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6-42 動乱の後10

悠はそのまま朝の王宮に足を踏み入れた。


と言っても普通の人間に許される事では無い。悠の肩書である自由爵は行動に制限されないという爵位であり、ある意味では公爵以上の権限であると言えるが、それ以外は領地も無く、王国から給与が支払われる訳でも無いという点では騎士爵にすら劣る称号だ。だからこそ悠は拒否せずに受け取ったのだが。


既に朝の鐘(午前6時)も鳴ってから大分時間が経過しており、城の中で働く人間も多く見受けられ、すれ違う者達は皆悠を見ると頭を下げた。


《私が居ない間に随分と信頼を勝ち取ったみたいね?》


「ルーファウス殿下とローランのお陰だ。それがなければ俺は怪しい風体の冒険者に過ぎんよ」


《そんな事は無いと思うわ。だって、皆の目を見れば分かるわよ。凄くキラキラした目でユウを見てるじゃないの》


「それを含めて俺だけの力では無いが・・・まぁそれはいい。行動しやすいに越した事はないからな」


悠にとって自分が尊敬の対象になる事に興味は無い。その逆で蔑まれ、疎まれる事にも。だが、行動の自由があれば他者と無用な軋轢を生まずに済むという点で考えれば、わざと嫌われるつもりもなかった。その点ではプラスの評価である方が良いが、少々ミーノスではそれを重ね過ぎたという反省もあった。


「次はもっとバローやシュルツを押し出しておいた方が俺としては動き易いな」


《なんでもかんでもユウに言われても困るのよね。専門じゃ無い事にまで口を出してたらキリが無いわ》


「こういう時こそ雪人でも居れば全て任せておけるのだがな。或いは西城でもいいが」


レイラの言う通り、国政の全てに悠が口を出す訳にもいかないのだ。そんな事をしていれば年月はあっという間に過ぎ去り、悠のどれだけあるか分からない残り時間を奪うだろう。


《最近、ちょっと手応えを感じるのよね。あと少しで連絡が繋がると思うわ》


「そろそろ向こうも痺れを切らしているだろう。咲殿にも早く恵と明の無事を伝えなければ」


『蓬莱』では悠の生存は確認出来るが、その他の者については分からない。悠の生存=恵・明の生存という図式にはならないのだった。


《それで今はどこに向かっているの? ルーレイって子の所?》


レイラの言葉に悠は首を振った。


「これから行う治療はこの世界では未知の物だ。立会人無しに行うべきでは無い。この場合、身内であるルーファウス殿下に立ち会って貰うべきだろう」


《確かに上手く調整するのは大変だったけれど・・・》


「俺達の世界では簡易な治療だからと言って蔑ろには出来まい?」


その言葉にレイラも頷いた。


《身内にとってはそうかもしれないわね》


「そういう事だ」


悠はそのまま上へ上へと移動していき、見張りの兵士が付いているルーファウスの部屋までやって来た。


「済まないが殿下に取り次いで頂けないだろうか?」


「少々お待ち下さい。・・・ルーファウス殿下、ユウ様がお見えになっております」


ノックをし、押さえた声音で語り掛ける兵士の挙動を見て悠はそれなりの手練れである事を見て取った。昨日の話から身辺警護の兵にも気を使ったのだろう。




「今着替えている所だ。少し待って貰ってくれ」




部屋から聞こえて来た返答に兵士は言葉を返した。


「畏まりました。申し訳御座いませんが、少々こちらでお待ち下さい」


「了解した。・・・ベルトルーゼ様は早速殿下の警護に手を打ったらしいな」


悠の言葉に見張りの兵士は首を振った。


「いえ、私などはユウ様やベルトルーゼ様に比べればとても・・・。しかし、ベルトルーゼ様は誰かが申し出ませんと自分が警護をすると言って一晩中ここで歩哨をしかねませんので」


「謹厳な彼の方らしい話だ」


「ええ、全くです」


薄く笑いを滲ませて会話に応じる辺り、やはり文武共に相当優秀な兵士であるらしい。そしてその後すぐにドアが開き、中からルーファウスが現れた。


「ご苦労だった。今は私の側にユウが居るので君は戻って構わない」


「ハッ、御用が済みましたらまた警護の兵にお声をお掛け下さい。失礼致します」


そう言って兵士はルーファウスとユウに頭を下げ、きびきびとした動きでその場を立ち去った。


「中々優秀な兵士だ、柔軟性という意味ではベルトルーゼより上であろう」


「彼はジェラルド・ファーロード子爵と言って、ベルトルーゼとは親戚関係に当たるんだ。幼い頃から抑え役に回っていたらしく、彼女の扱いが上手いんだよ。その経験と人望、手腕を買われて副騎士団長の役に付いているんだ」


「なるほど、苦労人か」


「ハハハ、その通りさ」


悠の的確な表現にルーファウスの口から笑いが洩れた。


「・・・さて、この時間に一人で来たという事は、ルーレイに関する事なのかな?」


「ああ、とりあえずルーレイ殿下の寝室で話そうと思う」


「分かった、では参ろうか」


そのままルーファウスと悠はルーレイの私室へと歩き、その場の兵士に断りを入れて中へと入って行った。


豪華なベッドに寝かされるルーレイの顔は青白く、とても健康体である様には見えない。水分の摂取もままならず、呼吸も細い。


「・・・医者の話ではこの状態が続くようならば命の保証は出来かねるとの事だった。飲まず食わずの上、薬さえ飲む事が出来なければ当然なんだけど・・・」


「ふむ・・・レイラ」


《ええ、診断してみるわ》


短い悠の言葉で意図を察したレイラがルーレイの体を詳細に診察した。


《・・・虚血状態が長く続いているのね、血液が足りていないわ。そのせいで脱水症状に近い上、血圧も低く体温も生存限界ギリギリ。各種内臓器官の働きも正常値の5割あるかどうか・・・何より、虚血による脳へのダメージが大きかったのね。このまま意識が戻らなければ余命はあと4~5日でしょう》


