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6-37 動乱の後5

長くなりましたが、一応分けずに投稿します。

翌朝のミーノスは朝から慌ただしい雰囲気に包まれていた。今日行われる式典はルーファウスの正式な王位継承とその所信を伝え、また先の事件の功労者である『戦塵』の功績を讃える為の物である。


ミーノスには王宮前に大規模な広場が存在するが、その場所は暗い内から場所取りをする者達で賑わい、それを狙って振り売りの人間なども集まっており、既に早朝からミーノスはお祭りムードが漂っていた。


開始は昼の鐘(正午)からとなっていたが、その時間に差し掛かる頃には広場は立錐の余地も無いほど大量の民衆で溢れ、その数は万を超えている事は確実であろうと思われる。


そして昼の鐘が鳴り響く中、吹奏隊によるファンファーレが高らかに吹き上げられ、民衆の前にルーファウスと宰相であるローランが姿を現した。


万雷の拍手と歓声に大気が震動する中、この時の為に作られた壇上に上がったルーファウスが手を振ってそれに応えると拍手と歓声は一際大きくなった。


十分に注目を引いた事を確認し、ルーファウスは振っていた手を止めて静聴を促すと、潮が引く様に音の波は静まっていく。ルーファウスは壇上に備え付けられた高性能の拡声の魔道具の調子を咳払いで確かめると静かに語り出した。


「・・・今日この場に立てる事を嬉しく思う。今日私は正式にこの国の王位継承者として認められ、皆の前に立っている。皆も知っての通り、先日、王家と貴族を巻き込んだ事件が起こった。それによりこの国は少なからず人的被害を負ってしまったが、それはひとえにこの国の制度が惰性に陥っていた為だと私は思っている」


ルーファウスの言葉を吟味する様に、民衆は清聴する姿勢を保った。


「この国は金銭によって平和を獲得して来た。私はそれ自体は恥じる事では無いと思っている。戦いによる人命と金銭の消耗はやがて先細る未来しか有り得ない。勝てば良かろうという考えを私は支持しない。ある程度戦に勝つ事は出来ようが、それは新たな戦を生み、血と怨恨の鎖で国を縛るだろう。絶え間ない戦は人心の荒廃をもたらし、子は父を亡くし、妻は夫を亡くす。そんな殺伐とした国を私は目指そうとは思わない。であるからこそ、私は金銭によって平和を贖う事を否定しない」


明確に態度を表明し、ルーファウスは一度言葉を切ってその言葉が浸透するのを待ってから再び語り出した。


「しかし、その状況が長く続いた事が国に弊害をもたらした。それは権威主義と拝金主義である。王家と貴族はその矜持を忘れ、民衆を数でしか把握しなくなってしまった。人の命と尊厳は地に貶められ、ただ権力と金銭の嵩こそが尊ばれる様になっていった。・・・私は国の為に考えた、それは本当に正しい事だったのか? 我々は何か人間として大切な物を忘れてしまっているのではないか、と。そもそも王侯貴族はそれ単体で成立する事は決して有り得ぬ。国という枠組みがあり、そこに我らを支える者達が居て、初めて我らは王侯貴族足り得るのだ。金銭は確かに生きる為に欠かせぬ物であろう。しかし、我々はそんな金属の塊の為に生きている訳では無い! 我らは人として真っ当に生きる為に生を受けたのではないか? そして、幸福に天寿を全う出来ぬ国とは、いくら豊かであろうとも人としての幸せはありはしないのではないか? 私はそう考え、日々この国を良くする方法を模索して来た」


そこでルーファウスは声のトーンを落とした。


「しかし、私の思想は旧来のこの国ではまだ受け入れられる物では無かった。私に反発する者達は処刑されたマンドレイク公爵を筆頭に糾合し、私とそれに賛同するフェルゼニアス公の命を滅さんと凶行に走った。それ自体は許し難い蛮行であるが、私に非が無い訳でも無い。私はもっと彼らと正面から向き合うべきだった。弱腰で顔色を窺うのでは無く、しっかりと私の考えを表明し、対決すべきだった。だから私はもう自らの考えを表明する事を躊躇わない。だから私はここに宣言しよう。皆が自らの思いを自由に語り、より良い国を目指す事を!! 貴族だから告発されない、王子だから謗られないという状況が腐敗を生んでいるのなら、その状況を覆そう!! 今後、国に直接意見を陳述する事の出来る場所を設置し、貴族の各領地にはその施政が健全であるかを監督する監察官を置く事を約束する!! 税の搾取や賄賂による不正で私腹を肥やす者は貴族では無い!! 貴族を騙る盗人であると明記せよ!! それは王族たる私すらも例外では無いと!!」


