6-19 X―DAY5
ほぼ同時刻、フェルゼン郊外。
フェルゼンにほど近い平野に、様々な家紋の旗が夜風に翻っていた。そこから街道へと移動し縦列で行進する者達は皆一様に兵装に身を包んでおり、物々しい雰囲気を辺りに振り撒いている。その数は2000人は超えているのではないだろうか、軍靴の音が冷たい冬の空に高らかに響き渡っていた。
やがて行進はフェルゼンへと達し、それを見咎めた門番の兵士が一人、内部へと報告に走った。
その間にも兵装の一行――むしろ軍と称する方が適当である――はフェルゼンに肉薄し、門まで数十メートルという至近距離で停止し、軍の先頭に立つ人物が歩み出る。
「我ら諸侯連合軍、そして私は責任者のカーライル・サリンガンである!! 責任者はおられるか!?」
朗々と定型句を述べるのはマンドレイク公爵の腹心にして次期侯爵であるカーライルであった。そしてそれに答える声がフェルゼン側から上がる。
「こんな時刻に何用か!? 私はフェルゼン警備隊長のシロンである!!」
「用向きは貴殿に伝える義務は無い!! 粛々と門を開き通行を許可されたし!!」
「お断り申し上げる!! 我が職責は街への不穏な輩を排除する事にある!!」
「ならば押し通るしか無いが、返答や如何!?」
カーライルに対して一歩も退かぬ構えのシロンであったが、これだけの人数を前にしては些かならず分が悪い。それでも無頼漢をそのまま通す事はシロンの殉職精神が許さず、両者の間に緊張感が満ちる。
「お待ち下さい!!」
その両者の間に新しい声が割り込んだ。
「不在のフェルゼニアス公に代わり、お話は私が承りましょう。私はフェルゼニアス家執事長のアランと申します。公不在の時はこの街の雑事を司っておりますゆえ」
大きくは無いが、通りの良い声を聞いてカーライルの視線がアランへと移った。
「我らの要求は一つ、フェルゼニアス本宅の捜索である!! 代理人であれば頭を垂れて受け入れられたし!!」
カーライルは執事長と名乗るアランの服装が執事服では無く、簡易な兵装であると気付き冷笑交じりに声を張り上げた。
アランは体の動きを妨げない、ゆったりとした上下を身に着けており、額にはフェルゼニアス家の家紋が染め抜かれた鉢金を巻いている。その服装を見てもカーライルには年寄りが無理をしている様にしか思えなかった。
「どの様な理由を持って当家に押し入るおつもりか? まずはそれを提示して頂かなくてはお通しする訳には参りません!」
「ならば伝えよう!! 心して拝聴するがいい!!」
理由を告げねば通さぬというアランの発言に、カーライルは芝居がかった仕草で隣に控える秘書官らしき男から一枚の書状を受け取って読み上げた。
「告! ローラン・フェルゼニアス公爵に謀反の疑いあり!! 同公爵は臣にあるまじき邪心を抱き、国家転覆を企てた容疑により捕縛、同公爵の本宅を捜索せよとの命令書だ!! この命令書は第二王子ルーレイ殿下の名に置いて発せられておる!!! これ以上疑惑を大きくしたくないのであれば、我々を受け入れよ!!!」
勝利者の顔でカーライルは書状をアランに突き付けた。アランはそれを一読し、変わらぬ口調でカーライルに告げる。
「殿下を軽んずる訳ではありませんが、未だ国政に携わっていないルーレイ殿下のご署名で唯々諾々と受け入れる訳には参りませんな。せめて第一王子であらせられるルーファウス殿下の名において発せられた命令書をお持ち下さい」
口調だけは慇懃だが、全く取り付く島も無いアランの言葉にカーライルの顔が怒りに歪んだ。
「お、王族の名で発せられた命令を拒絶すると言うのか!? この一事だけでも万死に値するぞ!!!」
「何と言われようともフェルゼニアス公に代わってフェルゼンを預かる我が身、不逞の輩を公不在の現状で、しかも確かならぬ命令などでお通しする事は出来ません。お引き取りを」
予定調和の芝居口調が崩れ素で怒鳴るカーライルに比べ、アランはまるで普段と変わらぬ様に涼やかに答えた。視線の温度は更に低く、カーライルの乏しい精神力を浪費させる。
「・・・そこまで言われるからには、どうなろうと覚悟は出来ておいででしょうな? 街や民、そして何より留守を守るフェルゼニアス公の奥方、そしてその乳飲み子に至るまで戦火の類が及ぶやもしれませぬが、その覚悟がお有りか!?」
カーライルは最後通牒のつもりで危険を仄めかしたが、アランの返答は変わらなかった。いや、最早侮蔑の意図を隠そうともしなかった。
「権が通じぬとあれば剣を持って恫喝する。まさに下種の所業と言えましょうな。しかも個人の勇を持ってでは無く数を持ってとは。流石冒険者ギルドで一冒険者に叩きのめされる御仁は言う事が一味違います。私を笑い死にさせるのが貴殿の計略でしたか?」
「なっ!? 何だとっ!!!」
アランの痛罵はカーライルの自尊心の最も痛い部分を強かに突き、カーライルは激怒と共に剣の柄に手を掛けた。
「生まれてからこの方、ここまで無礼な言葉を浴びせられた事など一度としてありはせん!! 一体フェルゼニアス公は配下にどの様な教育をしているのだ!!」
「痛い所を突かれたからと言ってすぐに激発する様では、とてもではありませんが侯爵家の当主など務まりませんよ、お坊ちゃん。悪い事は言いません、もう一度徳の高い方から再教育をお受け下さい。多少知恵が回るからと狡猾な大人達に背伸びをしてみても、足元を掬われるのがオチで御座います」
知能が高いだけの馬鹿な子供扱いを受けてカーライルは手に掛けた剣を抜き放った。
「そこまでにして貰おう!! やはり殿下のご心配は的を射ていた様だ!! これより我らは強制的に街に入らせて貰うぞ!!!」
「だから貴殿は青いと言うのです。私がただぼんやりと実りの無い会話を続けたと本気でお思いか?」
そう言ってアランが手を上げると、城門の上に一斉に兵士達が顔を出し、弓に魔法に投石にと、あらゆる手段でカーライルと軍に狙いを付けた。
「こ、これはいつの間に!?」
「貴殿がぼんやりと年寄りの長話に付き合っている間にで御座いますよ。私の隣に居た警備隊長のシロンが城内へ戻った事も貴殿はお気付きでは無かったご様子ですが・・・」
そう言われて周囲を見回したカーライルの目にシロンの姿はどこにも見つけられず、ようやく見つけた場所は城門の上で攻撃命令を待つ姿であった。
「さて、あくまでも押し通ると申されるならば、この老骨の身と引き換えにそちらのお命も頂きます。私はもう十分に生きましたのでね。返答や如何!?」
自分の突き付けた言葉をそのまま返されて、カーライルとアランは言葉も無く睨み合い続けた。
アラン対カーライル。戦闘能力的にも精神力的にも策士としてもアランが上ですが、権力ではカーライルが勝ります。この状況下ではあまり意味が無いですが。




