、最後に残しておいた一画へと足を運んでいた。こちらは悠が『炎竜ノ槍』を放った方向とは逆である為に破壊の痕跡はごく少ない。
そこには突き当たりの右側に部屋があるだけで、他に目を引く物は存在しなかった。
「あの部屋が隠したかった場所ですかね?」
「・・・いや、それではこの部屋に重要な物があると大声で喧伝しているのと変わらん。とりあえず部屋を見てみるか」
中から気配を感じない事を確認しユウはドアを開けると、そこには煌びやかな武器防具、それに宝飾品が並ぶ収納庫であった。
「なるほど、貴重品の収納庫であれば厳重に警備している言い訳にはなるな。しかし、ここには値の張りそうな物は確かにあるが、神鋼鉄を使っている物は無い様だ」
「あの御仁が貴重と言えど金で手に入る品をそこまで重要視するとは思えません。これは目くらましだと思いますね」
「ならば本命はあちらか」
悠とハリハリは収納庫から出て、一見何も無い廊下の突き当たりの前に立った。
「フフフ、ワタクシのエルフの超感覚がこの壁の奥が怪しいとビンビン告げていますよ!! はあっ!!」
悠が何か言う前に、ハリハリが壁に手をついて地属性魔法で壁に干渉して穴を開けるとそこには・・・!
「・・・ありゃ?」
普通に壁の奥にある部屋が見えただけであった。
「何をしているハリハリ、見取り図でもその壁の先にはただの空き部屋があるだけだぞ?」
悠の言葉に吹くはずのない風が2人の間に吹いた様な気がした。
《エルフの超感覚がビンビンと、ねぇ・・・》
そこにレイラが追い討ちを掛け、ハリハリの目が泳ぐ。
「くっ!? 様式美を解さないとは、マンドレイク許すまじ!!」
《はいはい、馬鹿やってないで本命に行くわよ》
「本命?」
憤るハリハリにレイラが呆れた声を掛け、悠が壁の直前まで歩み寄って行った。
「あの・・・その壁には何も無いのでは?」
「確かにこの壁自体には何の仕掛けもありはしない。あるのは・・・」
悠は視線を壁から床に向け、片足を上げると床に強く叩き付けた。。
ゴガッ!!!!!
絨毯の下から異音が轟き、床の一部が崩落すると中から黒々と続く通路らしき物が姿を覗かせた。
「うわっ!? ・・・こ、これは隠し階段!?」
「本来は何か仕掛けで起動するのだろうが、あいにくそんな物を探している暇は無い。押し入らせて貰おう」
そう言って悠は自らが開けた穴に飛び込んで行き、その場に取り残されたハリハリは無理矢理笑顔を作って呟いた。
「や、ヤハハハハ! そ、そちらの方だったのですね! 当然ワタクシも予測していましたとも!! どっちか迷っていたんですよ!! ・・・ねぇ聞いてますか、ユウ殿ーーー!!」
悠は別にどちらでも良かったので、ハリハリに構わず地下へと降りて行ったのだった。
「・・・あの、あくまで参考の為に伺いたいのですが、何故この地下の存在に気が付いたのですか?」
ハリハリは何でもない風を装って悠に尋ねた。すぐに気付けなかった事が結構悔しいらしい。
「第一に音だ、この屋敷は絨毯を敷いている為に反響音は小さいが、あの突き当たりだけ僅かに音が響いていた。第2に俺にはレイラが居る。隠された空間などすぐに分かるに決まっているだろう?」
「はぁ、なるほど音ですか!! 私もエルフの状態なら聴覚には自信があるのですが、気が付きませんでしたよ」
レイラはともかく、音ならば自分でも注意すれば分かったはずだとハリハリは嘆息した。
「それよりも随分深いな、これならばどれだけ大きな音を立てても・・・む?」
《ユウ・・・生命反応1。でも随分微弱ね、殆ど瀕死だわ》