ルーファウスの宣言は無形の爆弾となって民衆を直撃した。貴族とはどれほど落ちぶれていようとも貴族であり、民衆はそれに逆らう術を持たなかったのだ。それを訴える事が出来る場がおおやけに設置されるという事は、これまでの社会が根本的に変化する事を意味していたからだ。ざわめく民衆を静める為にルーファウスは再び手を掲げた。


「誤解しないで貰いたいが、これは民衆の一方的な権利の増大を意味しない。陳情や告発に当たっては虚偽や誇張、捏造などをもって他人を貶める事は許されない。告発者は良識と真実を持って臨んで欲しく思う。もし偽りをもって自らの利益や感情の為にこの制度を利用しようという者が居るならば考えを改めて貰いたい。その様な者には厳しい法の裁きが下るという事を私は明言しておく。権利には責任が伴うと繰り返し肝に銘じて頂こう」


ルーファウスの断固たる口調に民衆は唾を飲み込んだ。ルーファウスは穏健な王族としてのイメージが強かった為、そのギャップに戸惑ったのだ。


「だがある程度の知識や教養がなければこの権利の行使は難しい物になるだろう。であるから、それに伴い私は新たな教育機関の発足を誓約する!! これは貴族、庶民の垣根に拘らず、学ぶ意欲があるものは誰であろうとも学ぶ事が出来る「学校」である!! 言語、算術、倫理、歴史、芸術、軍事、武術に魔法、そして何よりも人間自身を学ぶ場所である!! 入学に金銭はいらぬ!! 学ぶに当たっての必要経費もいらぬ!! 周囲に流されて入学する怠惰な者も必要無い!! ただ学ぶ意欲を持つ者を我が国は欲する!! 頭脳を、心身を鍛え、この国を支えんとする若人よ来たれ!! 未来のミーノスを支えるのはお前達である!!」


ルーファウスの熱弁は広場に静寂をもたらした。しかしその静寂は煮えたぎる熱情を内包した火山の静寂であった。


やがて一人の若者が拳を突き上げて叫んだ。


「・・・万歳、ルーファウス殿下万歳!!」


一人の口から始まった歓呼の声は次第に群集に広がり、己の夢をくすぶらせる若者達の心に燎原の火となって波及していった。


熱情は従来の常識という厚い岩盤を溶かし、惰性という濁り水と混じり合って水蒸気爆発の如く若者達の感情を放出したのだ。


「「「ルーファウス殿下万歳!! ルーファウス殿下万歳!!!」」」


若者達の目には希望と熱があった。大人達の目には僅かな期待と戸惑いがあった。そして老人達の目には畏れと羨望があった。その全てが場の熱情に押し流していくのは若さこそが力だと言わんばかりで、暴力的でありながらも抗い難い魅力を持ってルーファウスに向けられた。


ルーファウスはしばしその大歓声を清聴し、そしてまた手を掲げて静める。


「・・・この提案は私のみの考えで形作られた物では無い。私が誰よりも頼りとする、貴族の筆頭であるフェルゼニアス公爵が自ら私に進言して発表に至った物であり、公の誠実たらんとする思いが結実した物である。後世、この事がもし称賛される事があるならば、それは発表した私では無く、フェルゼニアス公にこそその功績が帰すると歴史は記すであろう。そしてそのフェルゼニアス公に助言を送った人物こそが先の事件で絶体絶命の窮地から私を救った新たなる英雄である。紹介しよう、冒険者集団『戦塵』と騎士団長ベルトルーゼ・ファーラム伯爵並びにローラン・フェルゼニアスが一子、アルト・フェルゼニアスを!!」


ルーファウスの視線の先から壇上へと向かう悠達に視線が集まった。悠とバロー、ハリハリ、シュルツ、そしてベルトルーゼとアルトがその注目の中、壇上へと上がっていく。


新しいミーノス式の正装とフェルゼニアスの家紋が刺繍されたマントに身を包む悠は誰が見ても歴戦の勇士であると誤解する事は無かった。きびきびとした動きと大衆の重圧を自然に受け流すその姿は巷に流布する悠の二つ名を人々に自然に連想させた。


