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6-31 X―DAY17

「ユウ!! 無事だったか!?」


結界の外では大勢の野次馬と冒険者、それに王国の騎士や兵士達が詰め掛けていた。結界が消えたとはいえ内部にどの様な危険があるか分からないので、腕利きの者達による決死隊が組まれ、これから突入しようという直前の事であった。そこに悠を先頭にルーファウス達が戻って来たのである。


「ああ、終わった。マンドレイク公とその部下はルーファウス、ルーレイ両殿下とミーノス王家に対して謀反を企てそれを実行しようとした罪で処刑した。その事については殿下が保証して下さる。それと、その戦闘の際にルーレイ殿下が重症を負われた。早急に治療が必要だ」


「ルーレイ殿下が!? 分かった、すぐに道を開けさせる」


そう言ってコロッサスは大声を張り上げながら道を確保し、そこに担架が運ばれて来て、ルーレイを連れて治療施設へと走っていった。


「殿下・・・ご無事で・・・」


「全力を尽くそう。私も弟を失いたくは無い」


心配顔のアルトの肩をルーファウスが優しく叩いた。


「お願いします。ルーファウス殿下」


「・・・明日一番に国民に対して今回の顛末を語らなければならないな。ローラン、今日は寝る間も無いよ?」


「それが残された者達の義務でしょう。フェルゼンの方が落ち着けばすぐにでも。それとバロー、君も一緒に王宮に来てくれ。今回の件の説明の補足をして欲しい」


「え? あ、いや、ユウではいけませんか?」


ローランの言葉にバローは自分を指差しながら、崩れそうになる口調を何とか取り繕って聞き返した。


「状況説明は君の方が得意だろう? それに宮中の礼儀にも詳しいしね。まさか断ったりはしないだろう?」


バローは助けを求めて周囲を見回したが、悠は『心通話テレパシー』で誰かと話しているらしく目を閉じており、シュルツは我関せずと明後日を向き、アルトはルーレイを心配して心ここにあらずといった様子であったのでバローは諦めた。


「・・・畏まりました」


渋々頷くバローに代わり、今度は悠がローランに声を掛けた。


「フェルゼニアス公、フェルゼンより連絡が入りました」


ローランはまだ片付いていない自身の問題に表情を引き締めた。


「フェルゼンはどんな状況だい!?」


「フェルゼンは――」


勿体ぶる事無く悠は今聞いた通りの内容をローランに語り始めた。








「・・・む?」


アランに迫る『殺戮人形キリングドール』のぎくしゃくとした動きがアランに剣を振り被った所で突然停止して一切の反応が消失した。


「な、なんだ!? どうしたというのだ、『殺戮人形』!? 早くその老いぼれを・・・」


いくら命令を送っても動かない『殺戮人形』に苛立って怒鳴ったカーライルは首から下げる紫水晶が不自然な明滅を繰り返している事に気付かなかったが、それに気付いたアランが咄嗟にカーライルから顔を背けた瞬間、紫水晶は乾いた音と光を撒き散らして粉々に砕け散ってしまった。


「うおっ!?」


《結界展開!》


同じく事の推移を見守り介入の機会を探っていた、ミレニアの指輪に収まるライラが結界を展開して破片からミレニアを守り、更にカーライルを弾き飛ばした。


「ガッ!?」


そこからのアランの行動は素早かった。結界に弾かれるカーライルを更に空中で蹴り飛ばして兵士達を牽制し、机の上に置かれていた命令書を掴むと、結界を張るミレニアに駆け寄った。


「解除を!」


《了解!》


「奥様、少々無礼を仕ります!」


息の合ったコンビネーションでアランはミレニアの腰を抱くと、そのまま壁の燭台の一つを掴み、ぐっと下に押し下げた。するとその部分の床がせり上がり、天井の一部が開いてあっという間にアランとミレニアの姿を隠し、外に通じるドアが重厚な音を立てる。


「な、何だ!? 逃げられたのか!?」


「こうしてはおられん! 至急外の兵をこの街に・・・」


「だ、駄目です!! ドアが開きません!! このっ!!」


今少しでミレニアを捕え損なった貴族達は地団駄を踏んで悔しがったが、それならば数の力を頼みに占領しようと思い直した。だが、外に通じるドアはまるで溶接されたかの様にビクともしなかった。業を煮やした兵士が体当たりをするが、逆に自分の体が痛んだので突き破る事を断念した。




「無駄で御座いますよ。そのドアは仕掛けを作動させると内部に魔銀ミスリルの板が落ちる様になっておりますので」




上方からの声に全員の顔が一斉に上を見上げると、格子模様の部分が動き、その上に立つアランの姿が見えた。


「き、貴様謀ったな!? 最初から我らを監禁するつもりでこの部屋へ導いたのか!!」


怒声を上げるカーライルにアランは表情の見えない顔を向けて言った。


「答える必要が? ・・・だから忠告したのです、あなたには早いと。再三逃げる機会を与えて差し上げたのに、自分が優位とみるやその優越感で周りが見えなくなる。その程度の奸智で貴族社会を生き抜けるとは、全く楽な時代になったもので御座いますな。・・・それと、あなたは一つ、大きな勘違いをなさっていますよ? これは監禁などでは御座いません」


