1-32 練兵4
地面に墜落した衝撃で、周囲に土埃が舞い上がった。
「やったか!?」
「そんな訳は無いと思うが、手ごたえはあった」
逸る亜梨紗に蓮が冷静に答えた。いかに悠とて今のタイミングで完全に回避出来たとは思えない。そして、その声に応えるように、土煙が吹き飛んだ。
「いい読みだ、斉藤」
そこにはまるで堪えた様子の見られない悠の姿があった。
「だがそこまで読んだのなら追撃を天城に指示すべきだったな。天城は言われなくても追撃せねばならんぞ。千葉は溜めが大き過ぎて相手に防御の隙を与えている」
亜梨紗達が本気で攻撃しようとも、あくまで練兵としてアドバイスを送る余裕を持つ悠に、竜器使い達の顔が強張る。今の一連の攻撃は、中堅クラスの龍なら屠れるほどの威力があった。にも係わらず、悠は涼しい顔をしている。
「しかし、威力は中々だな。龍壁を練兵で使うのは初めてだ」
龍壁とは、竜気を相手の攻撃に向かって放つ、一種の攻性防御である。威力を見誤ると貫かれてしまうし、逆に多いと竜気を無駄に消費してしまう、かなり繊細な技だ。
「これだけやっても無傷とは……」
「いや、俺もお前達の力を過小評価していたようだ」
そう言う悠の額から一筋の細い血が流れた。
「だから……もう少し強くしても良いな?」
その言葉にその場の全員が青褪めた。後ろで練兵を見守っていた真を含めてだ。
「ちょ、神崎竜将! これ以上は危険です! 怪我じゃ済まなくなりますよ!!」
「そうか? ・・・おい、貴様等! 手加減して欲しいか?」
「ええ、これ以上ちょっ――」
燕が涙目で懇願しようとしたが、亜梨紗がそれに割り込んで言った。
「冗談ではありません! 最後の神崎竜将のご練兵をなぁなぁで済まそうなどと考える者はここには居りません!」
(ここに居るんだけどなぁ・・・)
燕の声は亜梨紗の宣言に掻き消されてしまった。
「良し。ではこれは去り行く俺からの餞別だ。見事耐え切ってみろ!!」
《ユウ、本当にやるの?》
今まで黙って悠のサポートに徹していたレイラが問うた。つまり、これから放つ技はレイラをして危険と思われる技なのだ。
「これを耐え切れば、新たな竜騎士の道が開けるかもしれん。こいつ等にしてやれる、俺の最後の仕事だからな」
《……分かったわ。でも威力は絞るわよ。こんな所で廃人を量産する訳には行かないから》
「ああ、分かっている。レイラ、竜気解放・弐!」
《OK、竜気解放・弐、30%まで上昇させるわ!》
悠の言葉にレイラが答えると、宝玉が鋭い光を放ち始め、中心に向けて収束していく。
「っ! 全員精神防壁全開! 残りの竜気を全て込めろぉぉぉぉおおッ!!!」
真が必死で叫んで竜気使い達に最大限の注意を喚起した。
その叫びを聞いた竜気使い達は、攻撃の種類を悟って蒼白になり、滝の様な冷や汗を流しながら必死に防壁を構築していく。
「倒れている者には当てない様に威力を絞っているから心をしっかり持てば大丈夫だ。気を抜くなよ?」
亜梨紗と蓮も並んで防壁を張った。防御が不得手だとは言っている余裕も無い。せめて二人がかりの防壁で凌ぐしかなかったのだ。
そして、光が収束しきった瞬間、それは放たれた。
「『竜ノ咆哮』!」
前方に向けて放たれた赤い光は瞬時に竜気使い達を包み込んだ。しかし、一切の物理的な破壊は起こらない。『竜ノ咆哮』は対象の精神を砕く技で、常人が受ければ心を失い、生きる屍と化す。命を奪わない非殺傷技だからといって食らった相手が慰められる事はないだろう。精神への直接攻撃は激しい衰弱を引き起こし、思考、身体の両面に多大なダメージを刻むのだ。
そして、光が治まった時、立っている竜器使いは一人も居なかった。皆膝を折り、或いは地に伏している。反応の無い者が居ないのは、真の注意と悠の手加減? のおかげだろう。
「ぐ……あ……」
「うぐ……く」
「くっ……そ……」
死屍累々といった有様に、流石に見かねて真が諫言した。
「やり過ぎです、神崎竜将。これでは2~3日で動けるかどうか」
「つまり俺が居なくなった後は動けるのだろう。ならば問題は無い。それよりも……」
真へ軽く返答してから悠は竜器使い達に向き直った。
「さて、体は力を失い、頭は徹夜を重ねた様に重いだろう。だが竜器使い達よ。それでも貴様等に倒れ伏して安眠を貪る様な贅沢は許されておらん。立て、立って俺を殴りに来い! 次の世代の竜騎士は貴様等が担うのだ!! だから立て!!!」
悠の言葉は酷く厳しい。それは居なくなる自分の代わりに、若者達に託したこの国への思いそのものだ。恨まれ、疎まれようとも生きていく力、守るべき力を手にして欲しかったのだ。
その言葉を聞いた竜器使い達の目に光が宿る。このまま不甲斐無い姿を見せたまま、自分達はこの人を送り出していいのか? 後ろ髪を引かれる思いを残したまま、いつまでもこの強い上官に甘えるのか?
