6-32 X―DAY18
「・・・という事だ。外に居る兵士達はどうするか尋ねているが?」
「さて、どうしようか。何も無く解放という訳にはいかないし、このまま放っておけば暴発して街に被害が出るかもしれない。でも下手に脅すと逃亡兵となって野盗化すると領内の治安が心配だ。うーん・・・」
残った兵士の処置に悩むローランにルーファウスが助言の言葉を掛けた。
「彼らを率いていた貴族が居るのならその者達を差し出せば、付いて来た兵士達の罪は問わぬと言えばいい。それは私の名で約束しよう、どうだい?」
「ハハハ、なるほど。ではご温情ありがたく頂戴致します。ユウ、主導して来た者達を兵士達に捕縛させておくれ。この先の保身を考えれば間違い無く従うと思う」
「了解した」
実はこれは兵士達にとっては問題の先送りにしかならない。誰かに仕えている兵士達が自分の主人達を差し出すという事は、帰ってからの勤め先を失くす事に他ならないのだから。しかし、今を生きる為に兵士達は深く考えずに貴族を差し出すだろう。それしか大逆に加担した罪を許されないのならば。
悠を通していくつか言葉を付け加えられた提案は、フェルゼンにて即時執行された。
(・・・暇だ。これならば屋敷に付いて行った方が楽しめたのではなかろうか? 誰かトチ狂って私に仕掛けては来ないだろうか? このくらいの数がいればそれなりに暇潰しにはなるのだが・・・)
2000の兵士を前に殺気を振り撒くアイオーンはそんな物騒な事を考えて時間を潰していた。後ろの方に居る兵士には暗くて見えないのだが、その殺気は陣の奥まで感じ取れる物であり、最前線に居る兵士達などは緊張のあまり倒れる者が続出していた。
そこに街の中からアランが戻り、アイオーンに何事かを告げると、一瞬アイオーンが獰猛な笑みを閃かせた。が、次の瞬間には何事も無かったかの様に表情を消し、アランと共に兵士達の前までやって来て告げた。
「今しがた王都にて動乱があり、その首謀者たるマンドレイク公が謀反の罪により処刑された! 今回のこのフェルゼン攻略もマンドレイク公の策略の一環であり、王家の名を騙る賊軍であるとルーファウス殿下のお墨付きを頂いた! つまり諸君らは王国に盾突いた反乱分子であると仰せだ!!」
その言葉に兵士達は驚天動地を味わった。自分達こそが王国の為に働いているはずであり、ここにはその反乱分子を捕えにやって来たはずなのに、いつの間にか自分達が大逆人として扱われているとなれば精神の均衡を欠いたとしても不思議は無い。
が、アイオーンの言葉には続きがあった。
「静まれ!! ・・・だが慈悲深いフェルゼニアス公は職務に忠実な兵士達にその罪は無いとルーファウス殿下に取りなされ、殿下も深い度量でその言を受け入れられた! が、それを率いて来た貴族共は許さぬと仰せだ!! 諸君!! 諸君らの愛国心と忠義を示す為に、まだ残っている貴族が居れば捕縛してこちらに差し出したまえ!! それが成されれば諸君らの無罪放免を約束しよう!!」
「そ、そんな馬鹿な!? そんな話が信じられる訳が無い!!」
残されていた貴族の一人が大声でアイオーンに喚いたが、アイオーンは冷たく切り捨てた。
「この様な公衆の面前で嘘を述べたとあれば私とて死を賜るしかありませんが? 今の話はこのアイオーンとこちらのアラン殿の名において真実であると誓約しよう。・・・ところで、貴殿は貴族であらせられる様だな・・・」
そう言われてその貴族は自分の周りを取り囲む兵士達に今初めて気が付いた。
「な、何だ貴様ら!? あ、あ、あの様な言葉に踊らされて私を捕えようなどと考えているのではなかろうな!? じ、自分達の飼い主が誰であるのかを忘れたのか!! こ、こ、この忘恩の徒が!!!」
「うるせえ!! いつもいつも威張り散らすだけで俺達をこき使いやがって!! おい、コイツを捕まえろ!! 多少痛めつけても構いやしねぇ!!!」
「「「おう!!」」」