「あれが『戦神』のユウか・・・」


「威風堂々としていらっしゃる。万を超える視線の中で緊張の欠片も見当たらぬとは」


「あの後ろの坊ちゃんは宰相のご子息だって? いやぁ、うちのとエライ差だな!」


「ベルトルーゼ様とどちらがお強いのだろうか?」


ルーファウスは代表して悠を傍らに紹介を始めた。


「彼が『戦塵』を率いる者として巨悪に敢然と立ち向かったユウである。『戦神』の二つ名で知る者も多かろうな。ユウよ、ここで一つ自らの紹介を・・・」


(『ファイヤーアロー』数3!! 11時、12時、1時!!)


「バロー!! シュルツ!!」


「「了解!!」」


脳内で響いた声に悠は頭で考えるより先にルーファウスの前に立ち、飛来する12時方向の『炎の矢』を展開した小手で受け、或いは掴み取った。


「『夢幻絶影』!!」


11時の方向からの『炎の矢』はバローが抜いた霞む斬撃に残らず斬り落とされ、


「『風車壁』!!」


1時の方向から飛来する『炎の矢』は残らずシュルツが剣の柄尻を合わせた剣を回転させて防ぎ切った。


呆気に取られる民衆を置き去りに悠は手の中の『炎の矢』を握り締めて消滅させ、マントを翻して体重を感じさせない軽やかさでその発射位置の一つに降り立った。


「あ・・・」


そこにはどこかで見た事のある男が突然の悠の襲来に口をあんぐりと開けたまま呆けていた。悠がそれをディオスの息子であるタルマイオスである事を思い出したのは、その突き出た腹に深々と拳を埋めた後であった。


口から吐瀉物を撒き散らして悶絶したタルマイオスから悠は残り2箇所の発射地点へ視線を向けると、そちらは既にアルトとベルトルーゼによって制圧された後であり、悠はタルマイオスの首根っこを掴んで壇上のルーファウスの方へと戻って行った。


「殿下、ご無礼仕りました。御身にお怪我は御座いませんでしょうか?」


悠の落ち着いた声は混乱から立ち直り、暴走しかけていた民衆の頭を冷ます効果を発揮し、ルーファウスも内心の驚きを抑えて努めて冷静に、そして何でも無い事の様に悠に返した。


「・・・ククク、ハハハハハ!! これでお主に命を救われるのは2度目になるな。その方らこそ傷など負っていまいか?」


「我らは冒険者、この程度のお粗末な手際で傷を負う者は誰も居りませぬ。それはこの国一の騎士、ベルトルーゼ様や自分が師事したアルト様も同様で御座います。賊は全て取り押さえました」


「うむ、うむ、流石は国一番の勇者である。お主らの様な者の助力を得る事が出来た事が我が人生で最も幸運であったと言えよう。・・・それに引き換え・・・」


ルーファウスは極寒の視線で引き立てられた者達を見た。


「おのれらの顔には見覚えがある。此度の事件の首謀者であるディオス・マンドレイクの子、タルマイオス・マンドレイクだな? それに他の2人もそれに加担した貴族の子弟か。公衆の面前でこの所業、最早罪を逃れる術は無いぞ? 言いたい事があるなら言うがいい!!!」


タルマイオスは進退窮まった事を悟り、腹を抑えながらルーファウスに怒鳴った。


「黙って聞いておれば、何が監察官か、何が学校か!! 我ら貴族は庶民どもとは違い、神に選ばれし聖なる血筋を持つ一族なのだ!! 我らには自由に振る舞う権利がある!! 我が父こそはその尊き矜持を忘れたルーファウスに鉄槌を下さんとした正義の使途である!! 民衆よ!! ルーファウスを倒せ!! ローランを血祭りに上げろ!! 既得権益を侵す愚か者を殺すのだッ!!!!!」


