6-35 動乱の後3
王宮から帰る道すがら、悠とアルトは近況報告を行っていた。
「ユウ先生も明日の式典には参加なさるんですよね?」
「俺は別に出なくてもいいだろうと言ったのだが、バローがこれ以上自分に押し付けるなら逃げると言うのでな。まぁ、その程度なら構うまい」
この場に居ないバローは1日で終わるだろうと思っていた事情聴取が予想を超えて長く、更に昨日フェルゼンから届いた偽の命令書などと相まって、ようやく今日になって解放され、「今日はもう俺は働かねぇ!」という宣言を最後に冒険者ギルドの酒場に引きこもってしまった。
「良かった・・・僕、あまり大勢の前に出た事は無いから不安だったんです」
「別に大した事は無いぞ? 人が一杯居るからといって敵として襲い掛かってくる訳では無いのだからな」
「中々そんな風には割り切れません・・・」
そう言って溜息を付くアルトは自覚無く道行く女性達を悩殺している事には気付いていない。壇上に上がればさぞ大きな歓声と嬌声を浴びるだろうが、それはアルトの為に悠は黙っておいた。
「父様も今晩は家に帰れるそうです。ユウ先生もいらっしゃるんですよね?」
「ああ、俺の正装がダメになってしまったからな。ローランが明日の為に用意してくれるらしい。俺だけでは無く、バローやハリハリ、シュルツの分もな」
「ハリハリ先生はもう大丈夫なんですか?」
「昨日までは寝込んでいたが、今日はバローと酒場に出掛けていったぞ。寝ている間に今回の事件の物語を練っていたらしく、今日が初披露だとか言っていたな」
ハリハリは一人での『連弾』――『重奏』と名付けた――と、悠の竜気に追いすがる為に精神力を振り絞った事が原因で2日間ほど寝込んでしまったのだ。しかし多少なりとも鍛えていた影響もあってか今日には回復し、その回復ぶりをアピールしていた。本人曰く、「ワタクシ以外の者であれば間違い無く廃人になってましたね、ヤハハ」だそうだ。
「そうですか、それは良かったです」
「むしろ体調という面ではもっと心配な人間がいるだろう。アルト、ルーレイ殿下のご容態はどうだ?」
悠の質問にアルトは顔を曇らせた。
「・・・一応、生きてはいます。ですが、意識が全く戻りません。魔法薬による治療も経口摂取出来ない為、医師達も途方に暮れているそうです・・・」
「そうか・・・」
事件の夜に重症を負ったルーレイは傷自体はハリハリの魔法で事無きを得ていたが、回復までに刻まれた身体へのダメージが大きく、未だにベッドの上で意識を取り戻す事無く眠り続けていた。アルトは毎日足繁くルーレイの下に通いその回復を見守っていたのだが、今の所回復していると言える材料は無い。ナターリアの時と違って意識も無いので無理矢理飲ませる事も出来ないのだ。
「・・・可能かどうかは分からないが、今蒼凪を通じて試してみたい方法が一つある。上手く行けばルーレイ殿下を回復させる事が出来るかもしれん」
悠の言葉にアルトが驚きの表情で詰め寄った。
「ほ、本当ですか!? 僕に出来る事は何かありませんか!?」
「落ち着けアルト。これはまだ上手く行くかどうか分からんのだ。俺もレイラが意識を取り戻したら一度『虚数拠点』に帰って進捗状況を聞く事になっている。ただ、駄目と決まった訳では無いという事だけは覚えておいてくれ」
「はい!! ルーレイの事、よろしくお願いします!!」
アルトの懇願に悠は無言で頷き、分かれ道に差し掛かった所で一度別れたのだった。
次に悠が向かった場所は冒険者ギルドである。扉をくぐるとそこでは悠が入って来た事に気付かないほど、皆何かに集中していた。その中心に居るのはリュートを奏でるハリハリである。
その内容は先の事件の夜の顛末を詩に起こしたものだ。正確に伝える事が憚られる部分は上手く装飾して誤魔化している辺り、ハリハリは如才ない。具体的には『堕天の粉』や『殺戮獣』、『神鋼鉄』の事などだ。
「よぉ、英雄殿じゃないか。まーた俺抜きで楽しい事をやってたみたいだな? やっぱりシュルツじゃ無く、俺を中に入れて貰えば良かったぜ」
入って来た悠に気付き、壁に体を預けていたコロッサスが小声で声を掛けて来た。
「確かにコロッサスとは相性は悪くない相手だったが、いくらカロンの業物とはいえ、その剣では些か厳しい相手だったぞ? その剣は腐食系の防備は成されておるまい」
「なんだ、斬ったら剣が痛むのか? それは確かに分が悪いな・・・って事はだ、お前達の武器は大丈夫なのか?」
「神鋼鉄も斬れたのだから大丈夫だ」