「もしやマッディ殿でしょうか?」
「行ってみれば分かるだろう、ようやく底に着いたらしいぞ」
折り返して続く階段の段数が200を数えた所でようやく前方に通路が見えて来た。
「段が一段20センチ少々として、200段で40メートルから50メートルといった所ですかね?」
「レイラの感知が届かないのだからそのくらいだな。どうやらこの先は一本道のようだ」
「暗いですねぇ、『光源』を強めましょう」
ハリハリが魔力を強めた『光源』を放つと、先ほどの倍ほどの視界が確保出来た。
「幽体系や不死系の魔物でも出て来そうな雰囲気ですね」
「自分の家にそんな悪趣味な魔物を飼う者は居ないと思うが?」
「どうでしょう、『殺戮人形』なんて物を30も揃えていた人ですから、むしろそのくらいは居ても不思議ではないですよ」
口ではそんな事を言いながらも特に緊張した様子が無い2人はやがて突き当たりにあるドアに辿り着いた。
「・・・今度は目くらましじゃあ無いですよね?」
「周囲に空間は存在しない。ここが目的地だろう、入るぞ」
ハリハリが何か言い返す前に悠はドアを一息に開け放った。
「うぇぇ、臭いです・・・」
「これは食物が腐った匂いだな・・・」
部屋の中は相当に広く人間の背丈ほどの木枠がずらりと並んで設置してあった。幾つか置かれた机の上には腐食した紙の束や筆記用具、書物などが置かれている。
「ここは・・・『殺戮人形』の研究所か? 紙の束は資料の様だが、ボロボロになっていて殆ど読めんな」
「まだ4日しか経っていないのにこの状態はおかしいですよ。恐らく酸の様な物をかけて証拠隠滅を図ったのでは?」
「俺も同意見だ。少しだけ読める所を見ても単なる『殺戮人形』の生前の名簿らしいな。・・・ん?」
「どうしました?」
悠は問い掛けるハリハリに静かにする様にジェスチャーを送ると耳の神経を研ぎ澄ませた。
・・・・・・・・・カリ。
何かを引っ掻く音を確かに拾った悠は部屋の奥へ奥へと進み、そこに鉄格子の嵌った牢を発見した。
「音の発生源は・・・あれか?」
「そうみたいですが・・・あれって生きてます?」
ハリハリがそう言ったのも当然の事で、牢の奥に転がる物は赤褐色の襤褸に包まった何かとしか形容出来ないのだが、悠はそれに見覚えがあった。
「奴は・・・確かギルドで俺達の会話を盗み聞きしようとしてシュルツに捕まった男だな」
「へぇ、そんな事があったのですね?」
悠は早速鉄格子に近付き、両手で掴むと力任せに鉄格子を押し広げて牢の中に入って男の側に屈みこんだ。
「これでは口も聞けんな。おい、まだ生きる気があるのならこれを飲め」
悠は男の口に取り出した『治癒薬』をあてがい、少しずつ中身を口内に流し込んだ。
「・・・ぁ・・・」
よほど衰弱しているのか、ひび割れた口から『治癒薬』をこぼしつつも男は何とか少しずつ嚥下していった。
「多少回復したくらいじゃ尋問は無理そうですね。どうします?」
「悪党の一味といえどただの下っ端を殺しても益はあるまい。それに生きる意志を示したのだ、ならば連れ帰って後は国の判断に委ねるさ」
「あなたも運のいい人ですね? 我々があと一日遅ければ死んでいましたよ? 逆に元気だったらマンドレイクの道連れになっていたかもしれません。或いは、この場に居るという事は新しい『殺戮人形』の候補だったのかも」
「有り得るな。とにかく、これ以上はここに居ても意味はあるまい、地上に戻るぞ」
悠は男を清潔な布で包み、掴まる力も無いので自分の体に縛り付けて部屋を後にしたのだった。




