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6-10 会食4

ルーファウスを先頭に加えた一行はそのまま賓客をもてなす目的で使われる応接室へと歩を進めて行った。


途中で幾人もの兵士や文官、貴族達とすれ違うが、既に事情を耳にしている者達は遠巻きにして頭を下げるだけで声を掛けて来る者どころか近寄って来る者さえ居ない始末だ。


「・・・」


それを見てもルーファウスは言葉を発する事は無かった。ルーファウスが口を開かない限りは他の者も口を開く事は無く、無言のまま応接室に到着した。


ドアの前の衛兵すら追い払い、上座にルーファウスが腰掛け全員が入室するのを見届けると、これまでの硬い雰囲気を吹き払うかの様な大きな溜息を洩らした。


「はぁぁぁぁ・・・ローラン、びっくりさせないでくれよ。普段は人目を憚る君が大声を出した時には飛び上がりそうになったよ?」


「失礼致しました。しかし、私もそろそろ穏やかな仮面を被り続ける事に限界を感じまして。また、その必要も無くなりましたので」


「・・・遂にマンドレイク公が私の排除の算段を付けたという事かな?」


「恐れ多くも・・・」


謁見の間での口調とは打って変わって砕けた口調で話すルーファウスにローランは謹厳に答えた。


「・・・それをこの場で言えるという事は、ここに居るユウとバローも当然この事を知っているのだね? ・・・であれば今日話すべきは明後日に控えたマンドレイク公の生誕パーティーについてという事だろうか?」


「はい、今日は殿下に私の知り得た限りの情報をお渡し致したく」


ローランはそのままマンドレイクの計画についてルーファウスに語った。


ルーファウスは眉間に皺を寄せて最後まで話を聞き終えると、また溜息を付いた。


「はぁ・・・これはもう混乱は避けられないな。私が排除されてもされなくても、この国は未曾有の変革を迫られるだろうね」


「つきましては、明後日の場で私は全てに決着をつける事に決めました。ここに居るユウは三国一、いえ、世界一の勇者であると確信しておりますれば」


「見識高いローランがそこまで言う人物とは些かならず興味を引かれるけど、一体どういった人物なのだろう? ・・・と、そろそろ食事が運ばれて来るから、それが済んだら話してくれるのだろうか?」


「事はミーノス一国で収まる話ではありません。・・・ユウ、私は全てを話すが構わないか?」


「ご随意に」


レイラが眠っている為、ルーファウスを『竜のトゥルーサイト』で見る事は叶わないが、ローランが信を置く相手であるという事を信じて悠は即答した。現実的にルーファウスが立たなければミーノスの先は無いのだから、隠しても仕方がないという判断もあったが。


そのうち食事が運び込まれ、再び居残ろうとするメイドも全て帰してから話は再開された。


「今のメイドの中にもマンドレイク派の息が掛かった者達が多数含まれている様ですね」


「全く遺憾な事にね。毎回食事に毒でも盛られていやしないかとビクビクしているよ」


マンドレイクの手は宮中深くまで伸ばされており、その目や耳に届かない話は無いというのがミーノスの公然の秘密である。


今食事を運んで来たメイド達も自分達の手管や容姿にそれなりの自負を抱いて居たのだろうが、不遜な真似はルーファウスが許さず、容姿で迫るにはローランとアルト相手では明らかに見劣りし、そしてそのどちらにも一顧だにしない悠が殺気を滲ませると涙目になって慌てて退出して行ったのだった。