何でも無い事の様に悠が言うのでコロッサスも思わず「そうか」と流しそうになったが、その単語が何を意味しているのかを知って目を剥いた。
「・・・!? ゆ、ユウ!! ち、ちょっとこっちに来い!!」
「構わんが引っ張るな、伸びるだろうが」
「それどころじゃ無いだろ!! いいから来い!!」
他の者達は幸いハリハリの新しい英雄譚に聞き入っていたので殆どの者は悠が執務室に連れて行かれた事に気が付かなかった。
コロッサスは執務室に入るなり悠に向き直り、先ほどの単語について詰問した。
「おい、神鋼鉄だと!? そんなモン、この世界にいくつあると思っている!? しかもそれを斬っただなんて、冗談も程々に・・・」
「俺が下らん見栄で冗談など言うか。現物も回収してきてここにあるぞ」
悠は自分の『冒険鞄』を取り出し、中から『殺戮人形』達が持っていた剣を一本取り出した。
「これがその剣だ。本物かどうかは見れば分かるだろう」
「ど、どれ・・・うぉ・・・・・・ま、間違い無い、こりゃ、本物だ・・・」
剣を抜いたコロッサスはその白い刀身を見た瞬間に走った背筋の寒気にそれが間違い無く伝説に謳われる神鋼鉄であると確信を抱いた。
「ち、ちょっと振ってみてもいいか?」
「構わんが、程々にしておけよ?」
「分かってる。・・・ふぅぅ・・・・・・セイッ!」
剣を正眼に構えたコロッサスは応接用に置いてある置物の一つに狙いを定め、そして一息に振り切った。
微動だにしない置物に、周囲で見ている者が居れば狙いを外したのかと野次の一つも飛んで来そうであったが、悠は無言でそれを見つめ、コロッサスも焦らずに剣を腰に収めた。
そのキンという金属音が部屋に響き渡ると、置物がまるで今斬られた事に気付いたかの様に、鏡の如き断面を残して真っ二つに分かたれた。
「・・・とんでもない剣だぜ・・・作った鍛冶師はともかく、金属が異常だ。こんなのが手練れの手に渡ったら、普通の兵士じゃ相手にならんぞ?」
「当たらなければナマクラと変わらんよ。それよりその剣でこの手甲に斬りつけてみろ」
悠は左手を横に突き出してコロッサスを促した。
「お、おい、止めとけよ! その手甲もカロンが作った相当な業物なんだろうが、同程度なら斬れちまうぞ?」
「酔狂で言っている訳では無い。もし斬れるのならその剣は譲ってやる」
「・・・そこまで言うんならやってみるが・・・怪我しても文句言うなよ?」
コロッサスとて剣士であり、良い剣があれば当然欲する気持ちはある。それが伝説の神鋼鉄であるならば尚更だ。
「ふぅぅぅぅ・・・」
その証拠にコロッサスの集中力は先ほどよりも更に深く、その剣気だけで近くにある物は斬れてしまいそうなほどに張り詰めている。
「チェッ!!」
一分ほどして極限まで集中力を高めたコロッサスの手が霞み、キィンという甲高い金属音が部屋に響いた。
「ぐ・・・マジかよ・・・かなり本気で斬るつもりだったんだぜ、俺は・・・」
呆然とするコロッサスの目には自らの剣を受け止めて尚微動だにしない悠の手甲が映っていた。
「人間の中でも最上級クラスのコロッサスが使っても斬れないのであれば誰にも斬れんだろう。しかし流石に無傷とはいかんか」
悠の目は極々僅かに表面に食い込む剣先を捉えていた。『殺戮人形』では傷一つ付ける事が出来なかったのだから、これは単純にコロッサスの剣の力量によるものだろう。その代償にコロッサスの持つ剣は衝突部分の刃が潰れてしまっていたが。
「はぁ・・・一体世界はどうしちまったんだ・・・今じゃ神鋼鉄すら時代遅れなのかよ・・・」
「そう肩を落とすな。傷を付ける事すら単なる一流では叶わん事だ。事態が落ち着いたらカロンにコロッサスの剣を頼んでおこう。この傷を見ればカロンも断るまい」
意気消沈していたコロッサスだったが、悠のその言葉に色めき立った。
「ほ、本当か!? ・・・あ・・・で、でも、流石に俺の稼ぎじゃすぐには・・・」
「いらんよ、ギルドがシュルツを中に入れてくれたお陰で犠牲者を出さずに済んだ、その礼と思ってくれればいい」
「や、約束だぞ!? サロメには随分無理させちまったからな・・・結界に一瞬穴を開けるだけで倒れちまったんだ。ユウ、あいつの魔法談義にも時間を見て付き合ってやってくれ。この通りだ」
そう言って頭を下げるコロッサスを悠は制した。
「しばらくは時間が取れそうだからな。今度ギルドに来た時にでも時間を作ろう」
いくつかの約束をし、悠は執務室を後にした。




