6-17 X―DAY3
柔らかな態度の中にも棘を隠そうとしないローランの態度にディオスは不敵に笑い掛けた。
「久しいな、フェルゼニアス公、これはまた随分とご丁寧な事だ。ご子息も母君に似てお美しくなられたな?」
「ええ、私とミレニアの愛の結晶でありますのでね。男で良かったですよ。娘であればとてもマンドレイク公の前には出せない所でした」
ディオスが「母君に似て」を強調してローランを当て擦ると、ローランも「私とミレニアの」を強調してやり返した。更にディオスの好色を陰に貶している。お前の様な好色爺の前に娘であれば出す事は出来なかったと。
一歩も退かない両者であったが、その隣から湧いて出た人物が空気も読まずに割り込んで来た。
「ふ、フェルゼニアス公! 父上に向かって些か言葉が過ぎるのではないかな!?」
「・・・おっと、これはこれは、いらしたのですね、タルマイオス殿。余りにもマンドレイク公が存在感が巨大で気が付きませんでした、失敬」
「な・・・! お、おのれぇ・・・!?」
ローランに揶揄されて顔を赤く染める、ディオスのよく似た小太りの男こそディオスの息子であるタルマイオス・マンドレイク次期公爵である。ローランと同い年の為に何かと比較されがちであるが、体重以外でローランに勝る所が何も無いというのが一般の認識である。
事実ローランの「偉大な父親の影に隠れる小物の息子」という趣旨の発言一つで冷静さを失い、今にも掴みかかりそうな顔でローランを睨みつけていたが、当のローランは涼しいというには若干温度の低い視線でそれを受け流していた。
「控えよタルマイオス、フェルゼニアス公は今宵の賓客であるぞ!」
「ち、父上・・・も、申し訳ありません・・・」
「いえいえ、気にしていませんとも」
タルマイオスはディオスに謝ったつもりであったが、その対象を自分であったかの様に振る舞うローランに再び殺気に近い物が目に宿った。だが、この場合確かに謝るべきはローランに対してであるので表立っては何も言う事が出来なかった。
周囲に居る貴族などはとばっちりを恐れて声を出せないのだから、度胸だけはあるのかもしれない。もしくはただ空気が読めないだけかもしれないが。
「タルマイオス、お前は今日はどうも調子が良くない様だ。自室に下がってよいぞ」
「・・・っ! し、失礼致します、父上」
半強制的に帰らされたタルマイオスが最後に憎悪を込めた視線をローランとアルトに送ったが、ローランは冷笑を崩さず、アルトも実力の伴わない悪意に恐れ入る様な柔な毎日を送って来た訳では無いので何の効果も上げられなかった。
「ご子息は体調がよろしくないのですね。同窓として、是非ご自愛する様にお伝え下さい」
「ご厚意痛み入る。・・・ところでそちらが今最も優れた冒険者であると噂の『戦塵』のユウ殿とバロー殿かな?」
息子の話では分が悪いと見たディオスが話題を悠とバローへとチェンジして来た。
「ええ、流石にお耳が早い。彼らには『黒狼騒動』の時から助けられっぱなしでして。今私がこの場にあるのも彼らが居ればこそです。何者が襲って来ようとも、彼らが居れば何の心配も御座いません」
「ほほう、フェルゼニアス公がそこまで仰るか。しかし、『戦塵』の3大戦力の一人たる『双剣』シュルツ殿は如何されたか? もう一方は『勇者の歌い手』と評判のハリハリ殿とお見受けするが?」
探りを入れて来るディオスにローランは笑って答えた。
「ハハハ、まさか敵地でもありませんのに、全員を連れて歩くというのは些か小心の度が過ぎると言うもの。このユウとバローが居れば何の憂いも御座いません。ハリハリは他の楽士の演奏が気になると言うので頭数を合わせるのに連れて来ただけですよ」
「今宵は勉強させて頂きます、ハイ」
気障な仕草で腰を折るハリハリにディオスが鷹揚に頷いた。
「左様か。当方の楽団は王家の吹奏隊にも引けを取らぬと自負しておりますのでな、存分に楽しまれると良い・・・と、失礼、殿下がいらした様だ」
