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6-34 動乱の後2

「ラアアアアッ!!」


「全く話にならん。頭を冷やして来い」


「うおわっ!?」




バッシャーーーーーーン!!!




城の中庭に今日何度目かになる水音が上がった。その場には随行の兵士も居るが、皆見て見ぬ振りを貫いている。


「ブハッ!! く、くそっ!!! もう一手、もう一手だ!! 今度こそその憎たらしい仏頂面に一発入れてくれる!!!」


そう言って城の堀を這い上がって来るのは騎士団長であるベルトルーゼである。全身鎧では無いが、それでも足甲グリーブ胸部鎧ブレストプレートヘルムを身に着けて堀を高速で登って来れる身体能力は伊達では無い。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ・・・さ、さぁ、構えろ!!」


喋る度に兜から水を溢れさせながらベルトルーゼはこの数日で何度目かになる戦闘態勢をとった。


「騎士団長がこの非常時にこんな所で油を売っていていいのか?」


「殿下は会議会議また会議で我の出番などない!! それに殿下からもご許可は頂いている!! 疲れたなどと言っても逃がさんからな!!!」


「別に逃げる気は無いがな」


ベルトルーゼはルーファウスに許可を貰ったと言っているが、実際は何度やられても諦めないベルトルーゼに呆れて「・・・もう好きにしなさい、君は」と匙を投げられたのだった。


ベルトルーゼがスピアを構えても悠は全くの自然体であった。それがまたベルトルーゼの神経を逆なでする。


「イヤアッ!!」


空気を切り裂いて突き出される槍は生半可な鎧であれば貫通するほどの力感に満ちていたが、それも当たればの話であり、悠にとってただそれなりに速いだけの攻撃は掠る気配すら見せなかった。


「貴様の攻撃には虚実が無い。実実実だ。全て全力で行っていると言えば聞こえがいいが、子供が癇癪を起こして棒を振り回しているのと変わりはない。それでは上の相手とは打ち合えんぞ」


悠は一段と深く突き込まれた槍の柄を掴むと、力の流れに沿って軽く引っ張った。


「うわっ!?」


それだけでベルトルーゼは態勢を崩し、その前に出た足に自分の足を掛け、更に掴んだ槍を使って悠は再度ベルトルーゼを投げ飛ばした。




バッシャーーーーーーン!!!




再び上がる水音。そして這い上がって来るベルトルーゼ。


「ま・・・だだ!! まだ帰さんぞっ!!!」


「今のお前では俺に当てる事は絶対に不可能だ。その身体能力が才能ギフト能力スキルなのかは知らんが、お前の槍術自体は並の上と言った程度の腕前でしか無い。もう一度槍術を基本からやり直すのだな」


悠の指摘を受けてベルトルーゼは俯いたが、キッと顔を上げて叫んだ。


「・・・分かっている、我にも自分が貴様の足元にも及ばぬ事くらい!!! だが、このまま何の成果も無く帰しては我が何の為に騎士団長を拝命しているのか分からぬではないか!!! たかが一冒険者に敵わぬ騎士団長など、一体何の為に必要なのだ!? こんな有様で王族の方々を守れるものか・・・!」


「・・・」


ベルトルーゼはそのまま膝を折ってこの3日間、言えなかった言葉を口にした。


「・・・ユウ、いや、ユウ殿。私では力不足だ。どうか、その力でこの国を守っては頂けまいか? 貴殿であればどんな人間であろうとも、それが例え人間で無かろうとも決して遅れは取らんだろう・・・た、頼めた義理では無いのは、しょ、承知している。だ、だが、この国に少しでも愛着があるのであれば、どうか・・・!」


ベルトルーゼは兜の下で涙を滲ませながら地面に頭を付けて悠に懇願した。恥ずかしさで消えてしまいたい気持ちが渦巻いていたがそれを使命感で必死に抑え込んだ。


「俺に騎士団長にでもなれと?」


「その通りだ。救国の英雄たる貴殿であれば誰も文句は言うまい。むしろ兵達も喜んで従う――」


「馬鹿者が」


言葉を続けようとしたベルトルーゼを悠の冷たい一言が遮断した。


「なっ!? 何と言われるか!?」


「急にしおらしくなったと思えば出て来るのは泣き言か? その上自分の職務を放棄して他人を頼ろうなど、言っていて恥ずかしくは無いのか?」


「ば、ば、ば、馬鹿にするな!!! 誰がこの様な事を恥ずかしくも無く言うものか!!! ・・・悔しいし恥ずかしいに決まっているだろうが!!! ・・・決まっているだろうが・・・!」


