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6-36 動乱の後4

歌い終わったハリハリと未練がましく居座ろうとするバローを引っ張り、悠は宿へと帰還した。


「その様子だと反応は上々だったようだな、ハリハリ」


「ヤハハハハ、お陰様で良い手応えを感じました。やはり現場には付いて行かなければなりませんね。臨場感が違います」


大量の小銭を袋に詰め、ハリハリはホクホク顔で答えた。この金銭は自らの歌で稼いだものであり、ハリハリに取っては拾った金貨などよりもずっと価値がある金銭であった。


「ケッ、俺は当分働かねぇからな!!」


「糞以下の発言だな。世間の人間が聞いたら落涙は避けられまい」


「バロー殿、最早あなたも英雄の一員なのですから素行には気を付けて下さいね? 安い娼館で病気なんて貰わないで下さいよ? いい笑いものになってしまいますから」


「・・・お前らが俺をどんな目で見ているかだけはよーく分かったぜ・・・」


ギロリとバローが2人を睨むが、そんな事で恐れ入る悠とハリハリでは無く、素知らぬ顔で宿への道を急いだ。


「うーす、ただいま・・・っと、またかよ・・・」


店内に入ると明らかにこれまでと違う温度の視線が悠達に集中した。先ほど街を歩いている時も遠巻きに同じ様な視線で見られていたが、今度は至近距離である。その視線の元を辿れば、宿の食堂で酒を飲んだり食事をしたりしている者達に突き当たった。


皆緊張と羨望の眼差しでその熱い視線を悠達に注いでいる。詳しく悠達の活躍が語られたのは先ほどのハリハリが酒場で語ったのが初であるが、事件の国民への発表においてルーファウスの口から『戦塵』のパーティー名とその場に居合わせた悠達の名前は語られており、更に悠はミーノスで既に知らない者の方が少ないほどの有名人である。今回の事件で『戦塵』こそは王国一の冒険者集団であるという評価を確実なものにし、そのメンバーは全ての人間の憧憬の対象となっていた。会う者会う者全てそんな調子では、バローが面倒くさげな声を洩らすのも無理はない。


「仕方ありませんね。既にミーノスでは我らを知らぬ者は居ませんから。気の早い方々はユウ殿とバロー殿はあの人間五強に仲間入りしたと噂しているらしいですし。ヤハハ、噂をばら撒いたのはワタクシですが」


「お前は余計な事まで仕事がはえぇよな・・・」


ハリハリが噂を流しているのは確かだが、それ以外の者達の間でもそれは徐々に醸造されつつあった話で、悠は事実ミロやサイコを撃退している事から根も葉もないという噂話では無い。『戦塵』のパーティー名からもじって悠を『戦神』ユウ、扱う剣技からバローを『絶剣』バローと称する二つ名はこの事件を境に急速に人間社会へと広まって行った。ハリハリは己の『勇者の歌い手』という二つ名をいたく気に入っていたし、シュルツは元々知る人ぞ知る使い手だが、今回は助太刀に来た時点で貴族達が眠ってしまっていたので注目度は2人に比べれば薄かった。


「よぉ、有名人殿のご帰還かよ。待ってたぜ?」


「ホッホ、今日はご相伴に預かるかの」


そんな3人に声を掛けて来たのはメロウズとヘイロンである。2人が気さくに声を掛けて来たのは、もう関係を隠す必要性が無くなったからだ。それどころか、2人は今日フェルゼニアス邸に招かれている客人なのである。今回の事件で情報の大切さが身に染みたローランは、自ら直接メロウズらと関係を構築する気になったらしい。


