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6-20 X―DAY6

アランとカーライルが睨み合いをしている頃、王都のマンドレイク公爵家も混乱の極みにあった。


「な、なんだこれは!? おい、早くここから出せ!!」


「アナタ!! どこに居るの!?」


「こ、ここまで広範囲では個人の風魔法では制御出来ん!!」


「どうして単なる窓が破れないんだ!? まさか結界・・・!」


まだ部屋に紫色の煙が湧いて出られないという状況になっただけなのだが、貴族達はこの世の終わりでも来たかのような騒ぎっぷりであった。護衛達は多少マシだが、貴族達のパニックに巻き込まれて冷静さを失いつつある。


「やれやれ、実際の戦場から離れ過ぎて平和ボケしてるね。これでは他国と戦争になったらどうなってしまうのか、先が思いやられるよ」


「マンドレイクも混乱している振りをしているな。私も君らが居なければ騙されていたかもしれん名演だ。役者にでもなれば良かったものを」


「アルト、俺ちゃんの後ろから動かないでね~。こんな煙くらい、俺ちゃんの魔法でちょちょーっと弾いちゃうから!」


「はい、殿下」


対してルーレイ以外の第一王子派は落ち着いたものだ。事前に予見していた事であったし、備えも怠っていないのだから。ルーレイにしてもアルトにいい所を見せようと張り切っているだけで、その顔に悲壮感は見られない。


「ふーん・・・初手で逃げ道を塞いで纏めて毒殺か? ちょっとそれじゃ芸がねぇな」


「違うな、あの煙は非致死性のようだ。ドア近くの兵士が吸い込んで倒れているが、呼吸はしっかりしている。睡眠ガスの類だろう」


「見聞きした事がありませんね。ミーノスの新兵器ですか?」


ハリハリがミーノスの面々に尋ねたが、揃って首を振った。


「いや、あの様な物が開発されていたとは聞いておらぬ」


「私も知らないね。何か知ってるかい、騎士団長殿?」


「いいえ、私も知りませぬ・・・おい、緊急事態ゆえこの場は私が指揮を取る! 従って貰うぞ!」


「「「はっ!」」」


ベルトルーゼは話を聞いている内に動揺から立ち直り、ルーファウスの護衛や他の貴族達の護衛に付いている者達を掌握しようと声を掛けたが、悠達だけはそちらに目もくれずに状況の推移を見守りながら推察に努めていた。


「眠らせてからどうする気だと思う?」


「全員身動きが出来なくなった所で何者かが入って来てルーファウス殿下とフェルゼニアス公を含めて適当に殺して回る気ではないかと思う。これなら誰にも見られぬし、マンドレイクは自らが死んでいなくても言い訳が立つ。その後素性も分からぬ犯罪者をでっち上げで口を封じれば一応忠臣としての面目は保てよう。ルーレイ殿下だけは守り通したとでも喧伝するだろう」


「中々悪知恵が回りますね。致死性の毒では自分も危ないからこその睡眠ガスですか。・・・と、そろそろこちらも危ないですよ?」


そんな様子を見てベルトルーゼが怒声を上げた。


「貴様らは何を呑気にしているのだ!? 早く私の指示に従って行動しろ!!」


「断る」


「すいません、風魔法の制御でそれどころではありませんので」


「俺は顔を隠してる女の言う事はぜってー聞かねぇ事にしてんだ。文句があるなら殿下かフェルゼニアス公に言えよ。俺達は独自で動く権限を認められてるんだからな」


だが、返って来たのはまるで誠意の無い拒絶であった。その言葉に殺気立つベルトルーゼをさらりと無視して周囲を見ると、煙を吸って倒れ伏す貴族達が量産され始めていた。


「どうします? カグラ殿ならこの部屋全ての大気を操って濾過する事だって出来るでしょうが、今の私の魔法では後10分ほどで浸食されてしまいます。ルーレイ殿下はどうですか?」


「余裕のよっちゃん!! ・・・て言いたい所だけど、こんなに長時間制御する機会なんて無かったし、俺ちゃんも後10分くらいでバタンキュー。てかアンタハリハリって言ったっけ? 俺ちゃんと同じくらいもたせられるなんて凄くね? 逆説的に俺ちゃんも凄くね?」


「ヤハハ、風魔法は得意なのです。しかし、このままではジリ貧ですね」


今や会場内の8割方の者達は煙を吸って倒れているという有様であった。その中にはマンドレイクも含まれており、統率する者の居ない残された貴族達は辛うじて防いでいる悠達の下へと避難して来ていた。


「わ、私も結界の中に入れてくれ!! 今後はルーファウス殿下に忠誠を誓うから!!」


「私もだ!! おい、早く中に入れぬか!! この冒険者風情が!!!」


「で、殿下!! 私は最初から殿下に忠誠を捧げておりました!! マンドレイクに協力していたのは獅子身中の虫となるためであり・・・」


どうやら一時の安全の為に鞍替えする事に決めた貴族達が口々にルーファウスへの忠誠を口にしたが、ルーファウスは王族の仮面を被って冷淡に答えた。


「そこまで言うのなら結界の外で私に忠誠を示してみよ。無理矢理押し入って私の身を危険に晒すよりも、真に忠臣であれば潔くその身を晒すものであろう。幸い、あの煙は致死性の物では無い。忠節を見せた者には後ほどの仕置きは考慮しようではないか」


もっともな言い分であったが、それは今現在の保身しか頭に無い貴族達の激発を誘う事になってしまった。


「あまりと言えばあまりの言い草!! 構わぬ、皆の者、押し入るぞ!!」


「わ、私が先だ!! 私は侯爵なのだぞ!!!」


「こんな時に爵位など関係あるか!!! どけ!! 老いぼれはサッサとくたばってしまえ!!!」


暴徒と化した貴族達が結界に押し寄せ、その圧迫力に結界が悲鳴を上げた。


「あー・・・これはダメです。物理的に押し込まれたら大気の制御では防ぎ切れません」


「うー!! 俺ちゃんももうげんかーい!!!」


「殿下、頑張って下さい!!」


「!! うん!!! 俺ちゃんもうちょっと頑張る!!! ・・・けど、駄目だったらごめんちょ!!」


「やれやれ、これまでか。辞世の言葉を遺す間もない」


「仕方無かろう、・・・いや、仕方無いよ、ここまで貴族を脆弱にしたこの国の方針が間違っていたんだ。運命は運命として受け入れるさ」


制御を担当していたハリハリとルーレイが匙を投げ、アルトはそれを励まし、ローランが未練を口にし、ルーファウスが口調を取り繕う事を止めて諦観を露わにした。


「豪華な服を着て王侯貴族とおネンネか。寝るのは女とベッドの上だけにしておきたいモンだったが」


「理性を失った獣共に言葉は通じん。こうなるのも必然だな」


「何を負け犬の様な事をほざいている!! ええい、貴様ら離れろ!!! 王室への畏敬の念を忘れた大馬鹿者共がっ!!!」


ベルトルーゼが群がる貴族達に吼えたが、命がけの者達を押し止める事は出来ずに遂に結界の崩壊を招いてしまった。


悠達の一角を除き部屋に充満していた紫煙は瞬く間に悠達を飲み込んで行ったのであった。

二正面作戦で書いているので若干展開を早くしています。もう少し進めたらまたフェルゼンに戻ります。

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