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6-8 会食2

フェルゼニアス家の馬車が夕闇の王都ををひた走っていた。今日ばかりはその馬車を操っているのは悠でもバローでも無い、フェルゼニアス家の使用人である。


そして客という扱いである為に周囲で馬に乗って警戒している訳でも無く、その姿は馬車の中にあった。


「なぁ、いくら俺達が客だとしても、ローラン達と同じ馬車に乗ってちゃマズいんじゃないか?」


バローは自身も貴族であるので、貴族同士でも無い限り貴族が馬車に身分の違う者を同乗させる事など無いはずだと思ってローランに問い掛けたのだが、ローランの答えは明快であった。


「君達は私の護衛であり友人であり、そして今は殿下の客人でもあるんだから不思議じゃないさ。まず護衛なんだから私から離れて貰っては困るし、殿下の客人を馬で送りつけるのは非礼というもの。ならば、私から離れず馬車に乗って貰うにはこうするしか無いじゃないか」


「屁理屈もいいとこだよ・・・」


呆れた声を出すバローだったが、ローランは澄まし顔だ。


「誰に問い質されても私に恥じる所は全くないね。お前もそう思わないかい、アルト?」


「僕も全くその通りだと思います、父様」


笑顔で父子共にそう言われればバローとしても反論は無かった。


「物好きなヤツらだぜ・・・」


そう言って俯くバローだったが、耳が隠し切れずに赤く染まっているのを見ればその本心は明らかだった。


「ところで、城で襲われる可能性は考慮しなくていいのか?」


悠が実務的な事をローランに尋ねる。


「絶対とは言い切れないね。マンドレイクはそんな迂闊な事はしないはずだけど、その下にいる貴族達が何もして来ないとは断言出来ないな」


「物理的なモンなら俺とユウでどうにでも出来るから、政治的な妨害はローランに任せるぜ?」


「お任せあれ。今日からの私は好戦的でね、敵には容赦する気は全く無いんだ」


宣言通りの凄絶な笑みをローランが浮かべた。


「今までは年長者には優しくして来たんだけど、どうやら彼らは譲れば譲っただけ土足で踏み込んで来るらしい。だから私はもう一歩も譲らない。私も派閥の長として私について来てくれる者達の権利を守らねばならないからね。・・・今にして思えば、私の煮え切らない態度が第一王子派の弱体化を招いたんだ。そのせいで派閥の者には肩身の狭い思いをさせてしまったよ・・・」


ローランは弱気とも取れる自らの過去の行いを省みていた。


「今からでも手遅れ ではあるまい。ローラン、小難しい理屈で考えるな。やりたい様にやればいい。露払いは俺達の仕事だ」


「そういうこった。マンドレイクみたいな陰険野郎が頭に居る派閥なんざぶっ潰してやらぁ!」


「僕もお手伝いします、父様」


悠の、バローの、そしてアルトの激励の言葉にローランは心の靄が晴れ渡るのを感じて、作り笑いではない、本物の笑顔で応えたのだった。




さほど遠くもない王宮前へはすぐに到着し、御者が衛兵に用向きを伝えるとすぐに馬車は正門を通された。


「難癖付けられるかと思ったが、あっさりと通されたな」


「兵士の分際で瑕疵かしの無い公爵にそんな真似をしたら無礼を咎められてその場で首を落とされてもしょうがないよ? そこまでマンドレイク如きに忠誠心を抱いている兵士が居るとは思えないね」


ローランの言う通り、実際にルーファウスに呼ばれてやって来たローランに無礼を働けばそれはルーファウスに無礼を働いたも同然であり、一兵士など裁可を待つ事も無く処刑されるだろう。


そういう訳で、正門を潜って堀を渡り、馬車を降りたローラン一行は何の妨害も無く王宮へ踏み込む・・・はずだった。


「待て!! そこの者達!!」


「・・・あれ? どこのバ・・・命知らずが?」


思わず馬鹿と言い掛けてローランは表現を切り替えたのだが、目の前の人物を見て瞬時に納得した。


「ああ・・・そう言えば君がいたね・・・ベルトルーゼ」


「フェルゼニアス公! あなただけならともかく、身分確かならぬ者を王宮に入れる訳には参りません!! あちらの貴族の方々も憂慮しておいでですよ!!」


疲れた表情のローランの前には立派な全身鎧フルプレートで体を99%体を覆っている騎士が立っており、スピアを横にして一行の行く手を遮っていた。


ついでにベルトルーゼの指し示す方には柱に隠れる様に貴族が数名隠れており、ローランと目が合うとサッと柱の影に引っ込んでしまった。


「なんだこの鉄の塊? 声と名前からして女みてぇだが?」


「・・・この娘はベルトルーゼって言って、この国の騎士団『鋼鉄の薔薇アイアンローズ』騎士団の騎士団長だよ。これでもこの国の騎士の頂点に立つ人物なのさ」


「ふーん、俺は顔を隠してる女は好かねぇんだ。どけよ」


「話し掛けるな下郎!!」


「うおっ!?」


バローが声を掛けるとベルトルーゼは手にした槍を振ってバローの首をなぎ払った。不意を打たれたが、バローはすんでの所で回避する。


「あ、危ねぇな!! この女一発目から首を刈りに来やがった!?」


「ふぅ・・・ベルトルーゼ、君の忠勤ぶりは私も認める所だけれども、殿下の客人に何をするんだい? 事と次第によっては私も笑顔のままではいないよ?」


「・・・例えなんと言われようとも、身元を証明して頂けない事にはお通し出来かねます」


普段のローランとは違う迫力にベルトルーゼが一歩退き掛けたが、任務に掛ける思いを足に込めて言い返した。


「お待ちを、フェルゼニアス公。我々が身元を証明する物を提示すればそれで済む事です。バロー、冒険者証を出せ」


「ったく、そうならそう言えっての・・・オラよっ」


悠とバローは冒険者証を取り出してベルトルーゼに提示すると、ベルトルーゼはそれを乱暴に取り上げて調べ出した。


「ランクⅧ(エイス)? ・・・フン、大方金でランクを買った類の者か。益々怪しいな。皆様のご懸念も頷けるわ」


汚い物でも捨てる様に冒険者証を投げ捨てたベルトルーゼにバローとアルトの怒りが頂点を極めたが、それよりも早く行動に出た人物が居た。




ガンッ!!!




