6-24 X―DAY10
それから10分後、状況にはほぼ決着が付いていた。
「お、おいマッディ!! 策とやらはまだ使わんのか!? 護衛以外の『殺戮人形』は殆どやられてしまったではないか!!!」
ディオスが焦るのも無理は無い。マッディは余程切り札を出し惜しみしているらしく、60を超える『殺戮人形』が残り10前後になるまで一切動きを見せなかったからだ。
「・・・まだ続けるのかい? もうこれ以上抵抗しても丸っきり無駄以外の何物でも無いと思うんだけど?」
ローランも敗色濃厚となっても抵抗を止めないディオス達に半ば呆れ気味に問い掛けた。
「出来れば殺さずに捕えたい。・・・どうもこいつらの影に俺の追っている者が居る様に思えてならん。『堕天の粉』や『殺戮人形』、それに神鋼鉄の出所を確かめる必要を感じるからな」
悠は『堕天の粉』が出て来た辺りからどうにも既視感を拭えないでいた。効果や見栄えに差はあれど、あれは『妖精の粉』に良く似ていたし、神鋼鉄はこの世界の伝説の金属であると聞いている。そんな物が30人分も槍と剣を打つのに存在していたとも思えないのだ。悠はその非常識な物品を他者に提供する謎の女の影をディオス達の背後に幻視していた。
そう言って歩み寄って来る悠達にディオスの焦りが頂点に達する。
「マッディ!! マッディ!!! は、早うせぬか!!!」
「・・・奴らを退けられるならば、それが例えどんな手段であっても後悔はなさいませんか、ディオス様?」
「ここまでの事をして来たのだ!!! 今更後悔する事などあるか!!! いいからサッサと奴らを片付けろ!!!」
マッディはその言葉にゆっくりと首を振り・・・ディオスに手にした紫水晶を突き付けた。するとそこから先ほど発生していた紫煙が沸き上がり、ディオスの顔を包んだ。
「な、何をす・・・る・・・」
たった一呼吸で全身の自由を奪われたディオスがその場に崩れ落ちるのを見届ける事無く、マッディは『殺戮人形』達に命令した。
「足止めせよ」
その意を受けた『殺戮人形』達が悠達に殺到する。
「お、おい、どういうこった? 仲間割れかよ?」
「・・・あの男の目、嫌な予感がする。一気に片を付けるぞ!」
「はっ、畏まりました!」
最後の抵抗をする『殺戮人形』達から再びディオスに視線を戻したマッディの目はこの期に及んでガラス玉の様に何の感情も浮かべず、懐からナイフを取り出した。
「何、を・・・する気・・・だ・・・!」
痺れ、倒れ、驚愕しながらもディオスはマッディに問わずにはいられなかった。
「何を、ですか? 私には分からないのですが、何故分かり切った事をディオス様はお聞きになるのですか? 『堕天の粉』を浴びて意識を保つ者は『殺戮人形』たる素質があるとあの女が言っていたではありませんか。であれば・・・後は私の手にある物を見れば子供でも分かるはずですが?」
「や、やめ・・・ろ・・・! 儂は、あ、あんな・・・化け物、に、なり・・・たくは、無い!!」
「王国公爵ともあろうお方が一度宣言した言葉を翻してはいけません。・・・それと、誤解しないで頂きたいのですが、これは裏切りではありませんよ? 私は今この瞬間もディオス様には感謝しているのです。闇に包まれていた私に手を差し伸べて下さったディオス様に。例えそれが更に深い闇に誘う物であったとしてもね。・・・私も後から行きますので、少しだけ先に行って待っていて下さい」
マッディは何かを言おうとするディオスの胸に躊躇無く手の中のナイフを突き刺した。
「がっ!? あぅ・・・ま、っで・・・・・・たる、、まいお・・・・・・わし、の・・・・・・・・・」
幾つかの意味を成さない言葉を最期にディオスの目から現世を認識する光が消え、その後紫色の輝きが灯った。
