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6-28 X―DAY14

「ふむ、流石は花の都と謳われたフェルゼンだ。随分と栄えている様だな」


「・・・」


上機嫌なカーライルと違い、アランは慎ましく沈黙を守っていた。


(ふん、返答すら出来ぬか。マンドレイクも所詮過去に怯える小人しょうじんよ。やはり次期ミーノスを統べるのはこのカーライルこそが相応しい。いつか必ずや『殺戮人形キリングドール』の制御を奪い、私がこの国の、いや、この世界の頂点に立ってみせる!! この街はその第一歩とさせて貰うぞ!!)


カーライルの後ろに侍る貴族達もカーライルと王家の威を借りて尊大に振る舞っていた。彼らはそもそも自分達に逆らう者など居ないと思考放棄しているので、カーライルの10分の1も頭を回さず下品な会話に終始している。


「おお、中々美しい娘が多いではないか! くくく、ここが召し上げられたら手折り放題ですな」


「そんな下々の者くらい、フェルゼニアス、公の財産が我らに分配されれば選び放題ではないですか」


「分かっておらんな、貴卿は。そんな諦め切った人間など詰まらぬではないか! 獲物は抵抗してこそ面白いのだよ」


(・・・この頭の腐った屑共もサッサと始末してしまわんといかんな。大樹にたかる寄生虫は殺してしまうに限る。貴様らに食わせる実など無いのだ)


カーライルは上手く行った暁にはさっさと随行して来た貴族達を殺すつもりでいた。一応こちらに連れて来た貴族は生かす予定だとディオスは言っていたのだが、カーライル自身が全ての功を独占するには彼らの存在が邪魔だったからだ。


(その罪はマンドレイクが恐れていたアランとフェルゼニアスの私兵共に擦り付けてしまえばいい。クックック・・・一時はどうなるかと思ったが、何もかもが私の手の平の上だ!!)


そんな一行を遠くから見て一言吐き捨てた老婆が一人フェルゼンに存在した。




「おお、ヤダヤダ。あの坊やと後ろの貴族共の顔ときたら、昔散々見て来た下種な奴らと同じ顔をしているよ。・・・でも、先頭に居る領主の執事にゃ何か恐ろしいものを感じるね。アタシだったらノコノコ付いて行ったりしないのにさ」




「・・・こちらがフェルゼニアス公の屋敷で御座います」


「ほう・・・立派な屋敷だ。捜索には骨が折れそうだな」


「そうでもありませんよ」


玄関に着いた一行の前で扉が開け放たれ、その留守を預かるミレニアが顔を出し、丁寧な礼をした。


「ようこそ、フェルゼニアス家へ。此度の事についての説明は私、ミレニア・フェルゼニアスが承ります。・・・アラン、彼らをご案内して」


「心得ました、奥様」


ミレニアの美しさに虚を突かれたカーライル達は威を持ってミレニアを恫喝しようとしていた事も忘れ、ミレニアが踵を返して歩き出すまで声を発する事を忘れてしまっていた。ようやく我に返ったのはアランがそれに続いて歩き出した時である。


「こ、これはまた、一段と美しくなられたのではないか?」


「あの声、あの胸、あの腰付き・・・どれを取ってもあれ程の女は見た事が無い。・・・マンドレイク公がご所望でなければ私が全財産をはたいてでも引き取りたい所だ・・・」


「ま、マンドレイク公の耳にでも入ったら事ですぞ!」


「し、失敬! 今の発言はお忘れ下され!」


今度はカーライルも貴族達を笑えなかった。


(あれが傾国の美という物か・・・! これはマンドレイクには惜しい。何としてでも私が手に入れてやろう! あの女も醜悪な老人よりも若い方がいいに決まっている!)


カーライルはこの時自分の失策に気が付いていなかった。そもそも言われるままに付いて行く必要など無く、ここで一方的に口上を捲し立ててサッサと証拠の捏造を図れば良いのに、ミレニアの美しさが、アランの消沈が、『殺戮人形キリングドール』の強さが、少しずつカーライルの警戒心を溶かしてしまっている事に。


だからカーライルは意気揚々と玄関を潜り、案内されるままに屋敷の奥へと進んでいったのだった。




場所を屋敷の奥にある大人数が収容出来る客間に移し、一行は向かい合った。部屋の中の調度品は重厚な作りの物が目立ち、天井は格子模様となっていて、中央の壁面には大きな暖炉が備えられている。カーライルの要望で部屋に居るフェルゼニアス家の者はアランとミレニアのみであった。


「・・・お話は理解しました」


「では我らにご協力頂けるのですな?」


弁舌鮮やかに事の次第を話すカーライルにミレニアは憂いを滲ませて答えた。


「・・・いいえ、それは出来ません。私も今ではフェルゼニアスの女です。どこまでも主人の潔白を信じておりますゆえ、あなた方の要求は受け入れられません。どうしてもこの屋敷を調べると申されるのなら、一戦する事も辞さぬ覚悟です。・・・アラン、カーライル様方を今一度城門の外にお送りして差し上げて下さい」


