6-22 X―DAY8
「我が野望破れたり、か・・・ククク、ハハハ、ハーッハッハッハッハ!!! 認めぬ!! 決して認めぬぞ!!!」
一瞬神妙な顔をしたディオスであったが、それはすぐに狂的な笑いに押し流されていった。
「・・・ならば逆らうか? マンドレイク!」
「逆らいましょう、逆らいましょうとも!! フェルゼニアスに! ミーノス王家に!! そして我が運命に!!! こうなれば実力で国を落とし、儂がこの国の王となりましょう!!! 今日がミーノス王家の落日、マンドレイク王家建国の日と知るがいい!!! マッディ、『殺戮人形』を全力稼働させろ!!!」
「御意」
マッディが懐から紫色の水晶球を取り出し魔力を注ぐと、生気の無い『殺戮人形』の目が一斉に紫色に輝いた。
「行け、『殺戮人形』よ。その力の全てを発揮せよ」
「・・・!」
マッディの命令を受けた『殺戮人形』達は武器を持たない貴族達から作った『殺戮人形』に白い槍を渡し、自らは腰の剣を抜刀した。その剣も槍と同様に白く輝いている。
まず手近に居たバローに『殺戮人形』が剣で斬り掛かった。
「さっきより早ぇ!?」
バローは咄嗟に剣を立ててその斬撃を防ごうとしたが、それを見たディオスの目に勝ち誇った笑みが浮かんだ。
「馬鹿め!! 冒険者風情が持っているナマクラで神鋼鉄の武器が防げると思ったか!!!」
「何だと!? うおっ!!!」
『殺戮人形』の白い剣が抵抗無く大きく弧を描いて振り切られた。
「ハハハ!!! 剣を合わせる事も出来なんだか!!! これでまずはひとりぃ!!!」
「バロー先生!?」
アルトが悲痛な叫びを上げ、その場に居る悠以外の者達もバローが倒れ伏す光景を幻視した。
・・・だがそれは全く逆の結果を伴っていた。
・・・ゴト。
絨毯の床であった為に乾いた金属音はしなかったが、切断された刀身が床に鈍い音とともに落ちていた。その刀身は白く輝く神鋼鉄であった。
「・・・あぁ、勿体ねぇ。突然だったから神鋼鉄を切っちまった。売れば一財産になりそうなのによ」
「流石は鋼神カロン。伝説に謳われていた金属を超えて見せたか、見事なり」
「一応切った俺の腕も褒めて欲しいんだけどなぁ・・・」
のんびりと語り合う悠とバローを見て今度こそディオスは本気で怒鳴りつけた。
「ば、ば、馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!!! せ、世界最硬たる神鋼鉄がなぜ冒険者などに断ち切られる!? 何故だああああああああああああッ!!!!!」
「信じられません・・・折れず曲がらずと謳われた神鋼鉄がこんなにあっさりと・・・!」
普段表情に乏しいマッディすらその輝く断面を見て背筋を寒くした。或いは未知の現象に出くわした研究者としての武者震いだったのかもしれない。
「残念ながらこっちにゃ鋼の神様が付いてるんでね。ワルーイ奴が使ってる神鋼鉄なんぞお許しにならないとさ」
「鋼の神・・・さてはカロンを連れ去ったのは貴様らであったか!!! おのれぇ、カロンさえおれば完全な神鋼鉄の武器を揃える事が出来たものを!!!」
「あらら、カロンにちょっかい掛けてた貴族ってコイツかよ。逃がしておいて良かったな、ユウ」
「結果論ではあるが、カロンを助けなかったらまた彼が国の陰謀に巻き込まれる所だったな。真龍鉄といい、世話になる。せめて土産にこいつらの武器に使われている神鋼鉄は頂いて行こう。カロンならば有効活用するだろう」
悠とバローの武器はカロンが己の身命を賭して鍛え上げた龍鉄を超える金属、真龍鉄であった事がディオスの最大の誤算であっただろう。単純な龍鉄であればダイダラスの鱗でようやく神鋼鉄と五分といった所だが、悠とバローの龍鉄は製法に手を加えた上、ダイダラスよりも上のランクのスフィーロの鱗が用いられているのである。更に表面を魔龍銀で加工し、切れ味が鈍る事も無い。単純な硬度だけで言えば、悠達の世界にも存在しない鉄の10倍以上という異常な金属となっている。ランクⅩ(テンス)の龍を素材にした龍鉄よりも硬いのだ。伝説の金属と言われる神鋼鉄の更に倍以上の金属を有しているとは、ディオスが如何に慎重であろうとも予測出来なかったに違いない。