憎悪にギラつくタルマイオスを迎えたのは静寂であった。しかし、それは先ほどのルーファウスの演説での静寂とは全く逆のベクトルを持った静寂であった。


「な、何をしておるか!? 早くルーファウスを打ち殺せ!! ええい、私の言っている意味すら理解出来んのか、この低能共が!!!」


イラつくタルマイオスのその一言が決定的な契機となって民衆から声が上がった。


「殺せ・・・殺せ!!」


「その恥知らずを殺せ!! 新しい時代を邪魔する者を殺せ!!!」


「「「殺せ!!! 殺せ!!! 殺せ!!!」」」


それはやがて殺意の渦となって民衆の大合唱になった。それを見たタルマイオスは唾を飛ばしながら民衆を罵った。


「馬鹿共がぁっ!!! 貴様ら如き低能が多少学問を学んだとして何となる!? 下々の者は大人しく我らに従っておれば良いのだ!!! それこそが貴様らに許され・・・ウボッ!?」


「同じ事しか言えんのなら黙れ」


悠の拳が再びタルマイオスの腹に埋まり、タルマイオスは壇上に倒れて痙攣した。その行為に大歓声が上がったが、悠はルーファウスに視線を移してその言葉を待つ姿勢をし、それに気付いた民衆もまた声を静めてルーファウスの言葉を待った。


「・・・皆も聞いただろうか? これが増長した貴族の成れ果てである。自らを神聖視し、その行いを省みる事が無い。どこまでも自己を肥大化させ、やがて国を蝕む。貴族とは特権階級である。しかし、それは義務を果たすからこそ民衆に認められた物であらねばならない! 民衆を蔑み、弄び、虐げる者が貴族などと呼ばれてはならない!! ・・・監察を置く事は私としても遺憾である。いつかはそれが必要無くなる事を願っている。それはこの国に教育が行き届いた時だと私は信じる!! 自由の意味を真に理解した者達の雄飛する時が来る事を私は願う!! ミーノス万歳!!」


「「「ミーノス万歳!!! ミーノス万歳!!!」」」


先ほどは戸惑いを覚えていた者達も、今度こそは心を一つにして自らの国を讃えた。正に絶妙なタイミングでタルマイオスは本人の意とは正反対の結束を民衆にもたらしたのだった。


「この無礼者共は牢に叩き込んでおけ!! 後々その身に相応しい死に様を与えてくれよう!!」


ルーファウスの言葉で、警備に当たっていた兵士達が乱暴に気絶したタルマイオスと貴族の子弟を牢へと連行していった。


「思わぬ邪魔が入ったが、ある意味ではこれ以上の自己紹介は無かったかもしれん。タルマイオスには気の毒な事だ」


ルーファウスの冗談に広場に笑いが起こった。


「私は彼にどう報いたら良いのだろうか? 金銭だろうか? 爵位だろうか? 丁度一つ公爵位が空いておるが、それを彼に受け取って貰う事だろうか? それはユウ本人に聞いてみたい。ユウよ、一連の報酬として私に何を望むか? 遠慮無く申すがいい」


ルーファウスの破格の言葉に民衆は悠が公爵位か山のような金銭かを望むに違いないと考えた。だが、全体のごく少数は悠がそれらを望まないと確信していた。そしてその期待は裏切られなかった。


「人が人として生きられる国を。弱者が虐げられる事の無い国を。子供が夢を持てる国を。笑顔が絶える事の無い国を。つまりは、良き国をお作り下さい、殿下。それが自分にとって何よりの報酬であります」


胸に手を当て、頭を垂れる悠にルーファウスは頷いてみせた。


「無欲に見えて、何よりも難しい報酬であろうな。だが他ならぬお主の頼みであれば、このルーファウス、一命を賭して成し遂げよう。お主に金銭や爵位で贖うのは間違いであった。ならば私は肩書きを2つ贈る事にしよう。冒険者ユウを自由爵と任じ、王宮への自由な立ち入りを許す。並びに、個人的な、取るに足らない称号を受け取ってはくれまいか? ・・・私の友人という称号を」


ルーファウスは悠に手を差し出した。民衆は事の成り行きを固唾を飲んで見守っている。


痛いほどの沈黙の中、しばらくその手を見ていた悠はやがてその手を握り返した。


「自分でよろしければ」


瞬間、広場が沸騰した。いつの間にか道や建物の屋根にまで溢れかえった人々はその光景にミーノスの輝かしい未来を見たのであった。

タルマイオス、自然とフェードアウトしたのかと思ったら、こんな所に居たんですね。一番美味しい所を持っていきました。腹パン×2(笑)

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