6-12 会食6
「すっかり長居をしてしまいまして失礼致しました」
「なに、構わぬよ。フェルゼニアス公であればいつでも歓迎する」
「では殿下、我々はこれにて・・・バロー」
「・・・分かってる、今角を曲がった・・・ユウッ!」
「シッ!」
別れの言葉を交わしている最中だというのに、悠はバローの合図で両手を一閃させ、バローは跳躍しながら腰の剣を抜き放った。
「わったった!?」
すると、何も無い空間から確かに声が上がり、その声を聞いたバローの剣が声の主の数センチ先で止まった。
「ん~? 賊にしちゃ間抜けな声だな? 何モンだ?」
バローが剣をそのままに問い掛けると、何も無い様に見えてその実微妙に歪んだ空間から若い・・・というかまだ若干あどけない男の子が出現した。
「ちぇー。やっぱしまだまだ甘々ちゃんか~。あ、兄上だ。助けてちょー」
「・・・ルーレイ、お前は一体こんな夜遅くに何をしているのだ・・・」
「ヒヒヒ。新しい魔法の実験をちょろんとね? でもダメダメだよ~、この人ら気配で俺ちゃんの事に気付いちゃうんだもん!」
プンプンと口で言うルーレイにルーファウスは呆れた声のまま悠とバローを制した。
「あー、済まぬ、それは我が愚弟ルーレイだ。非礼は許されよ」
「ごめんちゃーい」
全く反省していない顔でペコっとルーレイが頭を下げたので、白けたバローはさっさと剣を納めた。
「・・・余り驚かせないで下さい、間違って斬ってしまったらどうするのですか?」
「ん~~~~~・・・多分恐らく痛いと思う?」
「間違い無く痛いのでこの様な真似は慎んで下さい!」
疑問形で答えるルーレイにバローがついつい荒い口調で突っ込んでしまった。
「『迷彩』の魔法、暗くなった後なら使えると思ったんだけどなー。やっぱり気配も偽らないと強い相手には効果無いなー」
「それなら『透明化』を覚えればいいでしょうに・・・」
失調したバローがつい洩らしたその一言にルーレイが食い付いた。
「ナニソレ!? 『透明化』なんて魔法俺ちゃんも知らないよ!? 知ってるんなら教えてよオッサン!!」
「あ、いや、わ、私はオッサンじゃね・・・無いですよ?」
「誤魔化さないでよー! 知ってるんでしょ! あんまし悪い事には使わないからさ~!」
「いい加減にせんかルーレイ!!」
食い下がるルーレイに業を煮やしたルーファウスが怒鳴り声を上げた。
「わひゃっ!?」
「彼らは私の客人だ。そして今から帰る所なのだから邪魔をしてはいかん。いいな?」
「えー・・・でも~・・・」
「い・い・な?」
「・・・ふぇ~い」
渋るルーレイを強引に説き伏せてルーファウスは悠達に向き直った。
「済まなかった、門まではルーレイに案内させるゆえ。ルーレイ、客人を正門まで案内するのだ。余計な事を聞いて手間取らせるなよ?」
「あいさー」
逆手で敬礼をしてルーファウスに頭痛を覚えさせたルーレイはその場から動こうとしてつんのめった。
「あひゃ!?」
「殿下、動かれますな」
悠がルーレイの側へ行き、その服を縫い止めていたナイフを抜きさって懐に仕舞った。
「ほへー・・・てっきりただの脅しかと思ってたら、俺ちゃんの服を狙ってたんだ?」
「殺気も敵意も感じませんでしたので」
言外に肯定する悠にルーレイがニカ~っと笑い掛けた。
「噂通りの凄腕だね~、『戦塵』のユウさんに・・・バルさん?」
「は、ハハ・・・バローです、殿下・・・」
無理やり笑顔を作って答えるバローだったが、そのこめかみには青筋が浮いていた。
「ふーん、ま、いいや。・・・お、キレーな子もいるじゃん! 俺ちゃんと同い年くらい? 魔法に興味ある? 風呂ではどこから洗う派?」
「え? あの、12歳です。ま、魔法はそれなりです。お風呂では髪から・・・」
「アルト、馬鹿正直に答えなくていいんだよ・・・それよりルーレイ様、そろそろルーファウス様が限界ですが?」
とりとめの無いルーレイの質問に答えていたアルトを引き戻し、バローがちょいちょいとルーレイに注進すると、ルーファウスは眉間に深い皺を刻んでいた。
「ヤバッ!? さ、さ~帰ろ~! 案内案内たのしーな~!!」
危険を察知したルーレイはそのまま一行の先頭に立って歩き始めたのだった。
「へー、アルトは剣士なのかー。俺ちゃん剣なんて全然でさ~。だって剣って怖いよね? よね? 絶対遠くから魔法使う方が安全だって!! アルトのキレイな顔に傷付いちゃうよ? だから俺ちゃんと魔法勉強しない? 同年代の奴らはバカばっかで話が合わないんだよねぇ~」
「は、はぁ・・・?」
一行はアルトを捕まえて上機嫌のルーレイに先導されるままに暗い王宮を歩いていた。少し前を歩くアルトとルーレイを背後から悠達が小声で話しながら追い掛けている。
(なぁ、あのバカ王子が例の敵の頭なのか?)