「・・・ではご覧に入れましょう。これが私があの女から聞いた、『殺戮人形』の真の最終形態です」
マッディが残された魔力を全て紫水晶に流し込むと紫水晶は不気味な鼓動を響かせながらフワリと宙に浮きあがり、そしてディオスの胸にめり込んでいった。
「クソッ!! ディオスを殺って何をするつもりだ!?」
「すぐにあなた方にも理解出来ますよ・・・ほらね」
精根尽き果て痩せた顔に死相すら浮かべるマッディが震える指で示すのはバラバラになって蠢く『殺戮人形』達であった。それらはまだ死んでいる訳では無いのだ。
「・・・」
最後の五体満足な『殺戮人形』たるディオスが顎が外れるほどの大口を開けると、そこに蠢いていた『殺戮人形』の残骸が次々に飛び込んでいった。
「うぇぇ・・・『殺戮人形』が『殺戮人形』を食ってる・・・」
「ルーファウス、ルーレイ殿下!! 君達は逃げるんだ!!」
ローランが咄嗟に王族2人を逃がそうとしたが、それをマッディが否定した。
「残念ですが、そちらの王族2人のお命はディオス様がご所望です。先ほど外に張ってある結界を縮めて屋敷を封鎖しました。どこにも逃げる事は叶いませんよ」
「マッディとか言ったな? 今更死んだ者の命令など遂行してどうなるというんだ!! これ以上何のために罪を重ねるつもりだ!!」
激しく問い詰めるローランに対し、マッディは少しだけ感情を動かした。
「・・・あなたには分からない、フェルゼニアス公。王国でも最高の爵位を継ぐ事を約束され、美しい容姿と妻を持ち、優秀な子と健康な体を持ったあなたには。・・・私には無かった。この虚弱な体は失神するまで鍛えても肉が付く事は無く、魔法を使えば強烈な頭痛が集中を阻む。子供を沢山作る事しか能の無い父親からは早々に屑呼ばわりされ、母親に至ってはどこの誰なのかも分からない。この国で金が無いのは命が無いのと同じ事だ。だから私は知恵だけを頼りにディオス様にお仕えした。例え内心でどれだけ蔑まれていようとも、自分が生きる意味が欲しかった・・・。だがそれももうどうでもいい。私が生きた意味は私とディオス様で刻んで逝こう。この国に永遠に消えない傷跡と共に」
「・・・マッディ!!」
ローランが拳を握ってマッディに駆け寄ろうとするのを悠が手で制した。
「ローラン、ルーファウスとルーレイを部屋の隅に連れて行け。ベルトルーゼ、俺達に万一の事があれば構わずに3人を連れて脱出しろ。その為の脱出路は何が有ろうとも確保する」
「・・・分かった」
ベルトルーゼは言いたい事の全てを飲み込んで首肯した。自分は王国騎士団長であり、その任務は王族を守護する事なのだと言い聞かせ。
「ちょ!? アルトも一緒に逃げようさ!!」
「・・・申し訳ありません、殿下。でも、ユウ先生が初めて僕を頭数に数えてくれたんです、だから僕は逃げる事は出来ません・・・出来ませんけど、約束はお守りします。明日、一杯遊びましょうね?」
「アルト・・・!」
アルトの透明な笑みが次の瞬間には消え失せている様な気がして、ルーレイはアルトを力一杯抱擁した。その体は小刻みに震えている。
「死なないで、俺ちゃんの初めての友達・・・俺ちゃん、アルトに言いたい事が一杯あるんだ・・・」
「殿下・・・」
「ルーレイって呼んでよ。殿下なんて他人行儀な言葉、俺ちゃん聞きたくない・・・」
「・・・ルーレイ、ごめんね、すぐに終わらせるから、ちょっとだけ待ってて」
優しくルーレイを引き離し、アルトは朗らかに笑った。
その間にもディオスは『殺戮人形』の残骸と、ついでとばかりに神鋼鉄の槍と剣までも吸い込み続けており、その体はどんどん大きく膨れ上がっていく。
