6-9 会食3
一行はローランを先頭にして隣にアルトが続き、更に後ろに悠とバローが並んで王宮を進んで行った。途中で一行に出会った者も居たのだが、女性はローランとアルトを見た瞬間に陶然と骨抜きになり、兵士は外の騒ぎが悠とバローの仕業だと思って迂闊に近付けなかった。好意的に挨拶して来るのはローランと同じ派閥の貴族くらいのものである。
「大丈夫かよ、ここの兵士。俺達だけでこの城を落とそうと思えば落とせるんじゃねぇか?」
「この国は財力で平和を買っている国だからねぇ。ベルトルーゼみたいな考えなしの武断派っていうのは少ないんだよ。その分、裏でネチネチやりあうのさ。だからこそ、懐に入られると単純な暴力に弱いんだけどね」
国を凌駕する暴力の持ち主はそうは居ないが、今この場にはバロー、アルト、そして何より悠という強大な戦力が揃っており、更にそれがローランの権力、財力と結び付けば敵が居ないのも当然である。
遂に本腰を入れたローランを見て味方の貴族は自分達の目は間違っていなかったと大いに心を奮い立たせ、これまでにない強硬な態度にマンドレイク派の貴族は震え上がった。
「我らもこれまでかと思っていたが、フェルゼニアス公もようやく吹っ切れたようだ。きっとこの国に君臣の秩序を取り戻して下さるに違いない」
「見よ、あのマンドレイクの腰巾着共の慌てようを。彼奴ら、本気になったフェルゼニアス公を見て右往左往しておるわ! 仰ぐ主を間違えたな」
「それにあの若様の美しい立ち振る舞い、次代も揺るぎないと我らに感じさせて下さるではないか。マンドレイクのドラ息子などとは物が違うわ!」
と、意気上がるフェルゼニアス派に対し、マンドレイク派はまさに右往左往といった有り様だ。
「ど、どうしたというのだフェルゼニアス公は!? 乱心召されたか!?」
「マンドレイク公に付いておれば安泰ではなかったのか!? フェルゼニアス公に強硬に出られては我らでは抑えられんぞ!!」
中にはローランに露骨な作り笑いを送って来る者も居たが、ローランの極寒の視線に晒されるとたちまち顔面蒼白になって逃げ去った。
「今ならマンドレイク派を切り崩せるんじゃねぇのか?」
バローがこの機に乗じてはどうかと提案したが、ローランは首を振った。
「新しい時代に腐った者は不要だよ。マンドレイク派でも気骨ある貴族は居るけど極小数さ。大多数にはこのまま表舞台から退場して貰う。そもそも貴族の位すら金で買えるせいでこの国の貴族は増え過ぎてしまったからね。ここらで一度刷新すべきだよ」
金銭が至上の価値を持つミーノスでは貴族の権威を金銭が上回っており、その分品性が貶められてしまった。今回の分裂にもその事が深く関わっているのは間違い無い。
「貴族に生まれたからといって、基本的な義務を忘れるほど増長する事を許してしまった過失は私にもある。悪習は改めなければならない」
「・・・忙しくなりそうだな」
既にマンドレイクを除いた後にまで思いを巡らせるローランをバローは頼もしく思い笑った。
「・・・これが済んだら、君達とはしばらくお別れになるかもしれないね。どうせ次は他の国に行くんだろう、ユウ?」
「ああ、すぐにではないだろうが、ミーノスが落ち着き次第俺はこの国を発つつもりだ。ノースハイアはもっと後に行くつもりゆえ、次はギルド本部のある小国群に行こうかと思っている」
「そしていつかは人間界制覇か。・・・寂しくなるね」
今後の事について雑談しているうちに、ローラン達は目的地へと辿り着いた。
「ローラン・フェルゼニアスが客人を連れて参内致しましたと取次ぎを」
「かっ、畏まりましたっ!!」