そこからは貴族達にとっては悪夢としか言い様が無かった。普段は靴の裏を舐めさせられても文句一つ言わない兵士達は日頃の鬱憤を晴らすかの様に自らの主人を喜々として捕らえ――ついでとばかりに少々痛めつけ――、アイオーンとアランの前に突き出したのだ。
その際、少数ではあるが、主人である貴族に取り入って甘い汁を吸っていた兵士達もそれを知る兵士達に袋叩きにされて縄を掛けられた。それらの暴行は集団心理も手伝って行き過ぎる例もあり、数人の貴族と兵士が私刑の果てに死亡したが、逃亡されるよりはマシとばかりにアイオーンもアランも止めようとはしなかった。
「・・・情けない、主人の御為とばかりにこちらに斬り掛かって来る兵士がおれば多少は楽しめるものを・・・」
「不出来な主人はいつか手を噛まれるもので御座います。普段から兵士達を労わっていれば、彼らの運命も少しはマシなものになったかもしれません。つまりは自業自得で御座います」
詰まらなそうに言うアイオーンをアランが慰めた。
「それにしてもアラン殿、あなたがこれほどまでに前に出て来るとは思わなかった。私の前では一切見せてくれなかったその牙、是非一度味合わせて頂きたいのだが?」
欲求不満からアランに戦意を移したアイオーンにアランは微笑みを崩さぬまま答えた。
「ご冗談を。今日一日でこの老骨に残った力は全て使い果たしてしまいましたよ。もう私の如き過去の遺物に出番はありません。後は若い者達が私の先を駆け抜けてゆくでしょう。アイオーン様も後ろばかりでは無く前をお向き下さい。それはあなたの人生を実りあるものにしてくれるはずです」
「・・・ふ、ご忠告感謝す・・・むっ!?」
「っ!?」
アランの含蓄深い言葉に戦意を削がれたアイオーンは槍に込めていた力を抜いてその言を受け入れたが、そんな2人に向けられた鋭い殺気にアイオーンは槍を構え、アランもいつでも戦える姿勢を作った。
だが突き刺さる様な殺気はその一瞬で消え去り、それ以後どこからも発せられる事は無かった。
「・・・今の殺気は何者だ? 間違い無く手練れであるはずだが・・・」
「あれだけの鋭い殺気、只者ではありますまい。しかも我らだけに絞って殺気を叩きつけて去った様です。・・・恐らくはただの挨拶でしょうな。今の者が出て来ていたら、我らも少なからず損害を被ったでしょうから」
「・・・チッ、せっかく楽しめそうな者が居たのに見逃していたとは。どうせならせめて一手掛かってくれば良いのに・・・」
舌打ちするアイオーンにアランは構えを解いて言った。
「これにて今日の騒動は終わりですな。・・・そろそろ捕縛された貴族共も粗方揃った様です。アイオーン様は彼らを牢まで連行願えますかな? 私は残った兵士達の処遇を任されましたので」
「残念ながらその様だ。そちらは引き受けよう。では失礼する」
最後に殺気を感じた方向に名残惜しそうな視線を向け、アイオーンは捕縛された貴族達を連行して街へと戻って行ったのだった。
残されたアランも兵士達の方に歩み寄りながら今の殺気について考えていた。
(今のは間違い無くアイオーン様と同クラスの物でした。で、あるならばそこまで該当する者が居るはずがありません。そして最近の情報を鑑みるに相手は恐らく・・・)
アランはそこまで思考を進めて頭を振って思考を中断した。もう終わった事をこれ以上考えるのは時間の無駄だと思ったからだ。
そしてアランは実務的な行動を開始し、その出来事を自分の心の中にだけ書き留めた。
「へっ、中々鋭いヤロー共がいんじゃね~の。面白そうな事してっから付いて来てみたけどよぅ、アホばっかりで話になんね~な。こんなんならまた変装でもしてマンドレイクのパーチー行きゃあ良かったぜ」
そう言って兜を脱ぎ捨てると、そこからウェーブの掛かった薄い茶髪が夜の月に輝いた。
「このサイコさんともあろう者が、面白い場所を見逃すたぁな。しばらくはあの仏頂面の追っかけでもやってみっかな~」
兜をその辺の草むらに投げ捨てると、サイコは鼻歌交じりに夜の闇に消えて行ったのだった。
こうして情報は操作されていくのでした。
サイコの兵装は街に向かう途中の兵士からかっぱらった物です。