「ぬっ!?」


「いい加減にしてくれないかな? ・・・いや、違うな。いい加減にしろベルトルーゼッ!!! 身元を証明しろというから冒険者証を見せたというのにその態度は何だ!!! たかが騎士団長風情が一体何のつもりで我が友を辱めるか!!! 彼らの身元引受人は私だ!!! 満足したならサッサと2人の冒険者証を拾って丁重にお返しせんかッ!!!!!」


ベルトルーゼを蹴り付けたローランが今まで聞いた事の無い大声で罵倒すると、本格的にローランの様子が異なると見たベルトルーゼが今度こそ一歩退いた。


「し、しかし・・・」


「・・・アルト、剣を貸せ!!」


「は、はいっ!?」


ここまで怒る父を見た事が無いアルトも咄嗟に自分の腰の剣をローランに差し出し、ローランは一気に抜き放った。そしてそれをベルトルーゼに突き付ける。


「これ以上無用な足止めをするなら貴様を斬って殿下にご報告差し上げる。騎士団長ベルトルーゼは殿下の客人に言いがかりを付けて辱める所業を行った為、ローラン・フェルゼニアスが斬って捨てましたとな!!! 貴様は罪人として処罰されるゆえ、実家にも類が及ぶと心得よ!!!」


「なっ!? そ、それは・・・!」


自らの身のみならず、自分の家の事まで仄めかされ、ベルトルーゼは反応に窮したが、ローランの舌鋒は収まらず周囲にも飛び火した。


「・・・それと、貴様をけしかけた者達も同様の目に遭わせてくれる。・・・俺にはそんな事が出来ないと思っているか!?」


その一言にベルトルーゼをけしかけた者達は震え上がって柱の影から転がる様に飛び出て来た。


「べ、ベルトルーゼ殿!! わ、我らの勘違いであった!! す、す、すぐにお通しして差し上げるのだ!!」


「そ、そうだ!! 元々我らは身分確かならぬ事が気に掛かっただけ!! そ、それが分かればお通ししても構わぬ!!」


「そ、それでは王国の権威が・・・」


身内で醜い言い争いを始めた相手方を見やり、悠がローランに問い掛けた。


「フェルゼニアス公、そろそろお時間ですので、多少荒っぽくお通りしても構わぬでしょうか?」


「・・・構わない、やりたまえ、ユウ」


「では・・・」


ローランの許可を取り付けた悠はベルトルーゼが貴族に責め立てられてこちらから気を離した一瞬の隙でベルトルーゼの槍を掴んだ。


「っ!? 貴様、何をす――」


ベルトルーゼが槍を掴まれた事に気付いた時には既にその体は宙を舞っていた。


「うおおおおッ!?」


「「「ギャアアアアッ!!!」」」


悠が力任せに槍ごとベルトルーゼを貴族達に向かって放り投げると、まるでボーリングのピンの様にそれらを薙ぎ倒し、全員堀の中に落下して行った。


「・・・ユウ、あいつ全身鎧を着てるんだぜ? 水は不味いんじゃねぇのか?」


重い物が水没する音が高らかと響いたが、既に悠はそちらを見てもいなかった。


「あの程度で死ぬ様な騎士団長に守れる物など何も無い。死ぬなら死ね」


「そういう事。絶対死ぬ所だったのに、運が良ければ生きられるという所まで罰を軽くしてあげたんだから感謝して欲しいね」


悠は口だけの軍人は嫌いなので心底そう思っていたし、ローランは自らの覚悟を周囲に示した事で吹っ切れた様だ。


ローランは抜いていた剣を納め、アルトに返した。


「ありがとう、返すよ、アルト。・・・ふー、慣れない事はするもんじゃないね。実はベルトルーゼを蹴り飛ばした足が痛いんだよ・・・」


「父様、無茶し過ぎですよ・・・。でも、カッコ良かったです!」


「足を痛めているかもしれんからこれを飲んでおけ」


「ありがとう」


薄ら汗を掻くローランをアルトが嬉しそうに労い、悠が懐から『治癒薬ポーション』を取り出してローランに飲ませた。


相変わらず堀の下ではバシャバシャと水音がするので、とりあえず誰も死んではいないらしい。周囲には他の城勤めの者や貴族も居るのだが、先ほどのローランの剣幕に恐れ入って動く事が出来ないでいた。


「さて、我々がここに居ると他の者達が動けない様だから、殿下の下へ急ごうか」


「ああ。あの喧しい騎士団長殿が上がって来たら面倒だしな」


「先生方、冒険者証は拾っておきました。どうぞ」


「本当に、お前を見てると癒されるよ、アルト・・・」


そんな雑談を交わしながら、背後の音は一切無視してローラン達は今度こそ城の中へと入って行ったのだった。

ローランも覚悟を決めてはっちゃけましたが、如何せん、普通の人間なので全身鎧なんか蹴ったら痛いのです。


貴族の人達は失神して仰向けに浮いてるから大丈夫だと思って下さい。

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