6-29 X―DAY15
悠の言葉に従って全員がその場から瞬時に飛び退いたが、その内の一人が他の3人に一瞬だけ遅れをとってしまった。
「アルト!」
「くぅぅ!!」
それでも普通であれば十分に直撃コースからは離れていたのだが、今現在の『殺戮獣』の全身には神鋼鉄の突起が生えており、その先端はギリギリでアルトの体を捉えようとしていた。
ガキャ!!!
だがアルトも伊達に悠に扱かれ抜いた訳では無く、空中で剣を立てて突起の直撃を防御する。しかしその結果として体重と速度の乗った一撃を弾いたアルト自身が踏ん張りどころの無い空中で錐揉み状態になり、望まぬ数十回に及ぶ回転運動により、平衡感覚を見失って地面に墜落した。
「ガハッ!!」
「アルト!!」
「動くな!!」
それを見たルーレイが結界の中から飛び出しアルトに駆け寄っていくが、悠が鋭く警戒の声を発した。しかしルーレイには戦闘において悠の指示を守るという、一緒に居る者達なら当然身に付いているはずの原則が身に付いておらず、アルトへの心配が勝るルーレイはそのままアルトの下まで辿り着いてしまった。
「ルー、レイ、来ちゃ、駄目だ・・・!!」
「いいから!! とにかく俺ちゃんの肩に・・・っ危ないっ!」
ルーレイは膝立ちになるアルトに肩を貸そうとしたが、そのままアルトを突き飛ばし、続いて肉を貫く音と共にアルトの顔に生温い飛沫が降りかかった。
「・・・・・・・・・ルー、レイ?」
呆然と呟くアルトの前には場にそぐわない笑みを浮かべたルーレイの顔があった。が、その視線を少し下に逸らすと、その異常は明らかであった。ルーレイの胸の下辺りから見覚えのある黒い外骨格に包まれた尾がビチビチと蠢いていたのだ。それは悠の魔法から逃れた最後の『殺戮獣』の分身の尾であった。
「あー・・・ごめ、アルトぉ・・・俺ちゃんの、方が・・・やくそ、く・・・まもれ・・・な・・・ゲホッ!!!」
逆流した血液が肺に流れ込み、激しく咳き込んだルーレイの口から大量の出血となってアルトの目の前に降り注いだ。
「ルーーーーーーーーーレーーーーーイッ!!!」
「馬鹿な!? ルーレイ!!!」
「いけません殿下!!」
アルトは煮え滾る脳でルーレイを貫く分身の尾を斬り飛ばし、血に汚れる事も厭わずにその蠢く尾を無理矢理引き抜いた。その声に我を取り戻したルーファウスもルーレイの名を叫びながらその下へ駆けつけようとしたが、それをベルトルーゼが遮った。
「ハリハリ!!! 結界を張って中から誰も出すな!!! バローとシュルツは『殺戮獣』を引き付けろ!!!」
「「「了解!!!」」」
悠が声を張り上げる時はこれ以上無い緊急事態であると理解するバロー達は一瞬の停滞も無くそれぞれの役目をこなし、悠は全力で飛んで呆けるアルトに襲い掛かろうとする分身体を蹴り飛ばした。
「ガギャ!!」
「アルト、ルーレイを連れてハリハリの結界内へ下がれ。ルーレイは一刻を争うぞ!!!」
「あ・・・ユウ、先生・・・ルーレイが・・・るーれいが・・・」
悠はショックから立ち直れず倒れたルーレイを胸に抱いて震えるアルトの頬を裏手で張った。
「うっ!?」
「しっかりせんか! 自らの胸で友を死なせる気か!!」
「死・・・? 死!? わ、分かりました!!! ちょっとだけ辛抱して、ルーレイッ!!!」
ルーレイを抱いて持ち上げると、その背中からも大量に血が流れ出し、その場に夥しい量が撒き散らされたが、アルトは背中の傷を抱く手で押さえ、全力でハリハリの結界へと滑り込んだ。
