6-23 X―DAY9
「ユウ、ちとこいつは数が多過ぎるぜ。俺達とアルトはともかく、他の奴らを守る範囲が広過ぎる。何か手を打たねぇと被害が出るぞ!」
『殺戮人形』を切り裂きながらバローが怒鳴る通り、悠やバローは実力、装備共に不安は無いのだが守備陣、特にアルトと即席でコンビを組むルーレイの疲労は無視出来ない。今は均衡を保っていても、5分、10分と経過する毎に疲労は蓄積され、状況を悪くしていくだろう。
「手が無い訳では無いが、被害が広がり過ぎる。今は徐々にでも減らしていくしかあるまい」
悠は『殺戮人形』の頭を吹き飛ばして答えた。こうして頭を吹き飛ばしても死にはしないのだが体の動きは鈍るし、再生も防げるので悠はとりあえず頭から潰していた。
悠の考える手は違う意味での頭を潰す事、即ち命令を下しているマッディやディオスを捕らえる事や竜気による高火力魔法による殲滅であるが、前者はあちらも相当警戒しているらしく、常に護衛の『殺戮人形』を侍らせて身を守っている。後者はまだ眠っている貴族や護衛を巻き込む事が確実で選択する事が出来なかった。
損害も痛みも全く無視して捨て身で襲って来る『殺戮人形』達に予測通り戦いの天秤は徐々に傾いていった。
「ハァ! ハァ! お、俺ちゃん、そろそろダメそ~」
「頑張って下さい殿下!! 明日僕と遊ぶ約束でしょう?」
「アルト~、俺ちゃんはいいから、兄上を守って、あげてちょ。・・・兄上は、ミーノスのこれからに、必要だから・・・」
「ルーレイ!? ・・・お前も国の事を考えていたのか・・・」
「ナハハ・・・俺ちゃんだって、一応オージサマだもんね」
力無く笑うルーレイは口には出していなかったが兄であるルーファウスには感謝していたのだ。知能が高いルーレイは既に幼少の時分に自分の性格が王家と合わない事を早々に察し、好き勝手に振る舞う事で「頭は良いが駄目王子」であると周囲に喧伝して来たのだ。いつしかそれは演技では無く素の自分になって行ったが、それでも多少気弱な所があるが真面目で誠実な兄に感謝を忘れた事は無かった。父親はルーレイに見切りを付けて言葉を交わす事すら厭う様になったが、兄は口では厳しい事を言いながらも自分を見守ってくれていたとルーレイは感じていた。そもそも第二王子は第一王子のスペアであり、何かあったら自分が盾となる覚悟は固めていたのだ。それはルーレイの最後の王族としての矜持であった。
「あー・・・もうホントムリ。うへ~・・・」
その言葉を最後にルーレイの足から力が抜け、その場に崩れ落ちた。
「殿下!?」
「ルーレイ!!!」
『殺戮人形』と鍔迫り合いをするアルトが叫び、肩で息をするルーレイに襲い掛かる『殺戮人形』からルーレイを守ろうとルーファウスが咄嗟に覆い被さった。
「兄上!? 駄目だ!!!」
「死ね、ルーファウス!!!」
最早誰にも、悠であっても間に合わぬタイミングに全員の顔に隠しようも無い焦燥が浮かんだが、悠だけは感情を移さない顔でぽつりと呟いた。
「・・・これで少しは楽になるな」
悠の言葉を聞き咎めたバローの目に怒りの火が灯ったが、その口から出ようとした言葉は破砕音と聞き慣れた声に上書きされた。
「『双車輪』!!!」
背後の窓を突き破って中に突入して来た竜巻に巻き込まれた『殺戮人形』達が十重二十重に斬り刻まれてボトボトと周囲を汚す。
「・・・師よ、遅くなりまして申し訳御座いません。外の結界が思いの外強固で手間取りました」
「いや、犠牲が出る前に間に合ったのなら構わん。よく来てくれたな」
「勿体無いお言葉です」
律儀に頭を下げるシュルツは悠の労いを受け取ると僅かに付いた剣の血を振り払って『殺戮人形』達に突き付けた。
「拙者が参ったからには他の者に手出しなど許さん。貴様ら全員細切れにしてくれようぞ!」
もう少しでルーファウスとルーレイを討ち取れたはずであったディオスは地団駄を踏んで怒声を上げた。
「おのれっ、今一歩であったものをっ!! マッディ、『殺戮人形』をけしかけろ!!」
「御意に御座います」
だがこれは全くの悪手であった。シュルツはバローよりも多人数戦闘を得意としているのである。
取り囲まれたシュルツはグッと腰を捻ると『殺戮人形』を引き付けるだけ引き付け、そして溜めた力を一気に解放した。
「『車輪陣』!!」
軸にしている足の下にある絨毯から煙が上がる勢いで回転したシュルツの殺傷圏内に存在した『殺戮人形』が瞬時に解体されて絨毯の上にバラ撒かれた。
「得物は中々良い品を持っているが、無警戒で飛び込んで来るとは阿呆か? 斬ってくれと言わんばかりではないか」
詰まらないものを斬ったと言いたげにシュルツは蹂躙を開始し、空白が出来たアルトはルーレイに『治癒薬』を差し出した。
「殿下、今の内にお飲み下さい。もう大丈夫だとは思いますけどね?」
「あんがと、アルト。・・・でも兄上、無茶しないでよ。俺ちゃんが戦ってる意味無いじゃん!」
「馬鹿者、兄より先に死ぬ弟があるか!! ・・・まぁ、お前が無事で良かった・・・」
苦笑しあう兄弟の先では形勢の逆転した戦場が映っていた。
「シュルツが来てるんなら来てるって言えよな!! 思わず勘違いしちまったじゃねぇか!」
「貴様の修行が足りんのだ。戦場に居るからといって、目の前の状況だけに心を囚われるな」
「うぐっ、・・・ったく、どこまで修行すりゃ追い付けるのかね! っと」
悠と話ながらでもバローの剣に濁りは無かった。
シュルツが遊撃を担当する事で殲滅速度が上がり、戦いの天秤は再び悠達へと傾いていくのを目で感じ取ったディオスは今にも憤死しそうな顔色で怒鳴った。
「何故『双剣』がここに入ってこれるのだ!? 屋敷は結界で封鎖していたのではなかったのか、マッディ!!」
「さて、彼の者達は冒険者ギルドと懇意にしておりますから、ギルド長補佐のサロメ女史の力を借りたのではないでしょうか?」
淡々と答えるマッディの落ち着きぶりに、ディオスは怪訝な表情を向けた。
「どうしてお前はそんなに落ち着いていられるのだ、マッディ? 形勢が傾いた事が分からんのか?」
「助っ人が来たからと言って悲観する事は御座いませんよ。後続が居ないのは、彼の女史の魔法知識でも『双剣』一人を送り込むだけで精一杯だったに違いありません。それに、『殺戮人形』にはまだ底が御座います。奴らが疲弊仕切った所で仕上げの策をご覧に入れますので、どうぞご安心なさいませ」
薄く笑うマッディにディオスは正直背筋に冷たいものを感じ取ったが、感情を滅多に表さないマッディの言葉を信じて疑念を押し込めた。
「そ、そうか! うむうむ、その策とやらに期待しておるぞ!!」
「はい、ディオス様」
視線を前に戻したディオスを、マッディはまるで人形を見るかの様な熱の無い目で見ていた事にディオスが気付く事は無かった。




