6-33 動乱の後1
今回の話はちょっと固いので、後書きで内容は総括します。
ミーノスの貴族達が残らず関わった、王位継承に絡む一大派閥闘争――後に『ミーノス動乱』と呼称される――はこの一晩の事件をもって一応の終息をみた。この派閥闘争は一般的な政治力学である数と力の有利を土壇場でひっくり返した希有な一例として注目され、その勝者であるルーファウス第一王子とフェルゼニアス公爵の地盤は揺るぎない物となった。
主だったマンドレイク派の貴族は一掃され、それに与した貴族達もルーファウスの信頼を失い、ミーノスは大規模な貴族の制度改革を余儀なくされたが、ローランはただ手当たり次第に自身の派閥に貴族を取り込んでいた訳では無く、それぞれ内政、財務、典礼、軍事など、その分野に造詣の深い人物を確保していた為に国政に大きな混乱は無く済んでいた。また、個々人の良識という物の意義を深く問われる事件であり、あまりにも自領での振る舞いが悪い者達は中央である王家に通報され、その罪状を確認次第、罪に応じた処罰が加えられるなど、これまでに無い司法制度の発足の原因ともなった。
これら一連の動きは貴族最優先であった世界の中で民衆の権利の増大という新しい概念、即ち『人権』の尊重を育む土壌となった。
王族・貴族であろうとも、その人品は清潔である事を望まれる社会の到来が一体どの様な社会を作り上げていくのか。それは長い年月が答えを出すであろう。
「・・・と、言葉で纏めると短いんだけど、その中身を作るのが大変でね。貴族も民衆も長く続いた上下関係に慣れきってしまっていて、権利を勘違いする者も多いのさ。取って付けた様な悪評で気に入らない領主を告発されてもその調査には莫大な時間が掛かるし、真偽の判定にも同じ事が言える。貴族が多少マシになったからといって、今度は民衆が増長するのでは意味が無い。そんな訳で意見を伺いたくて君を呼んだんだよ、ユウ」
「そうか」
事件から3日後、文字通り寝る間も無いローランは疲れを滲ませながら力無く笑った。
事件後に民衆を集めて発表された内容は一時的に国を混乱させたが、多くの民衆にとっては貴族の頭がすげ変わる事には話題性はあっても自分達の生活に影響が無ければその熱はすぐに冷めるものでしかなかった。
しかしルーファウスとローランはこの事を契機として権力構造自体の改革を目論んでおり、今の腐敗していた権力構造に自浄作用を持たせたいと考えていたのだ。
ローランがこの様な国の政治の重大事に関わるという事については肩書が存在するからである。これまで官僚の最高位であった大臣の更に上として設けられた初代王国宰相こそ、ローランの新たな肩書であった。
「事が済んだら領地に引きこもってのんびりと平和に暮らしました、とはいかないらしい。そもそも王国でただ一つの公爵家となったフェルゼニアスを遊ばせておく時間は無いんだとさ。貴族街も居なくなった貴族の屋敷が接収されて新たに整地して私の大きな屋敷が出来るらしい。つまり、ここでずっと働けって事らしいよ?」
「当然だろうな。地位、能力、人間性を鑑みてもローラン以上に適任がおらん。精々優秀な補佐を探す事だ」
「ユウまで皆と同じ事を言わないでくれよ。・・・と、話が逸れたね、私が聞きたいのは他の世界では如何にして組織の浄化作用を保っているのかという事なんだよ。この世界ではそれは個人の良識に委ねられている部分が大きいんだけど、今回の事件から分かる通り、貴族にそれを期待する事は出来ない。だから君の知恵を借りたいんだ」
愚痴に近くなった話題を転換してローランが主題を切り出すと、悠も子供達から聞いた話も含めてローランに語り出した。
「参考になるかは分からんぞ。まず子供達の世界も含めて俺達の世界には名家はあってもこの世界の様な貴族はおらん。が、それでも現状を乗り切る案には多少心当たりがある」
「それは何だい?」
「まずは取り潰しになった貴族の領地の併合が必要だろうが、それは俺が口を出す話ではないので置いておく。問題はその後の領地経営であろうが、新たに執政監察官とでも呼べる者を常設し、内政や財務状況を中央に報告させるべきだ。また、有意義と思われる政策に補助金を出すとして、監察による不満を解消させる。監察官も数年に一度は交代させ、同じ役職に居座り続ける事による腐敗を防ぐ。長く同じ人物が領主と付き合っていると腐敗の温床になるからな」
悠の話をローランは真剣な表情で書き留めた。
