6-15 X―DAY1
運命の朝が来る。恐らく大多数のこの国の人間はそうとは知らぬままに迎えるであろう朝である。
そんな朝であろとも悠の日課には変わりが無かった。朝の5時には起床し、まだ暗い王都を駆けている。
「今日くらいは別にやんなくてもいいんじゃねぇのか?」
「別に他にやらなければならない事がある訳でも無い。普段通りの心で臨む事が肝要だ」
「金言です、師よ」
そんな悠に付いて行くのは当然バローとシュルツである。ハリハリは宿で留守番をしていた。
愚痴を洩らしながらもバローの足取りにも呼吸にも不安は見られなかった。この一年で成長したのは子供達ばかりでは無いのだ。
「結局、目新しい情報もねぇし、このまま本番に雪崩れ込むのかねぇ」
「出来る限りの対策は施してある。相手がこの王都ごと吹き飛ばす様な自爆戦術でも取られん限りはどうとでもなろう」
「・・・どんな想定だよ。んな事したら統治する国自体が無くなっちまうだろうが・・・」
「俺が相手にして来た連中はその程度は厭わない者達だったのでな」
高位の龍ともなればその破壊力は筆舌に尽くし難い。仗の相棒であるミドガルドの様に広範囲殲滅を得意とする龍であれば、死ぬ気で火力を振り絞れば都市であろうと壊滅させる事も不可能では無いのだ。
《む・・・異界の同胞はそれほどまでに強いのか・・・》
「しかもⅧ(エイス)以上の龍は稀に転移能力すら有していたからな。経験豊富な『竜騎士』達が何人も討ち取られた。こちらのドラゴンは正面から挑んで来る分、マシな相手だ」
「・・・なんかこっちのドラゴンが可愛く思えて来やがるな・・・」
戦闘能力の格差にバローが溜息を洩らした。
「それはそうと、レイラはまだ起きねぇのか? あのおっかない姐さんがいりゃ、相手がドラゴンだろうと何だろうと楽勝なんだけどよ?」
「まだ目覚めんな。レイラが『竜ノ微睡』の後の低位活動モードから復帰するのに、以前は10日前後掛かった。強化された現状でも最低5日は掛かろう」
「全部終わった後かよ・・・。あっ、そうだ! ユウ、今だけそのスフィーロで変身すりゃいいじゃねぇか! そいつも竜器とかいうのになってんなら当然・・・」
《何故我がそんな事に手を貸さねばならん。却下だ》
いい事を思い付いたと提案したバローの言葉をスフィーロがバッサリと切り捨てた。
「んだよ! 今は協力するって言ったじゃねぇか!!」
《我が協力するのはあくまでサイサリスの説得だ。そもそも、我は『竜騎士』とやらになる方法も知らぬ》
「バロー、契約もしていない竜器はただの喋る装飾品に過ぎん。それに契約の仕方も知らないのでは『竜騎士』化など不可能だ。一時的な仮契約を持って竜器を武器化する事は出来ようが、俺には武器は必要無い」
スフィーロと悠の両方に却下され、バローは自分の案を諦めた。
「チッ、せめて『再生』だけでも使えれば楽になんのによ」
「師よ、こやつの言う事は短絡的ではありますが、此度の戦では周囲にも被害が出るやもしれません。いくらかでも備えをしておくべきかと存じます」
バローとシュルツの言葉に理を感じた悠は自らの指に嵌る白い指輪を示しながら言った。
「この様な魔道具を用意すべきだな。王都なればフェルゼンより良い品があるかもしれん。『治癒薬』も買い足さねばならんな」
この指輪は回復の魔法が込められた、女性陣からのプレゼントである。尚、当然ながらバローの分は無い。
「無いよりましか。後でハリハリを連れて行こうぜ。あいつなら目も利くだろ」
「ギルドに寄ってエリーに店を尋ねてみるか。今日はこのまま宿まで走って上がるぞ」
そのまま悠達は風の如く朝の王都を駆け戻ったのだった。
「う~ん・・・正直あまり質がいいとは言えませんね。これなら『治癒薬』の方がマシです」
ハリハリの歯に衣を着せない感想に店主の顔が赤くなった。
「し、しかし此方の品々は一般的な使い捨て魔道具としてはかなりの良品で御座います!」
「それは分かります。しかし、これだと深い傷の応急処置にも足りないのも事実でしょう?」
「それは、まぁ・・・」
渋々とであるが店主は認めざるを得なかった。元より魔道具の魔法の効果はその使い手より数段劣る上に『回復』は大して効果の高い魔法では無いのだ。悠の使う『簡易治癒』の方が効果が高いくらいであるが、レイラが居ない今、悠はそれすら使う事が出来ないのだ。