「勘違い・・・だと!?」


沸騰しそうな怒りの中、聞き返したカーライルの耳にふとこの場にそぐわない音が聞こえて来た。それに合わせて部屋も微妙に震動している。


「な、何の音だ!? アラン!! 貴様、何をした!?」


「騒がれなくともすぐに分かりますよ・・・ほらね」


アランの言葉が終わると同時に、ザバッという音と共に暖炉から見慣れた液体が噴き出し、近くに居た貴族の体を濡らした。


「ぬおおおおっ!? こ、こ、これは・・・水か!?」


暖炉から噴き出したのは大量の水であった。その勢いは激しく、瞬時に床の上に溜まっていく。


「ご名答です。この部屋は先代の時代の物で、気に食わぬ相手をおびき寄せては溺死させる為の部屋・・・水牢で御座います。この様な残虐な物は使いたくありませんでしたが、フェルゼンの民やフェルゼニアス家の方々に害を為そうという者に使う分には構わないでしょう。後30分のお命、精々我らに矛を向けた事を後悔しながら・・・お死になさい」


許容し難い内容に、部屋の中は一瞬でパニックに陥った。


「そ、そ、そんな事が許されるものか!? 我らをこの様に粗略に扱ってただで済むと思っているのか!?」


「ひぃっ!! み、水がもう膝まで!?」


「お、おのれぇ!! 『殺戮人形』!! 死力を尽くしてそのドアを・・・? ど、どこに行った、『殺戮人形』!!!」


その時になってカーライルはようやく『殺戮人形』の姿が部屋の何処にも存在しない事に気が付いた。


「あなたの自慢の玩具は消滅しましたよ。それすら気付かぬとは、些か取り乱し過ぎですな」


「う、嘘だ!! 『殺戮人形』は不死身の最強兵器なのだぞ!!」


「現実を見る事です。まぁ、見ても見なくても私は構いませんが。では失礼致します」


それきりアランは興味を無くした様子で立ち去ろうとした。


「わ、分かった!! 金を払おう!! そ、そ、それに私は時期侯爵だ!! きっとフェルゼニアス公のお役にも立てる!!」


「なっ!? それを言うなら私だって払いますとも!!」


「我が家からは娘も差し出します!! ど、どうかお慈悲を!!」


先ほどまではアランの事を鼻で笑っていた貴族達が今では必死になってアランに取り入ろうと次々アランに条件を提示したが、アランは振り返らずに言い捨てた。


「ローラン様はあなた方の様な者達の力を必要となさいません。これからの時代に貴族の悪しき部分しか持ち合わせぬ者達は生きていてはならないのですよ。・・・どうなさいましたか、奥様?」


カーライル達の最期を見せぬようにと残して来たミレニアが急に現れたので、アランはその意図を問い掛けた。


「今ユウさんから連絡がありましたわ。マンドレイク公は謀反の罪で処刑され、事態は収束致しました。ルーレイ殿下は重体だそうですが、ルーファウス殿下と主人、それにアルトやユウさん達は全員ご無事です」


「それは・・・ルーレイ殿下は災難でしたな。しかしルーファウス殿下やローラン様、アルト様、『戦塵』の方々がご無事だった事は喜ばしい事です。こちらも王家の名を騙った不届き者共は・・・あと15分ほどで全員片が付くとお伝え下さいませ」


自分達の企みが完膚無きまでに叩き潰されたと悟った水牢に捕らわれた貴族達は一足早く顔に死相を浮かべていた。


「カーライル殿!! わ、我々はあなたが勧誘するからこそ手を貸したのですぞ!! どうしてくれる!!」


「わ、私のせいにするつもりか!? 貴様らが嬉々として尻尾を振って近付いて来たのだろうが!! こ、この恥知らずの老害が!!」


「うるさい!! アラン殿、ミレニア様、悪いのは皆このカーライルなのです!! この若僧が我らに毒を吹き込んだので御座います!! うぷっ!? で、ですから何とぞフェルゼニアス公にお取りなしを!!」


水が顔にまで到達した貴族達はなりふり構わずカーライルを売る事に決めたらしいが、それはカーライルの激発を誘ってしまった。


「ギャアアアアア!!!」


「ゆ、許さんぞ貴様ら!!! 私を悪役に罪を逃れようなど!!!」


カーライルは剣を抜いて喚き散らす貴族を後ろから刺し貫いた。その凶行を見たアランはミレニアの前に立ち、その醜態を隠す。


「奥様、ここに見るべきものはありません、参りましょう」


「ええ・・・」


今度こそ去っていくアラン達にカーライルが絶叫を放った。


「アランッ!!! ミレニアッ!!! 精々束の間の平和を享受するがいい!!! 貴様らもいつか我らの後を追う事になるのだ!!! その時を楽しっ!?」


その罵詈雑言をアランが自らの白い仮面をカーライルの顔に投げつけて遮った。


「往生際の悪い。せめて静かにお逝きなさい。善良な奥様はともかく、私はもとより覚悟しておりますよ」


バランスを崩したカーライルは辛うじて出ていた顔を水没させ、金属鎧を身に着けていたその体は再び浮き上がる事は無かった。

フェルゼンも決着!

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