(うん、一応・・・でもルーレイ殿下はあくまで傀儡でしかないよ。ご覧の通り、中身はまるっきり子供なんだ。自分が担がれているという実感すら無いかもしれないね・・・)
(あんなのが王になったら、そりゃ貴族は好き放題だろうよ・・・)
(それでも魔法に関する事柄では御年14にして既に一流で、いくつもの魔法を生み出しているんだ。ただ、その他の事に一切興味を持たないんだけど・・・何故かアルトの事を気に入ったみたいだね・・・)
そんな事は気にせず、ルーレイは次々に話題を変えてアルトと話し込んでいる。
「じゃあアルトは属性では何が一番好き? 俺ちゃんはどれも好き好きなんだけど・・・あ、属性っていえば、さっきの『迷彩』は光属性でさ、俺ちゃん達がこうして物の形や色を見れるのって光が関係してるって知ってる?」
「あ、はい、光が反射して人間の目にはそれがどんな形や色をしているのかが分かるんですよね? 殿下の魔法はその光を屈折させる魔法なのでは無いですか?」
反射的にアルトがハリハリに習った事を口に出すと、ルーレイは天にも昇りそうな顔で喜んだ。
「ウッソー!? アルトってば俺ちゃんの言ってる事分かんの!? ひゃー、すっごーい!! 大人でも理解出来ない奴が一杯いんのに!! エライエラーイ!!」
「アハハ・・・ありがとう御座います・・・」
ルーレイはよほど感激したらしく、アルトの頭を撫で繰り回してエライエライと褒め称えた。
(アホがアルトに触るんじゃねぇ!! アホが伝染したらどうする!?)
(アホは伝染しないよ、バロー。・・・でもこの調子じゃルーレイ殿下は今回の事は何も知らないみたいだね)
(その様だな。だが言動はともかく、性根は悪では無さそうだ。アルトと交流があれば良い方に進むかもしれんが?)
(却下だ却下! アホとつるむとうちのアルトまで同類に見られるだろうが!)
(いや、うちのアルトだからね、バロー?)
奇妙な関係のまま、それほど遠くない王宮の門へはほどなく辿り着いた。
「あ~・・・もう着いちゃったか。アルト、俺ちゃん人と喋ってて楽しかったのちょー久しぶりだったんだよね~。兄上も最近は変な口調で喋って何かコワイしさ・・・。だから、俺ちゃんとまた遊ぼ? 明日空いてる? 明後日は?」
「・・・申し訳ありません、殿下。私はまだまだ半人前なのです。だからそう毎日という訳には参りません」
アルトが済まなそうに、だがしっかりと前を向いて返答すると、流石にルーレイも動かし難い意志を感じたのか残念そうに俯いた。
「そっか~・・・寂しいな・・・」
本気で落ち込んでいるルーレイを見て、アルトは言葉を付け加えた。
「・・・ですが、明後日のマンドレイク公の生誕パーティーが済みましたら1日くらいは時間を貰えるかもしれません。どうでしょうか、先生、父様?」
どこまでもお人よしなアルトの言葉にバローは露骨に嫌そうな顔をしたが、決定権の大きい悠とローランは首肯した。
「良いのではないか? アルトにも年相応の友人と過ごす時間があっても」
「私も構わないよ? ただし、ルーレイ殿下にご迷惑をお掛けしない様にね?」
「はい!」
「え、いいの? やったー!!! アルト、絶対の絶対の絶対だぞ!!! 3日後に俺ちゃんと遊ぶんだぞ!? 友達との約束は絶対なんだぞ!?」
「はい、殿下」
「・・・チッ」
「アールト、まったねーーーーー!!!」
喜んで飛び回るルーレイを見て、約一名を除いては朗らかな雰囲気で一行は王宮を後にしたのだった。
無邪気な魔法オタクでコミュ障のルーレイ登場。魔法に関しては天才的ですが、対人関係が天災的です。
それと感想でご指摘のあった事を注釈。
この話の中の業に付いては通常語られる業とは類義語であると捉えて頂けると助かります。単純に善悪のバロメーターを表す物とお考え下さい。なので、業が低いなど、一般的には使われない語句が入りますのでご容赦下さいませ。