「・・・っ!」


レイラの見立てにルーファウスが下唇を噛み締めた。そして懇願する様な目で悠を見る。


「大丈夫だ、症状自体は大方予測が付いていた。その為にこれを持って来たのだからな」


そう言って悠は『冒険鞄エクスパンションバック』からカロンに作って貰った品が入った箱を取り出した。そのまま薬の瓶も幾つか取り出し、ベッドの横のサイドテーブルに並べて行く。


箱を開け、出て来た品を見てルーファウスは眉を顰めた。


「・・・ユウ、それは何だい? 私には武器の様に見えるのだけれど・・・?」


「これは武器では無い、れっきとした治療道具だ」


悠が取り出した品は室内の明かりを受けて先端部分を光らせた。それは穴の開いた針を持ち、ガラスの胴体部、そしてピストン構造を備えた薬液注入器・・・つまり注射器である。


「原理としてはこの胴体部にある薬を体内に注入し、薬の効果を得るというものだ。経口で薬を摂取出来ない場合でもこの方法であれば効果を得る事が出来るだろう。また、水分を補給する用途でも使用出来る。ルーレイ殿下の様な症状であればこれ以上の治療は無いだろう」


「そんな治療方法が存在するとは・・・!」


ルーファウスが驚くのも無理は無い事だ。このアーヴェルカインには注射器は存在せず、薬と言えば経口摂取する薬か塗り薬しか存在していない上、医療分野での人間の体の働きすら知られていない。これは回復魔法ヒーリングマジックによる弊害であり、便利な回復手段があるせいで医療の発達が遅れているせいでもある。


「これを血の流れる管・・・血管に刺し、中の薬液を注ぎ込む。本当は点滴の様な長時間で徐々に注ぎ込む方法を取りたかったが、あいにく俺は点滴装置の作り方を知らん。だが、この注射器でも一定の成果は上がると思う。・・・だが」


そこで悠はルーファウスに視線を移した。


「見ての通りこれは針を突き刺して行う治療だ。ルーファウスの目には危険な物に見える事も否定出来ん。事実、多少の痛みは伴うからな。俺達の世界では治療としては最も普及している物の一つではあるが、初見の者には抵抗があるのも分かる。だが、現状でこれ以上の治療は無い」


悠はルーファウスに断言した。このまま放っておいて回復する可能性は非常に低く、有効な治療がこれしか無いのなら悠は止められても治療を断行する気でいるが、理解を得られるのならそれに越した事は無い。


「・・・その、注射器は試してみたのかい? 何か世界が違う上の不具合などは?」


ルーファウスも心情では悠に傾いているのだが、どうしても不安が拭えずに悠に問い掛けた。


「俺が自分の体で試した。針の位置や薬液の濃度も調整してある」


「なっ!?」


《・・・》


ルーファウスは言葉が続かずに口をパクパクと開閉する事しか出来なかった。


悠は昨晩の内に自らの体に傷を付け、生理食塩水(濃度0.9%の食塩水。体液と同じ濃度な為、溶血などが起きない)で薄めた各種『治癒薬ポーション』でその効果を測ったのだ。この様な作業を他の者でする訳にはいかなかったので、レイラの監修の下、悠は幾度と無く自らの体を傷付け、針を刺して薬液を注ぎ込んだ。今サイドテーブルに並ぶ薬液は最も効果を得られると確信した配合である。


「そのままの濃度では薬が強過ぎて危険だと分かったからな。それにルーレイ殿下は水分自体も補給する必要がある。今出来る中ではこの薬が一番効くはずだ」


悠がどれほどこの治療に心を砕いているかを知ったルーファウスは自分の行動を恥じて体を震わせた。簡単に試したなどと言っているが、それが一歩間違えば非常に危険な行為であるとルーファウスにも理解出来たのだ。それは例えるなら毒か薬か分からない物を自分の体で試し、他人の踏み台になる行為と等しい。


「・・・済まない、ユウ、それは本当は私がやらなくてはいけない事だったんだ。まだ出会って日も浅い君にそこまでさせてしまった愚かな私を許して欲しい」


「人にはそれぞれ役割がある。俺の体はあいにく壊れにくく出来ているのでな」


深く頭を下げるルーファウスに悠は首を振った。


「何故ルーレイにここまでしてくれるんだい? 短い付き合いの私でも君が名誉欲や金銭欲でそんな事をしたんじゃ無いという事だけは分かる。ましてやルーレイが王子だからなどという理由ではありはしないだろう。一体、何故?」


悠は少し考えてからルーファウスに答えた。


「・・・この世界の人間は皆俺にそう言う。何故救うのかと。それは俺にとっては自然な事で、特別な理由を語る意味を見い出せない事だ。だが今回の場合、強いて言えば・・・そうだな、せっかく出来たアルトの友人を失わせるには忍びないと思ったからだ。それで理由になるか?」


悠の言葉に虚を突かれたルーファウスだったが、よくよく考えるとそれはこの悠という男に違和感無く納まる理由の様に思えて薄く微笑んだ。


「ああ・・・これ以上無いくらいに納得出来たよ。・・・治療を頼む、ユウ」


もう一度頭を下げるルーファウスに頷き、悠は治療に取り掛かったのだった。

悠がカロン達に作って貰ったのは注射針と注射器でした。錬金術があるのでガラスの胴体部分は転用可能だったのですが、問題は針の加工技術でして。この注射針は極細の針を作り、その周囲に金属でコーティングし、中芯として使った針を引き抜く事で作成しています。

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