6-25 X―DAY11
その獣は魔物として見ても異様な容貌であった。分厚い鎧の様な黒い外骨格の装甲を持ち、背中から尾に掛けて1メートルほどの鋭利な白い突起がズラリと生えている。四足の爪も長く鋭く、その体長は目測で7~8メートルはありそうだった。
「ユウ、もしかしてあの突起は・・・」
「あの輝き、間違いなく神鋼鉄だな。取り込んで自らの強化に使ったと見える」
「あの大きさと『殺戮人形』の不死身性を受け継いでいるとすれば、少々の斬撃では堪えぬでしょう」
「という事は・・・弱点に攻撃を集中するんですね?」
「その通りだ。だがまだどこが弱点かは分からんな。ハリハリが寝ている者達を回収するまで足止めと探りに徹する事にしよう。それと未知の相手だ、十分に注意しろよ」
素早く方針を定め、悠達はまず最も生存率の高い悠を先頭にして『殺戮獣』に当たる事にした。
「まずは文字通り小手調べといこうか」
悠がそのまま薄く虹色に輝く小手を『殺戮獣』に叩き込むと、黒い外骨格を貫通して紫色の血液を撒き散らした。
「ガアアアッ!!」
『殺戮獣』は一応痛みがあるのか煩わしそうに前足の爪を振るったが、悠の体に触れる事は叶わない。
「力も速度もドラゴン並みか。しかも外骨格も同程度の硬度と見た。加えて血液は強酸性、再生能力も有しているな」
一当てして『殺戮獣』の能力を測った悠が情報を共有した。その服の袖口は強酸性の血液によって白い煙を上げている。
「前にやり合ったサイサリスくれぇか?」
「いや、スフィーロと身体能力は同程度だろう。強力な再生能力と毒血の分、倒すのには余計に手間取るだろうな。魔物のランクで言えばⅩ(テンス)、俺達の世界の龍のランクでならⅥ(シックスス)の上位個体といった所か」
袖口を引き千切りながら悠はアルトとシュルツに目を向けた。
「アルト、初戦の相手としては少々お前の手に余る。決して相手の殺傷圏内に留まらず霍乱に徹しろ。それとシュルツにも注意しておくが、こいつらの血液を浴びるなよ。恐らく武器も俺とバローの真龍鉄でなければ長くは保たん」
「・・・はい!」
「心得ました!」
最前線に出られない事にアルトは一瞬不満を浮かべ掛けたが、事戦闘において悠の指示は絶対であると思い直し返答した。シュルツに至っては即答である。
「俺はどうする、ユウ?」
「俺とバローは相手の弱点を疑われる個所に攻撃だ。頭や目、内部器官だな。それと最も疑わしいのはマッディが持っていたあの紫水晶だ。あれを砕けば倒せる可能性は高い」
「だろうな。だがこの巨体じゃどこにあるのやら。レイラの姐さんがいりゃあ調べて貰えるのによ!」
話ながらバローは『殺戮獣』の高速で振られた尾をしゃがんで回避し、ついでとばかりに剣を立ててその尾の末端を切り飛ばした。
するとその切断された尾がビクビクと蠢き、やがて形を変えて1メートル弱の『殺戮獣』となる。
「げ、面倒くせぇ能力を持ってやがる! 迂闊にバラ撒くとやべぇぞ!」
「その様だ。末端からバラしていくのは危険を伴うな。アルト、その小さい方の相手は任せた!」
「はい!!」
今度は敵の一体を任されて使命感に燃えたアルトが即答する。
悠達が戦っている間にハリハリも戦場を整える為の作業を怠ってはいなかった。
「上手く効果を発揮して下さいよ・・・! 『石流波』!!」
ハリハリが絨毯に手を付いて魔法を解き放つと、絨毯の下にある石畳がまるで波の様に撓み、それは部屋中に伝播して床の上で意識を失っている者達を救い上げ、一か所に纏め上げた。
「~~~~くっ! やはり微妙な操作は難しいです! 多少折り重なる程度は辛抱して下さいね!!」
ハリハリの今使った『石流波』は土と水属性の混合魔法であり、本来は単純に全周の地面を波立たせて敵や障害物を押し流す魔法であるが、ハリハリはその威力を弱め、一気に貴族達を纏め上げるという方法を用いた。その作業は精緻を極め、ハリハリほどの魔法の名手ですら額に汗を浮かべている。
「おやおや、敵対する者達までもお救いになるとはお優しい事で」