「・・・で、神鋼鉄が切り札だったってんなら、これで俺達にゃ通用しないって事が分かった訳だが、まだやんのか?」
バローが剣を軽く振るうと『殺戮人形』の上半身と下半身が音も無く分断され、刀身の無い剣を持った上半身が床に転がった。
『堕天の粉』が万一効かなくても、30人から成る『殺戮人形』の部隊と同数の神鋼鉄の武器があれば確実に圧殺出来ると考えていたディオスの顔が土気色に染まった。足も震え、既に自分がしっかり立てているのかどうかすら分からなくなってしまっていた。
「儂の・・・儂の夢・・・儂の世界・・・」
崩れ落ちそうになるディオスだったが、それを精神的に支えたのは部下であるマッディであった。
「ディオス様、諦めるのはまだ早う御座います。見た所、奴らの未知の武器はあの前衛の2人だけ。他の者は神鋼鉄と打ち合えますまい。彼奴ら2人を足止めしてルーファウスとフェルゼニアスさえ殺せば、我らの勝利なのです。しかも今『殺戮人形』の数は倍に増え、肉体の能力はⅧ(エイス)の冒険者以上と言えるでしょう。それにご覧下さい、『殺戮人形』の本領を!」
マッディが示す方向にはバローに分断された『殺戮人形』があったのだが、マッディの紫水晶が光ったかと思うと、上半身が動き出し、両腕が下半身を掴んで切断面にべちゃりとくっ付けたのだ。そして何事も無かったかの様に立ち上がった。
「げぇ! こいつら不死身かよ!?」
「厄介な奴らだな。バロー、倒す時はバラバラにせねばならん様だ。まずは両腕を落とし、その後首と足を落とせ。動けないならば生きていても問題は無い」
「そ、そうだ!! 儂にはまだ『殺戮人形』がおる!! 行け! 奴らを殺せ!! 殺すのだ!!!」
目の前の出来事とマッディの言葉で気を取り直したディオスの言葉と同時に『殺戮人形』が悠達に殺到した。
「アルト! お前の武器は真龍鉄じゃねぇが、神鋼鉄よりも上だ! 相手の剣の腕前自体は大した事が無い。落ち着いて対処しながらローランと両殿下を守れ!!」
「はい! 了解です!!」
「ハリハリ、これ以上はローランと殿下、味方の貴族に危険が及ぶ。真の力を持ってアルトと共に背後の者達の守護を!」
「ヤハハ、ちょっと見た目が変わっちゃいますけど、迫害しないで下さいね!」
バローの指示でアルトが剣を構え、ハリハリが指から白石の指輪を抜き取った。
「アルト!! 右右!! いや、左からも!! 俺ちゃん死んじゃう?」
「させません!! やあっ!!」
アルトは素早く自分の甲に傷を付け、『勇気』を発動させて襲い掛かる2体の『殺戮人形』を斬り捨てた。
「ほう、あの速度で迫る敵を物ともしないとは、ローランは素晴らしい後継者を持ったね」
「アルトは我が家の成長株でね。ゆくゆくは英雄になるかもしれませんよ」
戦闘では役に立てないルーファウスとローランはアルトに命を託して朗らかな会話を交わしていた。実際は背中には冷たいものが流れていたが、だからといってパニックを起こしては足手まといになると承知した上で道化を演じているのであった。
「すっげーーーーー!!! アルトってばそんなに強かったの? なんか俺ちゃん立場が無いんだけど!?」
「っ、何とか斬れますが、流石にバラバラにする余裕はありません!! ルーレイ殿下もサポートをお願いします!」
「まっかせてーーーーー!!! 動きを鈍らせるんならこれだっ!! ルーレイが奉る。氷の蔦よ、我が敵を縛めよ!!」
負けはしないが数が多過ぎて分断を実行出来ないアルトに頼られたルーレイが『氷蔦』の魔法で周囲の『殺戮人形』を絡め取った。