烈火の如く怒りを露わにし、地面に拳を叩き付けるベルトルーゼに悠は言葉を続けた。


「国を統べる軍人の頭にはその国への深い愛情と忠節が必要だ。そして兵もそれに準ずる。後ろを見ろ、ベルトルーゼ」


「後ろ・・・? こ、これは・・・!?」


ベルトルーゼの後ろには付近に居た兵士達が持ち場を放棄して集結していた。こんな事が知られれば厳しい処罰が待っているのは承知の上で今この場に集ってきたのだ。


「この国を救ったとて、俺は所詮根無し草。事が終われば流れていく者に過ぎん。だが貴様は違うのだろう? この国に生まれ、この国に根を張り、長く守り続けて来たのは貴様や、その部下の兵士達では無いのか? この国を愛する心はお前達こそが最も強く持ち合わせているのでは無いのか?」


「それは・・・それは・・・!」


「答えろベルトルーゼ! 貴様を見守る兵士達の前で!」


悠の嘘や誤魔化しを許さぬ声音にベルトルーゼも立ち上がって答えた。


「その通りだ!!! この国は我らが母国、我らこそがこの王国の守り手だ!!!」


ベルトルーゼが槍を振り上げ、その石突きを地面に打ち付けると、兵士達も槍を立て、直立不動の姿勢を取った。


「・・・今言った事を忘れるな。そして偶々この場に居合わせただけの俺の事など忘れてしまえ。己の力に不備があるなら鍛えて鍛えて鍛え上げろ。自分達の国は自分達で守れ。それが軍人というものだ」


「ふん、言われるまでも無い!! 今日の我はどうかしていたようだ。冒険者などに騎士団長を譲ろうなどとは我ながら馬鹿げた事を言った、忘れろ!」


「貴様はそのくらい跳ねっ返りなくらいが丁度いい。貴様の後ろにはこの国の全ての兵が居ると心得ておけよ」


無言で睨み合う両者だったが、不意にベルトルーゼが自らの兜に手を掛け、留め具を外してその頭部をさらけ出した。外に晒されたウェーブの掛かった金髪が風に揺れ、それを見た後ろの兵士達がどよめいたが、悠は感情を表す事無く沈黙を守った。


「この顔を覚えておけ、ユウ。これがミーノスの『鋼鉄アイアン薔薇ローズ』騎士団団長、ベルトルーゼ・ファーラムの顔だ。忘れるなよ?」


「同じ戦場を駆けた相手の顔は忘れんとも。これからも精進する事だ。冒険者ギルドに長物を使う者の為の鍛練器具が置いてある。鍛え直す気があるのなら行ってみろ」


他の者に見えないベルトルーゼが苦笑した。一応一大決心のつもりで見せた顔に悠が反応を返さなかった事が予測通りで笑えて来たのだ。だからベルトルーゼも悠の言葉にだけ答えた。


「ああ、必ず行かせて貰う。・・・フェルゼニアスの若君が来た様だな・・・」


近付いて来る足音に、ベルトルーゼは再び兜を被り直した。


「お待たせしました、ユウ先生・・・って、これはどうしましたか?」


直立不動で整列する兵士を見てアルトが疑問の声を上げたが、悠はその頭に手を乗せて首を振った。


「いや、何でもない。では用事も済んだ、帰るとするか」


「はい、父様は大丈夫でしたか?」


「王国宰相ともなれば忙しいのは当然だ。早く補佐をする人間が必要だろうな」


そんな雑談を交わしながら悠はベルトルーゼに視線を向けた。


「ではな。この国が長く健やかならん事を祈る」


それだけ言って悠とアルトは踵を返したが、その背に向かってベルトルーゼが号令を発した。


「一同、右向け右!!! ユウ殿に敬礼!!!」


ザッザッと足音を揃え槍を立てた兵士達が悠の背に敬礼を送った。


その手は悠とアルトの姿が見えなくなるまで下ろされる事が無かったが、その姿が見えなくなると、もっともらしい口調でベルトルーゼが怒声を発した。


「さてと・・・貴様ら、勝手に持ち場を離れるとは何事か!!! この場に居る者達には罰として、今晩は飯抜きだ!!! 分かったらサッサと持ち場に戻らんか!!!」


「「「ハッ!!!」」」


その程度で許されるはずは無いのだが、兵士達は自分達の騎士団長の有り難い温情・・・もとい、罰を粛々と受け入れ、それぞれの持ち場に戻って行った。


人の居なくなった中庭で、ベルトルーゼは兜の上から自分の頬に当たる部分に指を這わせた。


「私の顔を見ても何の感情も示さぬか。小気味いい男だ。・・・お前の事は忘れんぞ、忘れるものか・・・」


その場に立ち尽くすベルトルーゼはしばしの間、悠の立ち去った方を見つめ続けてそう呟いたのだった。

ベルトルーゼも才能持ちです。そしてその身体能力に頼った戦い方をしていましたが、今後冒険者ギルドに出没する事になり、コロッサスを悩ませるのでした。

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