「勘違いするな。こやつらには生きて裁きを受けさせねばならんだけだ。謀反人に与していたとなればただでは済まん。気位ばかりが高い人間には生きるより辛かろうな。・・・すぐにお前もそうなる」
マッディの小馬鹿にする様な言葉に悠は戦いながら言い返した。
「・・・ふん、既に死ぬ事など恐れてはいませんよ。それにお忘れかもしれませんが、我々はフェルゼンにも兵を派遣しています。そこにも一体、『殺戮人形』を随行させていますからね。今頃フェルゼニアス家の面々はディオス様と同じ場所へ行っているかもしれませんよ?」
マッディの言葉にアルトとローランが気色ばんだが、悠は至って冷静なまま返した。
「『殺戮人形』が1体いるくらいでフェルゼンを落とせるなどと考えるのは浅慮の極みだ。あの街にはアランも居ればアイオーンも居る。意志も持たぬ木偶に負けるほど愚かでは無い」
「それはどうですかな? ああ見えてカーライル殿は狡猾です。無傷でとはいかないと思いますが?」
「人に信を置けぬ貴様と違い、俺は彼らを信じているのでな。それにその『殺戮人形』もこの『殺戮獣』を倒せば動けなくなるのではないか?」
「・・・どうですかな。それよりもそんな無駄口を叩いている暇があるのですか?」
あくまで冷静さを失わずに分析する悠にマッディは苛立ちを含ませて会話を打ち切った。
「ユウ、やっぱり外側に近い部分にゃ無さそうだぜ!!」
間断的に攻撃を加えていたバローが悠に怒鳴って振るわれた爪を回避した。
「では内部に貫通性のある攻撃を仕掛けねばならんな。『殺戮獣』の分身もこれ以上増やせん」
どうしても回避し難い攻撃を回避する為に斬り飛ばした『殺戮獣』の肉片が新たな『殺戮獣』となって増え、今では3体の小さな『殺戮獣』となっていた。
「コイツの体は全部ハリボテだぜ。頭を斬ろうが胸を突こうがまるで堪えねぇ。狙うならあの胴体の奥だろうな」
「ああ。今から一度強力な魔法を撃ち込んでみよう。上手くすれば一撃で倒せるかもしれん」
周囲に眠っている者達が居なくなった事で悠も被害を気にする事無く魔法の構築に掛かった。
「ハリハリ、最大威力で結界を張って皆を守れ! 俺も発動と同時に飛び込む!」
「早さと威力、それにタイミング。どれがズレてもユウ殿は只では済みませんよ? ・・・って言ってもユウ殿は止めないですよね」
「その通りだ。バロー、本体を一瞬足止めして離れろ。アルトとシュルツは分身を弾き飛ばせ!」
「「「了解!!」」」
既に幾多の模擬戦闘を繰り返していた悠達は全員が呼吸を合わせてそれぞれの役割を見事にこなし、態勢を崩した『殺戮獣』達を尻目に全速力でハリハリの背後に後退した。
悠自身も一体の分身を蹴り飛ばしながら、この一年で練り上げ、ハリハリのアレンジを加えたオリジナル魔法を後ろに跳び退さりながら解き放った。ハリハリは最初この魔法に「これぞ正にドラゴンの吐息に等しいものです! どこまでも貫く神槍の如き破壊力! ワタクシはこれを『火竜槍』と名付けました!」と言ったのだが、悠が「ドラゴンなどという名称は変えるぞ」とすげなく却下され、悠によって変更された。
「紅蓮の炎にその身を晒すがいい。『火竜ノ槍』!!」
キュバッ!!!
『火竜ノ槍』は簡単に言えば修行中に悠が使った『炎の矢』を束ねただけの魔法である。だが、その威力は「だけ」では済まされない。
悠の手から発せられた直径1メートル弱の赤い光線は射線上にいた分身個体を2体を蒸発させながら何の抵抗も無く『殺戮獣』に達し、一瞬も停滞する事無く大穴を開けて貫通したのだった。
感想欄のご指摘を受けて悠の魔法名を変更しました。(9/25)
変更前:『火竜槍』
変更後:『火竜ノ槍』
変更の理由はご指摘通り、蓬莱出身の悠が技名にドラゴンの名を冠しているのがおかしいという理由です。もっとネガティブな技であればあえてドラゴンの名を付けるのもいいかもしれませんが、単体大火力魔法の名には適さないと私も思いました。一応ドラゴンスピアにした理由もありましたが、ご指摘の方が説得力があるのでそちらを選択しました。月猫ノ詩さん、ありがとう御座いました!