「ハリハリ、持って来た指輪を全て使ってルーレイの治療を! バロー、そいつはお前一人で引き付けろ! シュルツは分身体を牽制! 今すぐだ!!」
「お、俺だけ無茶だろ!? って泣き言も言ってる暇なんざねぇってか!?」
「これはこれは、思わぬ事で目標を一人達成出来ました。麗しい友情に拍手でもお送りしましょうか?」
「あ゛? テメェ・・・ぜってーブッ殺す!!!」
『殺戮獣』を一人で相手する事になったバローがその突進をかわしながら愚痴ったが、マッディの嘲笑を聞いて殺意がその体から噴き上がった。
そのまま突進して来る『殺戮獣』の神鋼鉄の突起にバローは一旦納刀した剣を凄まじい速さで抜き放った。
「『夢幻絶影』!!!」
一瞬、バローの周囲にゴッという風を斬る音が聞こえたかと思うと、『殺戮獣』の体に生えていた神鋼鉄の突起が半分ほど一気に斬り飛ばされ、スパイクを失った『殺戮獣』は止まる事が出来ずに飛んでかわすバローの下を一直線に転がり、部屋の壁に激突して大音響を奏でた。
「・・・クソ、せっかく完成した必殺技だってのに、何も嬉しくねぇ・・・。この鬱憤はテメェの命で晴らさせて貰うぜ、マッディ!!!」
「少々神鋼鉄が切れる程度で図に乗らないで頂きたい。『殺戮獣』! 早く起きてこの男の相手を!」
バローが本気を出して戦うのをチラリと視界に収め、悠もまた治療を施すハリハリの下へ舞い戻った。
「どうだ?」
「・・・ダメです。元々私は回復術は得意とはしていませんが、手に入れた指輪を3つ使って一人で『連弾』を行い効果の上乗せを行っているのに・・・傷が塞がりません。もってあと数分です」
額から滝の様な汗を滴らせて魔法行使を行うハリハリを見れば、それがどれほどの神業なのか見ている者達は嫌でも理解出来るだろう。それでも血を分けた弟が死のうとしている事がルーファウスの心を激しく苛んだ。
「た、頼む、頼むよ!! ようやく少しは兄弟としてお互いの事が分かったんだ! 分かり合えて来たんだ!! 私に出来る事なら何だってする!! だから、弟を・・・ルーレイを!!」
「・・・」
現状で出来る限りの治療を行っているハリハリは無言で治療を続けた。今治療を止めれば、瞬時にルーレイが死ぬ事は明白であり、続ける事だけがハリハリに出来る全てであった。
「ルーレイ、頑張ってルーレイ!!」
アルトも涙を流しながらルーレイの手を取り必死に呼び掛け続けているが、ルーレイの顔色は既に土気色で目を覚ます気配は無かった。
「くっ! ユウ、レイラはまだ目覚めないのか!?」
「目覚めていれば『再生』をかけている。スフィーロ、お前は回復系は使えんのか?」
《自己治癒のみだ。こんな状態で器用な真似を求めるな》
「ならば手は一つしか無い。・・・ハリハリ、他の指輪とお前自身の魔力を直列させてほんのしばらくでいい、竜気並の出力を作り出せ。そして俺の『治癒』と『連弾』させろ。『再生』に近い威力を出すには俺の出力とお前の魔法制御力を合わせるしかなかろう」
悠の言葉にハリハリが力無く笑った。
「・・・ヤハハ、ユウ殿、それが一体どれほどの技術を用いるのか分かって言ってます? 足でリュートを奏でながら右手で魔法書を認め、左手で食事を取れと言っているのと同じ事ですよ? そういうのは神業とすら言いません。奇跡というのです」
「死にゆく命を汲み取ろうというのだ、奇跡の一つくらい起こさねば辿り着けん。俺の善処とは限界以上に力を振り絞る事だ。世界屈指の魔法使いであるお前にしか頼めん。これ以上の手が無いならやれ」
