6-40 動乱の後8
悠が子供達の待つ屋敷に到達したのはそれからすぐ後の事であった。
今回は既に外界を認識する手段を得ている葵によって結界はすぐに解かれ、内部の者達も悠の帰還を知る事が可能になっている。
《お帰りなさいませ、我が主》
手に入れた拡声の魔道具から音声を発する機能を得た葵が悠に声を掛けた。
「ああ、皆変わりないか?」
《御座いません。皆さん年長者に従っていい子にしていましたよ》
《葵も大分世間話が板について来たわね》
《ありがとう御座います、レイラさん》
悠が扉を開けると、奥から子供達が悠の帰還を知って駆け寄って来た。先頭に居るのは最も健脚な神奈である。
「お帰りなさい悠先生っ!」
「ああ、ただいま」
「神奈!! 廊下を走っちゃダメ!! 小さい子が真似するでしょ!!」
後ろから響く怒声は樹里亜のものだ。それを聞いた神奈はペロッと舌を出して肩を竦めた。
そうこうしている間に全員が玄関に集結する。
「皆に言っておかねばならん事がある。明後日一日、全員で冒険者体験をする事になったのだが、不参加の者は居るか?」
子供達は悠の発言の意味をしばし浸透させたのち、歓声と共に受け入れた。
「「「行く!!!」」」
「あの、ユウ兄さん、どういった計画をされていますか?」
真面目なミリーがその内容を吟味しようと悠に質問した。
「アザリア山頂にあるダンジョンを予定している。そこで以前知り合ったエルフのナターリアが道先案内をしてくれる手筈になっている。時間は朝6時からで、今の所泊まる予定は無いな」
「エルフって・・・大丈夫なんですか?」
冒険者としてエルフの恐ろしさを良く耳にするミリーが確認したが、悠は頷いた。
「ナターリアは邪悪では無かった。ハリハリとも面識があるらしいから心配はいらんだろう」
「そうですか・・・それなら大丈夫ですね」
ここに居る皆が見た事のあるエルフとはハリハリだけなので、一般的に伝わっているほどエルフに対して悪感情を抱いている者が居なかった事でミリーも納得して引き下がった。
「ビリーとミリーは子供達に冒険者として注意すべき事を教えてやってくれ。それと準備もな」
「分かりました、任せておいて下さいよ!」
「ユウ兄さん、まずは食事にしましょう。今日は泊まっていかれるんですよね?」
悠は頷くと、初めての冒険に心を躍らせる子供達に手を引かれて広間へと向かったのだった。
食事が終わった悠は地下のカロン達を訪ねていた。用件は神鋼鉄を渡す事とコロッサスの剣について、そしてルーレイの治療に関する事だ。
「お疲れ様です、ユウさん。謀反の件は上手く片付いたようですね」
「ああ、それで今日はカロン達に土産を持って来た。気に入って貰えるといいのだが・・・」
「へぇ、アタシ達に? なんだろ、また質のいいドラゴンの鱗でも手に入れたのかい?」
作業の手を止めて悠に注目したカロン親子に悠は『冒険鞄』から神鋼鉄の剣を取り出した。
「土産とはこの剣だ」
「ほぅ、これは余り見かけない金属ですね。しかし鍛冶師の腕が一見しただけで分かる程度に未熟ですな。何か硬い物を斬ったのか、使い手が悪かったのか。ユウさん、これは?」
「神鋼鉄の剣らしい」
「そうですか」
最初カロンは剣を鑑定しながらであったので悠の発言を半ば聞き流したが、今自分が持っている剣と悠の言葉の意味が浸透するにつれて徐々にその体が震え始めた。
「・・・・・・・・・あ、あの、すいませんが、今、も、もしかして神鋼鉄と仰いましたか?」
カロンは聞き流しそうになった言葉を再度悠に尋ねたが、悠は軽く頷いた。
「ああ、今回の事件でそこそこ纏まった数が手に入ったのでな」
そう言って悠は次々と神鋼鉄を取り出してカロン達の前に並べていく。その数は20本にもなり、カロンとカリスは慌てて跪いてそれらを吟味しやがてカロンの口から溜息が漏れた。