「・・・あのー、エルフがここに居ますよー。・・・ヤハ、誰も突っ込んでくれないとワタクシ悲しいです。えい」
目前まで迫った『殺戮人形』を前に嘆くハリハリの前に瞬時にして石の壁が持ち上がり、構わず殺到した『殺戮人形』が壁に体当たりをした瞬間、石の壁から石筍が伸び、『殺戮人形』を縫い止めた。
「・・・えっ!? あ、アルト!! え、エルフが居る!!! 何かハチャメチャな速さで魔法使ってるよーーー!?」
「えーと、あのエルフさんはいいエルフさんなので気にしないで下さい」
「知り合い!? 知り合いなの!? しょ、紹介して!! 俺ちゃん魔法の話したい!!!」
「後でお願いします!!! 今は生き残らないと!!!」
魔法を見てようやくエルフであるハリハリの存在に気が付いたルーレイが色めき立ったが、それどころでは無いのでアルトは問題を先送りにした。
「・・・いや、ある意味マンドレイクの謀反と同じくらいとんでもない事じゃないのかな、ローラン?」
「ルーファウス、目の前の小さな事に気を取られるのが君の悪い所だと思うよ? まずはウチの子が言っている様に生き残ってからにしないと」
「そうかな? ・・・いや、そうかな!?」
エルフが人間社会に混じっているというのはルーファウスに取ってはかなり大事に思えたのだが、ローランの強引な話題のすり替えに唸って考え込んでしまった。
「我も助勢を・・・!」
「来るな。ベルトルーゼの装備では神鋼鉄の攻撃は受けられん。それよりも後ろで寝ている貴族達を纏めておいてくれ。広がっていては守り切れん」
「舐めるな!!! 貴様らに出来て騎士団長たる我に出来ぬはずが無い!!」
悠の制止を振り切ったベルトルーゼが突出し、盾を突き出して『殺戮人形』を弾き飛ばそうとした。だが、それに合わせて相手から突き込まれた剣はまるで薄紙の様にベルトルーゼの盾を貫通しその身に迫った。
「あっ!?」
逸らすくらいは出来るはずだというベルトルーゼの思惑は外れ、最早回避も出来ない剣先を見てベルトルーゼは思わず目を閉じた。
(なんと不甲斐無い! ・・・殿下の御身をお守りするどころか、自分が一番最初に死ぬ事になろうとは・・・! 殿下、どうぞご無事でぇっ!?)
ルーファウスとルーレイの事を案じながら覚悟を決めていたベルトルーゼの体に急激なGが掛かり、一瞬天地を見失い、何事かと思って目を開けるとそこにはベルトルーゼを反転させ、その腰を抱く悠の姿があった。その時の2人はパーティー会場である事と正装である事も手伝い、まるでタンゴの一場面であるかの様に見つめ合った。
「な、な、な」
「人の話は聞け。相手の攻撃を受け止める騎士の戦い方では死ぬと言っている。出来る事をするのがこの場で最も生存率を上げると知れ」
瞬間的な言語障害に陥ったベルトルーゼの露出した肌が真っ赤に染まったが、幸いな事に顔は兜で覆っている為に見えず、今ほどベルトルーゼは兜を付けていて良かったと思った事は無かった。
「行け、俺の踊る相手は別に居る。死ぬなよ」
そう言ってベルトルーゼを解放した悠は振り向きもせずに『殺戮人形』の集団へと飛び込んでいった。
(何という無礼な男だ!!! わ、我の肌に許可無く触れるなど許せん!!! くそっ、怒りの余り体が熱い!!! この落とし前は後で必ず付けさせてやるからな、ユウ!!!)
「言われるまでも無い!!!」
様々な混じり合う感情を怒りであると一括りにして、ベルトルーゼは貴族達の方へと走って行ったのだった。
戦闘開始です。ベルトルーゼが足を引っ張ってますが、相性の問題なので仕方ありません。逆にルーレイは魔法なのでサポートに徹すれば強い相手でもそこそこ戦えます。
最後の部分の悠は若干恰好を付け過ぎたかもしれません(笑)
言っている事に色気は無いんですが。




