6-45 動乱の後13
《墓は抑圧された罪悪感の象徴であり、転じてそこから救われたいと希求する心の表れよ。恐らく、心の奥底では後悔していたんでしょうね、この人は・・・》
現実世界に戻った後、レイラがルーファウスを慰める様に説明した。
「・・・そうだとしても、それで踏み付けられた人達に許される事では無いよ。だが、父上が私に愛情を持ってくれていた事だけは分かった。ユウ、ありがとう」
「俺は連れて行っただけだ」
「と、君なら言うと思っていたよ。・・・さて、時間を取らせたね、マンドレイク邸の捜索を頼むよ。私は少し一人で考えたいんだ・・・」
今の短い邂逅で思う所があるのだろうと察した悠はルーファウスと別れ、城を辞したのだった。
《色々な人間が居るのだな・・・》
道すがら、ポツリとスフィーロが呟いた。
《ドラゴンは強さでしか他者を測れぬ。強ければ従い、弱ければ蔑む。だが人族は富や権力、実力、人望など、様々な力を持っている様だ。しかし、それが大きくなれば大きくなるほど自由には生きられぬ。しかし、小さくなればなるほど弱いのかと思えば現状を打破しようと足掻くしぶとさも持っている。ユウ、力の代償とは自由なのか?》
「一概にはそうとも言えん。自由を貫く為に力が必要になる事もある。ドラゴンで最も強い者が王として君臨し他者を支配して好き勝手に振舞っているのならば、王が最も自由な者だろう。しかし人間は社会を形成するならば一定の枠組みの中で自由を得るしかない。その枠組みの外で生きるならば国の枠組みからは自由になろうが、怪我をしても看病する者も無く、腹が減っても飯を作ってくれる者も居ない。全て自己責任にて行動を決定せねばならない。自由とは、己の本性のままに振る舞う事を言う。力と自由は全く別では無いが、表裏を成す概念でもない」
悠とスフィーロの会話にレイラが割り込んだ。
《何よ、あなた人間に興味があるの?》
《然り。ドラゴンの大半は人族を舐めている。しかしそれも当然かと思わぬでもない。大多数の人族は我らが少し身動ぎするだけで呆気なく死んでしまうゆえ。しかし人族には極稀に我らに比肩し得る力を持った者達が現れる事がある。『龍殺し(ドラゴンスレイヤー)』と呼ばれる者達だ》
スフィーロの独白は続く。
《我はそんな人族の強さに興味と関心を持っていた。同胞からは異端呼ばわりされていたが》
「戦闘能力で人間を測ってもあまり意味は無い。むしろその人間が何故強くなったのかに目を向けるべきだ。生まれながらに強いドラゴンには分からんだろうが、人間が強くなるには理由がある。何となく鍛えていた程度で『龍殺し』にはならん」
《・・・どうやらその様だ。貴様を見ているとそれが痛いほど理解出来る》
《実際に痛い目に遭ったものね》
上機嫌なレイラの言葉にスフィーロは憮然として黙り込んだ。
そんな話をしている内に悠は冒険者ギルドへと辿り着き、中へと足を踏み入れると中には大量の人間が溢れていた。そしてその大部分が10代の若者であると悠の目には映った。
悠はその中心にバローやハリハリの姿を認め、恐らく昨日の事で質問攻めにあっているのだろうと思い、先にカウンターへ行きエリーに声を掛けた。
「盛況だな、エリー」
「あ、こんにちはユウさん。もう朝から大変なんですよ! 昨日の国民発表とユウさん達の立ち回りに感動した若い子達が朝からギルドに押し寄せてきちゃって。『戦塵』に入りたいっていう子も一杯居ましたし、そこにバローさん達が来たので上手く矛先を逸らして貰ったんです。まぁ、あれを見て影響されない人間はあまり居ないと思いますけどね?」
「世間は姦しいが、俺が冒険者である事は何も変わらんよ。それと、この間礼を持って来たので受け取って貰えるか?」
興奮気味に話すエリー自身も影響された人間の一人なのだろう。悠はそれに引き摺られる事無く懐から五弁の花びらを持つ花を意匠化したペンダントを取り出してエリーの前に置いた。
「わぁ! 可愛い!! ・・・で、でもユウさん、これってお高い物なんじゃないですか?」
恐る恐る尋ねるエリーに悠は首を振った。
「実は良く知らんのだ。今回の褒賞の一部として金銭と物品を提示されたのだが、ルーファウス殿下が幾らかを宝飾品で下賜されたのでな。その中にエリーに似合いそうな物があったので確保しておいたのだが・・・」
王室の下賜と聞いてペンダントを手に取っていたエリーが硬直した。下賜されるほど品であれば銀貨で買える様な安物では決して有り得ないと気付いたからだ。最低でも金貨5枚は下らないだろうし、この花のペンダントの意匠の美しさからして、ギルドで物品の鑑定も行っているエリーの目から見れば金貨10枚でも買えないだろうという鑑定結果が見えた。周りで悠とエリーのやり取りをこっそり見ていた他の職員達も悠の気前の良さに舌を巻いている。
「済まんな、あまりエリーの趣味では無かったか?」
その硬直を勘違いして話し掛けてくる悠にエリーは慌てて否定した。
「ち、違うんです! た、ただ、私みたいな庶民にはちょっと高級品過ぎるかな~って・・・ペンダントに負けちゃいそうですし!」
「ふむ・・・」
そう言って遠慮しカウンターに置かれたペンダントを手に取った悠はそのまま身を乗り出し、エリーの首にペンダントを着け始めた。
「ゆ、ゆゆゆゆユウさんっ!?」
「動かないでくれ、金具が留めにくい」
急接近した悠に顔を真っ赤にしたエリーだったが、経験の少なさゆえにどう対処していいか分からず髪をくすぐる感触に戸惑い、混乱している間に悠はペンダントを着け終わった。
「うむ、良く似合っていると思う。ペンダントに負けてなどいないぞ」
「あ、ありがとうございます・・・」
その少し強引なやり取りを見た他の女性職員も顔を赤らめ、羨ましそうにエリーを見て囁き合った。
「私も一度でいいからあんな事されてみたい・・・!」
「いいなぁ、エリー。相手が今話題沸騰中の『戦塵』のユウさんだもんね。こりゃ勝ち組だわ・・・」
「甘~い空気作っちゃって! 後で問い詰めちゃうんだからね、エリー!」
色々勘違いが生まれているが、そんな事を気にして態度を改める様な可愛げは悠には無い。
「俺達は殿下からの依頼を片付けてくる。またな、エリー」
「はい! このペンダント、大切にしますね、ユウさん!」
満面の笑みでエリーそう返し、悠は人垣を縫ってバロー達を引っ張り出し、訓練場に居たシュルツを連れてマンドレイク邸へと向かったのだった。