ディオスの耳にルーファウスが来場した事が告げられると、とりあえず第一ラウンドは様子見として終了したのだった。
「あー・・・肩凝った。サッサと終わらせて酒飲んで女でも抱きに行きてぇ・・・」
「もうしばらく我慢してくれ。終わったら酒くらいは奢るよ。・・・やあ、これはこれはソートン侯爵」
薄い笑みを崩さずに小声で愚痴るバローをローランも小声で労い、近くに来た自分の派閥の者と話し始めた。この辺りの手腕はやはり公爵の看板が為せる技なのかもしれない。
自身の派閥の者のみならず、ローランやアルトに話し掛けたそうにしている女性は数多く居たのだが、ローランは巧みに話す相手を変えてそれを受け流し、その様な手練手管を知らないアルトは悠にぴったりと寄り添ってその魔の手から逃れていた。
「何なのよ、あの大男は! アルト様に近付けないじゃない!!」
「・・・でも、あの殿方、確かユウ様と仰っていましたけど、まるで穏やかな狼の様では御座いません?」
「ええ・・・まるで我が子を守る親の様ですわ・・・ちょっと素敵・・・」
「噂ではアルト様の武術の家庭教師をされているとか。だからでしょうか、アルト様、あんなに安らいだ目でユウ様をお見つめになって・・・やだわ、私、あのお2人を見ていると胸が高鳴って参りました・・・」
「貴方もですの? じ、実は私も先ほどから動悸が止まりませんの・・・」
「そのお気持ちは分かりますわ! だって、アルト様ったら、あんなにお美しいんですもの。例えお相手が男性でも・・・」
女性陣にあらぬ疑いを掛けられている2人が話している内容が聞こえたらきっと女性陣は嘆き悲しんだに違いない。
「ユウ先生、やっぱり料理はケイさんの方が美味しいですね」
「恵は料理上手だからな。ここの物もまぁまぁだが、肉の火の通し加減が甘い。これでは肉汁が流れ出てしまうではないか」
「ちょっと塩や香草も強いですね。香辛料を多く使えるっていうのは貴族の裕福さを表す物ですが、それで味が悪くなってしまっては意味が無いと思うんです」
「料理は見栄で作る物では無いといういい証拠だな」
この様に、もっぱら料理の批評に明け暮れていたのだった。
そんな2人の下に徐々に動線を操って近づいて来たローランが合流した。
「色気の無い話をしているね、ユウ、アルト。殿下をお連れしたよ」
そんなローランの後ろにはルーファウスの姿があった。
「楽しんでおるかな?」
「はい、殿下。・・・もっとも、楽しくなるのはこの後でしょうが・・・」
「うむ。・・・派閥の者には何かあったらフェルゼニアス公の下に集まれと密かに伝えてある。事起これば存分に働かれよ」
「御意」
ローランもただ漫然と世間話をしていた訳では無く、それとなく注意を促していたのだ。派閥の者と話していてもそれはごく自然な事であるので特に注意は引かなかった。
「もうしばらくしたら何らかの行動に出るだろう。それまでは自然体で振る舞って・・・」
と、そこに予想だにしない人物の来場が使用人によって発せられた。
「る、ルーレイ殿下ご来場!!」
この声には会場中の人間が呆気に取られていた。今回参加する王族はルーファウスだけであるというのが会場の貴族達の認識であったし、それはローランやディオスさえもそう認識していたのだ。現にその来場を見てローランもディオスも咄嗟に反応する事が出来なかった。
「な、何故ルーレイが来る!?」
それはルーファウスも同様だったらしく、ローランに知っている事は無いかと目を向けたが、ローランも首を横に振るしかない。まさかこれが計略の一部なのではと勘繰った2人だったが、正装して入って来たルーレイは会場を見回し、開口一番こう言ってのけた。
「あ!!! アルトみーーーーーっけ!!!」
これ以上嬉しい事が無いと言った様子のルーレイを見て、ローランとルーファウスは隠しようも無い頭痛を覚えたのだった。
100年の大計も、空気を読まない人間が一人居るだけで歯車がガタガタになってしまうという例です。