謁見の間の衛兵は王宮前でのやり取りを既に知らされているらしく、滞り無くローラン達は謁見の間へと通された。
流石は三国一の財力を持つミーノスの謁見の間は華麗で、他国から来た者を圧倒する雰囲気に包まれていたが、ローラン達は悠然と謁見の間を進んで行った。
そして王座の前で膝を付き、玉座に腰を下ろす人物に向かって名乗りを上げる。
「殿下、お久しぶりで御座います。ローラン・フェルゼニアス、ただいま参内仕りました」
「お初に御意を得ます。ローラン・フェルゼニアスが子、アルト・フェルゼニアス、参内仕りました」
その名乗りを受けて玉座の人物が声を発した。
「ご苦労であった、フェルゼニアス公。今日はご子息もご一緒か。親子揃ってなんとも華麗な絵であるな」
「過分なお言葉、痛み入ります」
威厳というには足りないが、洗練された物腰で話す眼前の人物こそがミーノス王国第一王子、ルーファウス・タックスリー・ミーノスその人である。
「そして後ろに控える者達が例の冒険者であるか?」
「はい、殿下。ユウ、バロー、殿下に名乗りを」
ローランとアルトが横に移動し、直接ルーファウスの視線に悠とバローを晒すとまずバローが跪いたまま恭しく名乗りを上げた。
「お初にお目に掛かります、殿下。私は『戦塵』の冒険者、バローと申します。まだこの国に来て日の浅い若輩者で御座いますが、以後宜しくお願い致します」
「同じく『戦塵』の悠です、殿下」
バローが隙のない口上で自己紹介し、悠はそれに便乗して短く返すに留めた。ここはバローに任せた方が波風が立たないと判断した為だ。
「流石はⅧ(エイス)のパーティー、礼儀もしっかりとしておるな。今日は楽しい話を聞かせて貰える事を期待しているぞ」
そう言ってルーファウスが席を立つと居並ぶ文官や衛兵も続こうとしたが、それをルーファウスは制した。
「今日は誰も付いて来なくてよい。余人を交えず語らいたいのでな」
「で、殿下! この様な下々の者と兵も連れずになどとんでもありませんぞ!!」
「そ、そうです!! もし殿下に良からぬ企みでも抱いていたらどうされますか!?」
恐らくはマンドレイク派に属する文官達が喧しく騒ぎ立てたが、ルーファウスが口を開く前に場違いな含み笑いが流れた。
「クックックッ・・・や、失敬、あまりに可笑しくて笑いが止められなかった、許されよ」
「な、な、なんと無礼な!? いくらフェルゼニアス公が公爵を戴いておられるとしても、些か不見識では御座いませんか!!」
顔を真っ赤にして噛み付いた文官に、ローランは笑いを消して冷たく問い掛けた。
「無礼? 不見識? それは目の前の出来事すら認識出来ていない貴様らの様な木っ端役人の事を言うのだ!! 殿下を害する事を兵が居れば止められる? 騎士団長のベルトルーゼすら無手で一蹴する相手を如何にして止めるというのか? そもそもこのフェルゼニアスが後見する、殿下の客人を如何なる権限を持って貶めておる!! 増長するのも大概にするがいい!!!」
ローランが会議の席ならともかく、謁見の間という公的な場で罵倒する所など見た事が無い文官達は反論として用意していた言葉すら顔色と共に消し飛んで腰を抜かしてしまった。
「ひぃっ!!」
「・・・殿下、お耳汚しで御座いました」
「良い、公の言う事はもっともである。お前達、一度だけは許すゆえ、今の公の言葉を胸に刻んでおけ! ・・・さ、ゆこうか」
以後、誰一人遮る者無くルーファウスとローラン達は固まる一同を置いて謁見の間を後にしたのだった。
第一王子ルーファウス登場。普段はマンドレイク派に挟まれて肩身の狭い思いをしていました。