断じて否! だ。
竜器使い達が重い体に渾身の力を込める。伏した姿勢が四つん這いになり、片膝を付く姿勢になる。が、どうしてもそれ以上体が上がらなかった。
(やはり早過ぎたか?)
悠は口惜しそうに目を閉じた。
「くっ…………は……ぁぁぁああああああ!!!!!」
「あ、あり……さ?」
その時、一番近くに倒れていた亜梨紗から叫び声が上がった。それはもはや叫びと言うよりは――咆哮だった。
その横で倒れていた蓮も聞いた事の無い友人の声に倒れながらも目を見開いている。
(私は何故こんなにも弱い? 動け、動くはずだ! 私の心が弱いなら、今強くなってやる! 強く強く強く強く! だから、うごけぇぇぇぇえええええッ!!!!)
《…………よ》
その時、亜梨紗はどこからか、聞いた事の無い、しかし聞き覚えがあるような。そんな声を聞いた気がした。
(誰だ? 何を言っている?)
《……めだよ》
(何だ、何と言っているんだ?)
亜梨紗は必死に耳では無く、心を研ぎ澄まし、その小さな小さな声を探した。
《――それじゃだめだよって言ってるんだよ?》
(っ!? な、何が……いや、誰だお前は?)
《ずっと一緒に居るのに僕の事が分からない? アリサは知ってるはずだよ?》
その若干幼く聞こえる声に覚えは無かったが、心の奥でその言葉を肯定している自分が居る。
(……ああ、そうだ、私はお前を知っている……)
亜梨紗は視線を自らの竜器に向けた。そうだ、こいつは――
《やっと分かったみたいだね? そう、僕は君の竜器だよ。ウィナスっていう名前なんだ。よろしくね、アリサ》
竜器使いが、新たな竜騎士として成長した瞬間だった。
(ああ、よろしく頼む。ウィナスか。いい名だな)
《ありがとうアリサ》
(なぁウィナス、早速で悪いんだが、私に力を貸してくれないか? 神崎竜将の所に行かなければならないんだ)
《お安い御用……と言いたいんだけど、アリサ、竜気がもうあんまり無いね? 初めての着装は慎重にやらないと、今の状態じゃ精神が吹き飛んじゃうよ。だから、身体能力を少しだけ上乗せしてあげるから、自分で立って? 僕とアリサとは、対等なパートナーなんだからさ。僕にアリサの力を見せてよ?》
(十分だ、見ていてくれ、ウィナス。私が神崎竜将をぶっ飛ばす所を!)
《いいね、その意気だよアリサ!》
そして片膝を付いていた状態から動けなかった亜梨紗の体が、徐々に、徐々に上に上がっていった。
「私は、かつ……んだ……!」
その声に悠が目を開いた。
「勝ちたいか? 千葉」
「はい……私は、勝って……あなたに……」
完全に立ち上がった亜梨紗は、一歩、また一歩と悠に近づいていく。
「あなたに……あなたを……」
意識は未だ朦朧とし、視界には悠だけがいる。
そして遂に悠の前に辿り着いた。
そのままゆっくり拳を引き絞る。
「……お慕いして、おります。悠さん」
倒れる様に拳は放たれた。
亜梨紗覚醒です。頑張りました、千葉妹。