「畏まりました」


ミレニアの選択を聞いたカーライルは机に拳を叩き下ろした。


「お話になりませんな! それでは我々はあなたも捕縛しなければなりません!! 夫婦揃って愚かな真似をなさる!! おい、フェルゼニアス夫人を捕縛しろ!!」


「「「ハッ!」」」


被っていた偽りの柔和な仮面を破棄すると、カーライルはわざと大声を出してミレニアを委縮させ、後ろに控える兵士に捕縛命令を出した。兵士達も即座に動き、その手がミレニアに伸びて行く。


だがミレニアの体に兵士の手が触れる寸前に、横から伸びたアランの手が兵士の手首を掴んだ。

 

「控えろ、貴様如きが触れてよいお方では無い」


「な、なんだきさっ・・・あ、ああああああああッ!!!」


アランの手が剣を抜こうとした兵士の前で握り締められると、その中でバキバキと骨を破砕する音が客間に響き渡った。


「あがあああああああああッ!!!!!」


「な、なにを・・・!」


「遅過ぎです」


突然の暴挙に呆気に取られ棒立ちになった2人の兵士の腹にアランの右手と左手がそれぞれ埋め込まれ、肺の酸素を残らず吐き出した兵士はそのばで失神して転がった。


「き、貴様・・・自分が何をしているのか分かっているのか!?」


突如自分達に牙を剥いたアランにカーライルが怒鳴りつけたが、アランは懐から目の部分だけがくり抜かれた白い仮面を取り出して顔に装着しながら答えた。


「無論分かっていますとも。ミレニア様が一戦も辞さぬと仰るのなら、これ以上我慢する必要も無いという事でしょう? せっかくミレニア様がお優しくも外に返してやろうというのに、これ幸いにと拉致しようとする無頼漢共をどうして私が黙って見逃すというのです? ・・・あなた方は選択を誤った。私がこの面を付ける前に諦めるべきだったのです。奥様、部屋からご避難を」


「ええ、分かりましたわ」


アランの仮面を見てカーライルに付いて来た年嵩の貴族たちは慄いていた。


「あ、あれは・・・あの表情を表さぬ面は・・・!」


「『無貌』のアラン・・・ま、まだその牙は健在であったのか!?」


先代のフェルゼニアス公とその右腕たるアランは貴族社会に生きる者達にとっては伝説であった。どれほどの力を誇る貴族であっても、一度フェルゼニアス公の目に止まれば決してその魔手から逃れる事は叶わなかったのだ。ただでさえ王国公爵という高い地位に加え、実力行使を躊躇わないその暴政は他の貴族の暗黒時代と囁かれた。


アランは『無貌』と呼ばれたその顔を貴族達に向けて宣言した。


「・・・10年。たった10年程度でよくもここまで増長したものです。先代マンドレイク公の影でフェルゼニアスに怯えていたディオス殿も、その他の方々も、私が人の顔を取り戻してから10年もすればその恐怖を忘れてしまうのですね・・・。宜しい、ならば思い出させてあげましょう。恐怖を、痛みを、絶望を!!」


「かかかカーライル殿!!!」


「う、狼狽えるな!!! 所詮相手は老いぼれ一人! 包囲して刺し殺してしまえ!! 『殺戮人形』!!」


「・・・!」


怯える貴族達を制し、カーライルが叫ぶと胸のペンダントが紫色の光を発し、兵士の一人に紛れていた『殺戮人形』がミレニアに向かって跳び掛かった。


「むっ!?」


その速度が予測より遥かに速かった事でアランは兵士達を捨て置き、床を蹴って『殺戮人形』を蹴り飛ばした。


その蹴りは普通の人間であれば3回殺してもお釣りが来るほどの威力であったが、弾き飛ばされ壁に叩き付けられた『殺戮人形』は特に痛痒を感じた様子も無く立ち上がった。


「・・・これは・・・どうやら人間では無いようですな・・・」


アランが『殺戮人形』に気を取られている間に、密かに隙を窺っていたカーライルが剣を抜き、ミレニアの首筋に剣を突き付ける事に成功した。


「ミレニア様!?」


「おっと、動かないで貰おうか!! 少しでも動けばミレニアの美しい肌に赤い線が刻まれる事になる。それはお前も望むまい?」


「アラン!」


「くっ・・・!」


再び形勢を覆されたアランの苦渋の声を聞き、カーライルは高々と宣言した。


「勝った!! これでフェルゼンは我らの物よ!!! 斬り捨てろ、『殺戮人形』!!!」


動きを止められたアランに、恐らく骨を砕かれた『殺戮人形』がギクシャクとした動きで剣を抜き、ジリジリと近付いて行った・・・

次回からまた王都マンドレイク邸に戻ります。


6-26 X―DAY12の続きですね。


・・・この2場面での展開ってどこで上手く切り替えるのか難しいですね。片方を決着させちゃうと無意味になる気がするし・・・序盤、中盤、終盤くらいの感覚で区切ってはいますが。

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