悠はディオスでは無くマッディを見ていた。
「・・・何ですか? 言っておきますが、今更私を殺してもディオス様は止まりませんよ?」
自分を殺してディオスを止めようとしていると推測したマッディだったが、悠が考えていた事は全く別の事であった。
「・・・お前が生き甲斐を見つけられなかったのは、お前の不幸な生い立ちが原因では無い」
「何ですと?」
予想外の言葉が発せられ、マッディは思わず悠に問い返していた。
「俺がギルドで1日教官をやっていた事はカーライル辺りから聞いているだろう。その時、今のお前と同じくらい不幸な生い立ちの投擲術の使い手が居た。ギャランというその男は見た目も秀でた所が無く、両親にも見捨てられ、友と呼べる者も頼れる仲間も居なかった。虐待の経験から人とまともに接する事すら困難であった・・・。だがギャランは貴様の様に腐ってはいなかったぞ。自分のたった一つの才と呼べる物をひたすらに研磨し、その努力を持って友を、仲間を得た。もっともらしい事を言っているが、結局貴様は真っすぐに生きる事よりも楽な道を選んだだけだ。だからこそ破滅的な行き止まりに辿り着くまで自分を律する事も出来ぬ。貴様が生きる意味を持てぬのは、必死で生きていないからだ。自分の足で立っていないからだ。誰かに生きる目的を預けてしまっているからだ。・・・いい年をした男が泣き言を言うな、吐き気がする」
一切の同情を含まぬ弾劾に、これまで殆ど感情を表さなかったマッディの顔にこの時初めて怒りと呼べる物が浮かんだ。
「お前に・・・お前に何が分かる! 私の何を知って私を貶める!?」
「馬鹿め、そんな物は知るか。貴様はそれを誰かに伝えようと努力したのか? 先ほどの泣き言がそうだというのなら、俺には全く共感出来ん。俺はそれでも道を曲げなかった男を知っているのでな」
「その男には投擲術があったのだろうが!! 私には、私には・・・!」
「だから戯言だと言っている。貴様には知恵があったのだろうが。何故それを善良な人々の為に使わずにマンドレイクなどの為に使っていたのだ? それが善良な目的で使われる事など無いと、知恵の回るお前なら分かっていたはずだ」
「・・・!」
マッディは歯を噛み締めて沈黙した。
「悪党のマンドレイクであれば自分を売り込み易かっただろうよ。対して、善良な人々の為に知恵を使っても受け入れられるとは限らぬ。貴様は臆病で卑怯者だった。それが貴様の全てだ」
「・・・それ以上は聞くに堪えません。あなたに私の事など分かりはしない。決して!!」
マッディは悠の言葉の呪縛を断ち切ると、元の10倍程度に膨れ上がって最早人相が分からなくなっているディオスを見た。
「ディオス様! 今こそ『殺戮人形』の真の力をお見せ下さい! ・・・『殺戮獣』の力を!!」
全ての『殺戮人形』を吸い込んだディオスの皮膚がその言葉で裂け、中から黒い硬質な肌を持った獣が脱皮する様に生まれていた。
「ゴアアアアアアアアアッ!!!!!」
「で、でけぇ・・・! ドラゴンとタメを張るくれぇでけぇ!!」
「ふん、敵が一体になってむしろやりやすくなったというものよ!!」
「ハリハリ、魔法で床の上の者達をどけられるか?」
「やってみましょう、少々込み入った魔法ですがね・・・」
「行きましょう、ユウ先生!」
悠達は『殺戮獣』を前に一斉に構え、不退転の意志を示した。
「死なないでくれよ、ユウ!」
「この国の命運は君達に託した。どの様な結果でも文句は言わないよ」
「貴様にはまだ無礼の落とし前を付けさせて貰っていないのだからな! 勝手に死ぬなよ!!」
「アルト・・・無理しなくていいから頑張ってー!!」
激励の言葉を背に、悠達は『殺戮獣』へと突撃していった。