「だが、この政策をもってしても平和な状況が続けばやがて惰性に陥るだろう。そこで長期的に最も有効な手段は大規模な教育機関を設ける事だ。見た所、この国には教育を受ける為の大規模な教育機関が存在しない。様々な人間と触れ合う事は子供に世界には様々な考え方がある事を知る手段となる。様々な考え方があると知った子供達はやがて大人になり、この国を支えてゆくだろう。・・・マッディの様な者にも救いとなるはずだ」
「それは貴族も庶民も一緒に学ぶのかい?」
ローランの質問に悠は頷いた。
「軋轢は当然あるだろうな。だが、支配者層の者がただ数字でしか庶民を認識していないからこそその溝は深い。感受性が豊かな内にお互いがどんな者達なのかを理解しておくべきで、その人となりを知る事は将来の政治を担う手助けになる。庶民も貴族とは何たるかを知る事で自分達が支えるべき意義を見出していく。色々と例は挙げたが、結局言いたい事は一つ、自分で考える力を養う場を設けるべきだ」
「ふむ・・・これまでも小規模な私塾や個人的な家庭教師はあったけど、そうではなく、環境から学べという事かい?」
悠は再度頷いた。
「子供達にとって同年代の人間が一番影響を受けやすい対象になるだろう。そしてそれを教え導く者が必要だ。これは単に能力が高いだけではいかん。人を身分の区別なく公平に扱える人物が不可欠だ。学校は「教育」の場であって、「洗脳」の場であってはならない」
「学校、学校か・・・」
悠の意見を一通り聞いたローランは目を閉じて今聞いた意見を咀嚼した。
「・・・ユウ、その思想の向かう先には君達の世界があるんだね? 王家や貴族を必要としない、個々人の能力と良識によって運営される社会が」
「そうだ、知を得る事で子供達の世界は先導する者を必要としなくなったと言える。もっとも、俺の世界は皇帝陛下がいらっしゃるが」
ローランは悠の発言から社会の行き先を言い当てた。貴族と庶民の溝が埋まり、両者が手を携えるようになればその垣根は失われていくだろう。
「では君達の世界では何故まだ皇帝陛下と称される人間がいるのだろうか?」
「俺の居た世界では前に言った通り、世界を賭けた大戦があった。その為、皆を導く指導者の存在が必要だったのだ。龍は速く、そして強い。その侵攻に即応する為には一極支配の構造を取らざるを得なかったと言える。一々協議していたのでは龍に対応出来なかったからな」
「なるほど、政治に速度が必要だからか。・・・ユウ、それはこの世界でも変わりが無いよ。人間は弱い。そしてこの世界の他の種族は人間よりも強いんだ。それらに対応する為に、私達はまだこの政治形態を捨てる事が出来ない」
悠の意見を汲みながらも、ローランは自分の反論を述べた。
「分かっている、急激な社会の変化を起こすにはこの世界は危険に満ち過ぎている。そもそも人間社会すら纏まっておらんからな。が、最初は希望者だけでもいい。学ぶ意欲を持つ者達だけでも受け止めてやれる場所が必要だ。己が何を為すべきか考える場所が人には必要なのだ」
「・・・分かったよ、今では私も強権を振るえる身だ。今回の事件を繰り返さない為という名目でその学校とやらを作ってみよう。監察官にしても同様に提案させて貰うよ」
悠の熱弁に教育の意義を感じ取ったローランは最終的には悠の意見を受け入れてみせた。これにより、ミーノスにおいて、世界で初めて学校が作られる事になり、ローランはその初代学長も兼ねる事になるのだった。
悠はローランに監察制度と学校制度を提案しました。監視と言うと聞こえが悪いですが、組織が単一で腐敗を防ぐのは難しいのでお互いにしっかり仕事をして助け合おうという認識だと思って下さい。
学校に関しては上記よりも熱心だったのは、この世界を見て悠が思っていた事だからです。特にマッディの様な人物は出会うべき人間に出会えば今回の様な事件は起きなかったかもしれません。
サリエルやアルトも善良ではあっても見識が狭く、ジオなどは教養や忍耐が足りません。それによって個性自体は生まれたかもしれませんが、多分に本人の資質に左右される独学では無く、広く学べる場としての学び舎が必要だというのが悠の意見です。
そしてそれはあくまで学ぶ場所であって、一方的な知識で王国と貴族への従属を教え込む洗脳の場であってはならないと考えています。
と、固い話になってしまいましたが、あくまで悠が考えている事であってこれが一番正しいという事ではありません。そもそもがこの世界観、時代観にそぐわない可能性の方が高いし、それについてローランも反論を述べ、悠もそれを受け入れています。
次からはいつも通りの感じで進みますのでご安心下さい。