「エリーの推薦がここだったという事は、王都にこれ以上の店はあるまい」
「そうだな、ねぇもんはしょうがねぇ。帰ろうぜ」
「ん~~~・・・あっ、それなら魔法がまだ込められていない、素体の状態の物はありませんか!?」
諦め掛けた悠達を制してハリハリが尋ねると、店主は顔を青くした。
「じ、冗談は止めて下さい!! そんなものを売ったら私が爪弾きにされてしまいます!!」
店主が青くなったのには理由があり、魔道具を制作・販売するに当たっては厳しい線引きが為されていて、こちらの様に販売を担っている店は直接制作してはおらず、素体の指輪を仕入れ、それを魔道具の職人組織に卸し、込める魔法を依頼し、職人はそれに沿った魔道具を作成するという些か面倒なプロセスが設けられている。だが、これによって安定した需要と供給に応え、更に粗悪品を排除し自分達の利益も守れる構造になっているのだ。魔石があれば素体は作れる為に露店などでも購入は出来るが、その際の品質にはバラツキがあり、それは買った者の自己責任であるので信用度は低い。
「それは商売仁義に反します。うちで素体が買えるなんて噂が広まったら、一時のお金にはなるでしょうが、結局はそれ以降素体を購入出来ずに先細ってしまいます!」
「それは重々承知しています。ですので、3つだけお願い出来ませんか? こちらとしても緊急でどうしても必要なのです。ご存知かと思いますがワタクシ達はⅧ(エイス)の冒険者パーティー『戦塵』の者です。ギルド長のコロッサス殿とも懇意ですし、貴族であらせられるフェルゼニアス公とも親しくさせて頂いています。以後この様な横紙破りは致しませんので、今回だけお願い出来ないでしょうか?」
「う、ん~~~~~・・・」
それでも尚渋る店主に、店内を見回していたバローが声を掛けた。
「・・・ところでメロウズさんは最近どうしてる?」
その一言に対する反応はコロッサスやローランの名を出した時よりも激烈であった。
「い、一体何の事で御座いましょうか!?」
「とぼけなさんなよ。よく見ると店の看板に月の意匠が彫り込んであるじゃないか。これでも俺達はメロウズさんとも親しくてね。知ってるぜ、メロウズさんのファミリーと関係がある所にはコッソリ月の意匠が彫り込んである事くらいはな」
バローはただぼんやりと店内を見ていたのでは無く、交渉の糸口になりそうな物を探していたのだ。多分にハッタリが含まれてはいたが、図星を指された店主は青くなって懇願した。
「あ、あまり大きな声で言わないで下さい! 確かにメロウズさんには大変お世話になっていますが、うちの店は後ろ暗い商売をしている訳ではありません!」
小声で話す店主の肩に手を置いて、バローは如何にも人の良さそうな笑顔で語り掛けた。
「分かってる、分かってるさ。・・・でもこれで俺達がメロウズさんとも親しいって分かっただろ? ここでアンタが気を利かせてくれりゃ、俺もメロウズさんに礼の一つでも渡したくなるってのが人情ってモンだ。そうすりゃアンタの覚えも良くなるだろうな? 俺達は買えて嬉しい、メロウズさんは謝礼が入って嬉しい、アンタは金になる上メロウズさんに感謝されて嬉しい。さて、一体誰が損をするのかな?」
バローの巧みな交渉に遂に店主は折れた。
「・・・はぁ、分かりました、お売りしますからもう勘弁して下さいよ・・・」
「話が分かる奴は助かるぜ。無理を言った分、元値の3倍払わせて貰うからよ」
「2倍で結構です。その代わり、ちゃんとメロウズさんに話を通して下さい。私も突然店じまいなんてゴメンですから」
「中々言うね、アンタも。任せときな」
吹っ切れたのか居直ったのかは定かでは無いが、店主も状況を良くする努力をする気になったらしく、バローは笑顔で請け負い、品物を受け取って店を後にしたのだった。
「ありがとう御座います、バロー殿。まるで手練れの詐欺師の様でしたよ?」
「もっと他に言いようがあるだろうが!!」
「ヤハハ、物はちゃんと仕上げますよ、時間までに」
こうして魔道具の素体を手に入れたハリハリは宿の部屋で作業をすると言って別れ、日が傾いた後に合流してローランの屋敷へと向かったのだった。