断固たる意志で口にする悠にハリハリは大きく息を吐いた。
「・・・分かりました。しかし、『連弾』を維持出来るのは良くて5秒、悪ければ0です。ついでに言えば、成功失敗に関わり無くワタクシの魔力は枯渇し、動く事も叶わないと思います。それはつまり結界の維持の放棄と同義。他の全ての者の命を危険に晒して尚、この不確実な方法を取りますか?」
ハリハリの言葉にルーファウスとローランは言葉に詰まった。他の者を犠牲にしてでもルーレイを救ってくれという言葉は、次代の国を担うルーファウスには許されない。同じくローランも最も守るべき存在であるルーファウスの身を危険に晒す事は出来なかった。だから悠はしがらみの多い大人では無く、アルトに問うた。
「アルト、何を置いてもルーレイを救いたいか?」
アルトは即答だった。
「はい! ルーレイは僕の友達です!! ・・・でも、僕では皆を守り切る事は出来ません・・・だからユウ先生、力を貸して下さい!!」
「・・・自分で皆を守るなどという出来もしない妄言を吐くならもう一発頬を張る所だったが、頭は冷えている様だな。ハリハリ、全ての責任は俺が取る。今すぐ取り掛かるぞ」
「了解。合わせますから『治癒』をお願いします」
アルトの覚悟を受け取り、悠とハリハリは早速『治癒』に取り掛かった。悠が旅立つ前に受け取った白い指輪に竜気を注ぎ、内部の『治癒』が発動する。
「ふぅぅぅぅぅ・・・」
それを見たハリハリが自らの『治癒』の魔法を弄り、瞬間的に最大出力を発揮するものへと組み替えていく。
「今まで世界でも殆ど例の無い並行励起による『連弾』の更に上、前人未踏の領域へ踏み出しましょう。今だけは吟遊詩人ハリハリでは無く、エルフ最高の頭脳と呼ばれたハリーティア・ハリベルとして!! 『治癒四重奏』!!」
自身の魔力を研ぎ澄まし、尚且つ流し尽す勢いで悠の『治癒』に追い縋るハリハリの『治癒』が悠の『治癒』と同化し、眩い光を放った。
その光は5秒間ほど続き、その後全員の目にハレーションを残して消失する。
「・・・あとは・・・任せまし、た・・・」
その言葉を最後にハリハリが絨毯の上に横倒しになって意識を失った。
「くっ! ユウ先生、ルーレイは!? ルーレイは助かりましたか!?」
「・・・傷は塞がっている。ハリハリは己の役割を果たし切った。見事だ」
「そ、それでは・・・!」
喜色に湧くアルトに悠は淡々とした事実を告げた。
「喜ぶのは早過ぎる。治癒自体は成功したが、ここまでに出血が多過ぎた。体力も気力もほぼ底をついている様だ。早急に本格的な治療が必要だろう。ここまで衰弱が進んでは『治癒薬』の類も受け付けまい」
その悠の診断にアルトの顔が再び曇る。
「な、何とかなりませんか!?」
「まずは『殺戮獣』をどうにかするしかあるまい。可能な限り早く」
「ならば・・・!」
剣を抜いたアルトの肩に悠は手を置いて押し留めた。
「アルトはここで皆を守れ。その剣ではもう奴とまともには打ち合えん」
「あっ! ・・・そんな、ここまで来て・・・!」
悠に指摘されたアルトの剣はこれまでの蓄積されたダメージと大質量を受け止めた代償として大きな亀裂が走っていた。いくらカロンが打った龍鉄と言えど、これではあと数合も打ち合えば砕けてしまうだろう。
「心配するな。俺が必ず奴を屠る。だからここは頼んだぞ」
「・・・お願いします、ユウ先生!!」
残り少ないルーレイの命を救う為に、悠は踵を返すと全速力でバローと戦う『殺戮獣』へと駆け出したのだった。