「んだよ、悪党どもも来てやがったのか」


「ご挨拶だな、もう俺達はその辺のチンピラじゃねぇんだぜ? なんたって王国宰相殿の後ろ盾があるんだからな」


「然り然り。まさか生きている内にこんな事になるとは思わんかったわい。これも人徳というものじゃて」


「へっ、言ってろ」


そこに部屋からシュルツもやって来て一行に加わった。


「師よ、お帰りなさいませ」


「ああ、そろそろ出るが準備はいいか?」


「いつ如何なる時でも師の仰せとあらばこのシュルツ、何処であってもお供します」


シュルツの悠に対するスタンスは出会った頃と全く変わらない。恐らくは既に五強クラスの腕前を手に入れたにも関わらず、相変わらず悠にだけ従順である。そんなシュルツも切磋琢磨する人間が側に居る事で対人関係の面では多少の改善は見られたが、その顔はこれまでどおり覆面に覆われたままだ。


「いい加減、シュルツもその布を取っ払っちまえよ。お前だけそこの奴らよりも裏社会の人間みてぇじゃねぇか」


「なんだ、そんなに拙者の顔が見たいのか? 相も変わらず破廉恥な男だ。寄るな、剣が穢れる」


「このクソ女が・・・! やっぱり顔を隠してる女にゃロクなのが居やがらねぇ!!」


バローの中では顔を隠した女=難物のイメージが固定されており、その源泉がシュルツである事は今更言うまでも無い。ベルトルーゼは悠にだけしか顔を見せていないので、その評もバローに対しては間違い無いのかもしないが。


「じゃれあうのもその辺にしておけ。俺達も荷物を置いたら出かけるぞ」


纏まりの無い一同を悠が締め、身なりを整えた一行はフェルゼニアス邸へと向かった。




「さ、まずは乾杯といこうか。エンシュバイロンの40年物なんて、私でも味わった事の無い名酒中の名酒だからね。あの晩以来禁酒している人間には何よりの贈り物だよ。では乾杯!!」


「「「乾杯!!」」」


ローランの音頭で全員のグラスが掲げられ、照明に反射してキラリと目を楽しませた。そしてその味は飲む者の舌を更に楽しませるのであった。


「く~~~~~~~~っ!! 美味い!! 流石幻の名酒と謳われたエンシュバイロン!! ヘイロン殿、差し入れ感謝しますよ」


「何の、それは儂がこの世界に足を踏み入れた時にいつか志を成した時に開けようと思っていた品でしてな。こうして味わう事が出来て感無量ですじゃ」


「アブねぇ、爺様がくたばってたらこれは死蔵されてたんじゃねぇか」


「たわけ、危なくなんかないわい! 儂は後20年は生きるつもりなんじゃからな!」


「ハハハ、老人は国の宝です。その深い知識で若人達を導いて下さい」


「ほれ、フェルゼニアス公を見習え、こういうのを洗練された対応と言うんじゃ」


「はいはい、年寄りの小言は敵わんぜ・・・」


ローランとメロウズ、ヘイロンの対面は思っていたよりもすんなりと運んでいた。メロウズはヘイロンに扱き下ろされていたがその作法に隙は無く、ヘイロンは人生経験上貴族と接する機会も多くその対応に如才はない。そしてローランも細かい事に目くじらを立てる様な狭量な人物では無い事が幸いしていた。


「ヘイロン老はこの国の暗部にもお詳しいと聞き及びましたが?」


「いかにも。もし戦後処理で困った貴族がおりましたら儂にご相談下され。後ろ暗い証拠は山とありますのでな」


「それは頼もしい! 実は追い出す口実が見つからない貴族が数名おりましてね。向こうも海千山千、中々尻尾を掴ませないのですよ」


ローランは早速ヘイロンの情報の価値に目を細めた。マンドレイク派に属していた貴族達を締め上げる事は容易いのだが、問題は中立を保っていた貴族にあった。全体としては1割程度だった彼らはマンドレイク派の消滅と共に今後権力を増大させると予測されているが、ローランは王国への忠誠から中立を保っていた者ならば構わないが、単なる日和見主義者の増長を許すつもりは全く無かったのである。