「この部屋の防諜はどうなっていますか?」


「『盗聴タッピング』避けはなされているけど、不足かい?」


「ふむ・・・少々失礼致します。バロー」


「あいよ」


答えたルーファウスに断りを入れて、悠がバローに目配せすると、悠は手首を一閃させ、バローは壁の一点に剣を突き刺した。


「・・・っ!」


「ぅ!」


悠の手から放たれた投げナイフは天井の一点に突き刺さり、抵抗なく壁を貫いたバローの壁の中から同様にくぐもった苦鳴が上がった。


「間諜か!!」


「その様です。今しがた来たばかりですから、話は聞かれておりません」


「噂に違わぬ腕前、見事だ。相手は殺したか?」


ルーファウスの言葉に悠は首を振った。


「いいえ。殺しても後片付けが面倒です。多少顔に穴を空けただけに留めました」


「此方も肩を突いただけです」


悠は答えると高く舞い上がり、天井のナイフを引き抜いて音も立てずに舞い降りた。5メートル近い跳躍を見せた悠にルーファウスが唖然として呟いた。


「・・・ローランが手放しで褒める理由が少しだけ理解出来たよ。どうやら尋常な人間では無いらしい」


「しかし、ここではこれ以上は話せませんな。どこか防諜が完全な部屋でお話ししたいのですが?」


その言葉にルーファウスはしばし考え、そして答えた。


「これ以上となると、会議室か王族の私室しか無いね。そこを使うとなると、妨害は苛烈になると思うけど・・・」


「殿下、覚悟をお決め下さい。我らは運命共同体、どちらかが倒れる時がこの国が潰える時です。政治的な干渉は私が一命を賭して退けましょう。物理的な物はこの悠とバローが居れば御身には指一本触れさせません」


「・・・」


ルーファウスはローランが本気で一戦交える覚悟を固めている事を感じ取り目を閉じた。主従揃って弱腰だ柔弱だと言われ続け、せめて公の場でだけは王としての威厳を纏ってはみたが、それも大した効果は発揮していなかった。第二王子派の貴族には舐められ、屈辱で顔を染めた事も1度や2度では無かったが、それでも激発して相手に排除の口実を与える事は出来なかった。


「・・・ローラン、何故我が王家にそこまで尽くしてくれるのか? 君であれば、王位を簒奪する事も可能だろう。次代も君の子を見れば盤石である様に思える。何故だい?」


ルーファウスは目を開き、長年疑問に思っていた事を口に出してローランに尋ねた。本来なら口に出す事すら憚られる質問をぶつけたのは、ルーファウスなりの覚悟であった。


「・・・全くもって恐れ多い事ではありますが、私は幼少の折り、私は殿下にお会いした事が御座います。覚えておいでですか?」


「・・・いや、君とは私が15になる時の成人のパーティーで出会った事が最初では無かったかと記憶しているけど・・・?」


「その10年ほど前に私は殿下にお会い致しました。父について宮中に来ていた私の名乗りを聞くと手を取り、殿下はこう仰いましたよ? 「ろーらんというのか。そのとしでしごととはえらいな。おおきくなったらぜひわたしをささえてくれ。わたしとともだちになって、このくにをよくしていこう」と。・・・下らぬ貴族に既に辟易していた私は雷に打たれる様な衝撃で御座いました。いつか私が大きくなったらこの方をお支えしようと心に決めた瞬間でもありました。そして大きな声では申せませぬが・・・殿下は私の初めての友人なのです。心からの友人は大切にせよというのが、私の代からのフェルゼニアス家の家訓で御座いますゆえ、私はどこまでも殿下にお仕えする所存であります」


ルーファウスはローランの目を見た。ローランもルーファウスの目を見返していた。


「・・・朧ではあるが記憶にあるよ。自分が誰に言ったのかすら覚えていなかったから、あれは夢だったのではないかと思っていた・・・。何という事だ、今の私は幼い頃の自分にすら劣っていたのか・・・」


自らを省みてルーファウスの目に涙が浮かんだ。


「ありがとうローラン、君の友情は確かに受け取った。試す様な事を聞いて申し訳無い!」


「お顔を上げて下さい、殿下。人前で臣下に頭など下げてはなりません」


語調を強くして諭したローランにルーファウスは首を振った。


「余人を交えぬ私とローランの間柄は友であるならば、私とローランは対等の関係のはず。そしてユウやバローもローランと友誼を結んでいるのなら、友の友は私にとって頭を下げる事を恥じる相手では無いよ。ローラン、これからは公の場以外では私の事はルーファウスと呼んでくれ。これは私にとっての誓いなんだ」


「・・・その気持ちは私にも覚えがありますね。しかもごく最近に」


そう言ってローランは悠とバローの顔をチラリと見た。悠はいつも通り無表情であったが、バローは共犯者染みた笑みを浮かべている。


「ならばお受けする以外に私の選択肢はありません。・・・長い時を経て、ようやく君を友と呼べるよ、ルーファウス」


「共にこの国を良くしていこう、ローラン!」


百万の味方を得た笑顔で、ルーファウスはローランと固い握手を交わしたのだった。

ルーファウスも覚悟を決めました。ちなみにその時のローランは10歳で、ひねくれ者で作り笑いを貼り付けている様な子供でした。

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