「はぁぁ・・・正に伝説に謳われる神鋼鉄の通りです」
「これが神鋼鉄かぁ・・・」
鍛冶に携わる者であれば誰しも一度は見て、そして触れてみたいと願う憧れの金属に2人は涎を垂らさんばかりであった。
「先ほど鍛冶師の腕か剣士の腕かと言っていたが、劣っているのは鍛冶師の方だ。剣士はコロッサスに試して貰ったからな。流石に傷はついたが」
悠が自らの手甲を示すと、カロンは慌てて立ち上がってその傷を検分し、目から大粒の涙をこぼした。
「わ、私の打った手甲が神鋼鉄に打ち勝つとは・・・!」
「やったな親父!! やっぱり親父は世界一の鍛冶師だぜ!!」
カロンとカリスは共に涙を流しながら抱き合った。鍛冶師にとって、これ以上の報酬は無かったのだった。
「そこでこの傷に免じてコロッサスに剣を打ってやってくれんか? 悪用する事も無いと思うのだが・・・」
悠の要請に、カロンは大きく首を縦に振った。
「承りましょう! ・・・しかし、龍鉄と神鋼鉄のどちらで打ちましょうか? 硬度としては同じくらいかと思いますが・・・」
カロンの質問に悠はしばし考えて答えた。
「コロッサスの立場からして、神鋼鉄がいいだろう。世間の評判としても神鋼鉄の方が知名度が高いからな。残りは好きにしてくれて構わん」
「ありがとうございます! ユウさんに付いて来て良かったと心底感じておりますよ」
カロンは嬉しそうに頭を下げた。今この工房で作れる最高の品は真龍鉄であるが、流石にそちらは量が少ない上、悠達の為に使わなければならない物なので使用出来ない。魔龍銀は塗膜として用いるので多少の余裕がある為、表面の加工はそれを用いればよいだろう。
「じゃあアタシは兄さんの手甲の修復をするよ。幸い傷は魔龍銀の層のほんの少し先で止まってるみたいだし、明日までにはキレイに直しておくからさ!」
「それにしても、こんなに大量の神鋼鉄をどこで入手なさったのですか?」
「今回の相手が持っていたのだ。正確な出所は俺にも分からんな」
悠は手甲を外してカリスに手渡しながらカロンの質問に答えた。恐らくは例の女から提供された事は間違い無いが、その女がどこから手に入れたのかはまだ分からない事である。
そして悠は最後の用件についてカロンに尋ねた。
「それよりも、俺の依頼した品の目途は付きそうか?」
「ええ、そちらは問題無く出来上がっております。ちょっとお待ち下さいね・・・っと、これです」
カロンは悠に依頼された品を脇に置いてあった箱から取り出した。
「こういう事は私よりも娘のカリスの方が上手い様で、一応ユウさんが望んだ通りの機能を持たせてあります」
「へへっ、アタシはこういう細かいのは得意なんだぜ? でも作っておいてなんだけど、こんなもん一体何に使うんだ?」
悠は手に取った依頼の品をしげしげと眺め、押したり引いたりして自分の注文通りである事を確認した。
「なに、これで人助けをしようと思ってな。もし上手く行けばカリスは歴史に名を残すかもしれんぞ?」
「へっ!? や、やだなぁ兄さん、こんなのでそこまで評価されるはずが無いじゃないか!! そもそもアタシはそれをどうやって使うのかも分からないのにさ!!」
カリスは悠が大げさに言っているのだと思い一笑に付したが、悠は冗談は分かり易いタイミングでしか言わないのだ。
「とにかく助かった。また物資で必要な物があれば教えてくれ。明後日は皆を連れてアザリア山頂にあるダンジョンに出向くつもりなのでな。魔物から何か素材が採れるかもしれん」
「でしたらこちらでいくつか必要な物を書き出しておきますよ」
そうして悠はカロンから受け取った品を『冒険鞄』に仕舞い、工房を後にしたのだった。
悠がカロン達に何を作って貰ったかは後ほど。勘のいい方は気付いているかと思わなくも無いですが。