「公の欲している情報は持参しております。帰る時にでも置いて行きますて」


「・・・失礼ですが、それによってどの様な見返りを? 金銭ですか? それとも表社会での権力ですか?」


気前のいいヘイロンにローランが貴族としての顔で問い掛けた。ヘイロンもその空気を読み、表情を改める。


「・・・公よ、人が全て明るい場所でのみ暮らせる物では無いと、年齢に見合わぬご経験をされた公にはご理解頂けると思っております。魚は清き流れの場所に多く住む物ですが、魚の中には泥水の中でしか生きられぬ物もまた居ります。儂は公にそれをご理解頂きたい。清き水の魚だけで無く、奇形の魚達にも生きられる場所を残して欲しい。それが儂の長年の願いでありますれば」


ヘイロンの目を無言で見つめるローランだったが、その目に濁りが無い事は明らかであった。


「・・・実はここに居るユウの提案で今後、領地経営には監察を置く事を考えています。しかし、人は堕し易いもの。上手く機能するかと問われれば確信の持って是と答えられない部分がある事も否定出来ません。そこで私から提案したい。その裏社会随一と呼ばれる情報収集力で表の監察とは違う、裏の監察として役割を担っては貰えないでしょうか? あなた方が協力して貰えれば、この制度の信頼性はほぼ完全になると私は考えています。それを首肯して頂けるなら・・・いいでしょう、民衆に害を与えない限り、あなた方の生きる場所を奪う様な事はしません。王国宰相の名にかけて」


ローランは自らの考えをヘイロンに明かす事でその要請に応え、その言葉を聞いたヘイロンは深く頭を下げて首肯した。


「おお! やります、やらせて頂きますとも!! ・・・長き時を経た我が悲願がようやく・・・」


頭を下げたヘイロンの前にある酒にチャポン、チャポンと雫が滴り落ちた。


「おいおい、爺様、せっかくの酒が塩辛くなっちまうじゃねぇか。・・・ま、この酒は40年だが、爺様のは70年だ。年季じゃ劣らねぇだろうけどな!」


「・・・ふん、抜かせ青二才が。・・・儂がおらんくなっても、後の事は頼んだぞ、メロウズや・・・」


「はいはい、分かってるよ! 湿っぽいのはここまでにして楽しもうぜ? いい酒飲んでるんだからさ・・・って、おい! 何ガバガバ飲んでんだよ!?」


いい話で纏まりかけた場面を台無しにしたのはこっそり何杯も酒を干していたバローだった。だがバローは悪びれずにグラスを掲げて見せる。


「いや、俺はここにゃあ遊びに来てるんでな、いい酒をほったらかしにしとくのは悪いかな~と」


「き、汚ねぇ!! それでもアンタ英雄か!?」


「酒を飲むのに英雄も悪党もあるかよバーカ!! オラオラ、飲まねぇとお前の分なんざ無くなっちまうぜぇ!!」


「飲む!! 俺も飲むから寄越せ!!」


酒瓶を持って悪い笑みを浮かべるバローに食って掛かるメロウズを見て、ヘイロンが頭を抱えた。


「・・・前言撤回じゃ、まだまだお前には任せられんわい・・・」


「やれやれ、ま、我々も固い話はここまでにしておきましょうか。せっかくの酒が無くなってしまう。・・・バロー、その酒を寄越しなさい!! これは宰相の命令ですよ!!」


「王国に弓を引く事になるのは残念だが、いい酒は金や友情じゃ買えねぇんだよ!」


その騒ぎにローランも加わり、一瞬で場は先ほどの緊張など霧散してしまっていた。そんなバローを遠くからハリハリが評している。


「ヤハハ、我が勇者殿は実に素直では無いですな」


「あれがバローのやり方だろう、洗練されてはおらんが、間違ってもおらんよ。そしてローランもな」


「拙者には真似出来ぬ事です。その点だけはあやつを認めぬでもありません」


「・・・でも、身内としては少し恥ずかしいんですけど・・・」


残された者達はその騒ぎを眺めてそれぞれ呟いたが、酒が進む頃にはハリハリのリュートも加わり、その宴席は夜遅くまで続いたのであった。

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