6-7 会食1
ある程度まで策が練れた所で外を見ると、もう既に日が傾いて来ていた。
「今日はこのくらいにして、そろそろ城へ行く準備をせねばな」
「そうだね。あ、そういえばユウ、君達は正装なんて持ってるのかい? 良かったら私のを貸そうか?」
「チッチッチッ、Ⅷ(エイス)の冒険者ともなりゃあ一張羅ってワケにゃあいかねぇんだぜ、ローラン?」
若干イラッと来る仕草でバローが答え、悠も頷いた。
「うちの恵が公式の場に出る事も多い俺とバローの正装を作ってくれている。俺達は冒険者ゆえ、貴族の正装とは異なるがな」
「では着替えて髪も整えて来てくれるかな? 特にバローはその髭もどうにかしておくれ。あんまりガラが悪いと私の立場が無いのでね」
ローランが自分の顎を指してバローに注意すると、バローが渋面を作った。
「ちぇっ、カッコイイのによ・・・」
「誰もバローの顎鬚を褒めている所を見た事が無いがな」
「お、お前・・・言っちゃならねぇ事を・・・!」
「ぼ、僕はカッコイイと思いますよ!!」
歯軋りするバローにアルトが慌てて声を掛けると、満面の笑みでバローはアルトを抱き締めた。
「おお~~~~~我が愛弟子よ!! お前は何て可愛い奴なんだ!!」
「アルト、心にも無い事を言うと要らぬ苦労を背負い込むぞ」
「あ、あは、ははは・・・」
「いっそ首から上を全部刈ってしまえばサッパリするのでは無いか?」
「ヤハハ、それだと誰もバロー殿だと分かりませんね」
少々重くなっていた場が一連のやりとりで一気に弛緩していた。
「さ、隣の部屋で頼むよ。身嗜みに必要な物はうちのメイドに言いつけてくれれば用意するから」
「おう、じゃあ剃刀と水を貸して貰おうか。後は髪を整える油だな」
「俺は自前の物があるのでいらん」
そして2人は隣室へと移り、15分ほどして戻って来た。
「終わったかい? ・・・っと、こりゃまた正反対の印象だね」
「わぁ!! 先生方、格好いいですよ!!」
「ワタクシも見るのは今日が初めてです。中々サマになっているんじゃありませんか?」
「流石は師です、大変凛々しいかと・・・」
ローランの言った通り、悠とバローの正装はデザインは似通っているのだが、受ける印象はまるで異なる品であった。
まずバローは髭を落とし、髪をオールバックにしている時点でいつもと印象が違っているが、軍服に似たその服を着ると遊び慣れたエリート士官といった風情であるし、悠はまるで軍服こそが自分の普段着であるとでも言えばいいのではないかと言うくらい違和感無く着こなしている。
「まるで他国の将軍とその副官でも来たのかと思う様な雰囲気だね。まぁ、砕けて過ぎているよりはずっといいよ。・・・あ、でもユウ、そのペンダントは服の中にしまった方がいいかな?」
「そうか。スフィーロ」
《何だ?》
悠の呼び掛けにレイラでは無い者が答えた瞬間、周囲が凍り付いた。
「窮屈な思いをさせて済まんが、会食が終わるまで服の中に仕舞わせてくれ」
《構わぬぞ。この状態でも外界を認識するのに不都合は無い》
誰も言葉を発せ無い中、最初に口を開いたのはアルトであった。
「・・・・・・・・・ハッ!? ゆ、ユウ先生!! そ、そちらはどなたですか!?」
「そちら? ・・・ああ、スフィーロか? 彼はスフィーロ。訳あって竜器に封印し、今現在は一時的な協力関係を結んでいる」
《我はスフィーロだ。確かに一時的にユウに協力はしているが、我はお前達と馴れ合う気は無い。仲間だなどとは考えるなよ、人族・・・ニンゲンよ》
「い、いつの間に喋れる様になってんだよ、ユウ!!」
この中で唯一スフィーロと面識あるバローが声を震わせながらユウに問い掛けた。バローとしてはその部下のサイサリスですら自分の手には余る相手であったので、恐ろしさを感じるのも仕方無い事だろう。
「覚醒したのは夕べだ。そして交渉の末、そういう事になった。・・・スフィーロから得た情報もあるが、今はそれを話している時間は無いな。ローランとアルトもそろそろ支度をせねばならんのではないか?」
「おっと! 非常に興味深い話だけど、今はこっちを済ませてしまわないと。アルトの正装は私の昔の物をあげるから、それに着替えておくれ」
「は、はい、分かりました」
「ではしばし席を外すよ」
そう言ってローランとアルトは部屋を出て行った。
「・・・王子様とメシ食ってる場合じゃなくねぇか?」
「だからといって体を分ける訳にはいかんのだから、我々人間は出来る事を一つずつこなしていくしかない。今はこの局面を乗り切る事を考えるべきだ」
《話から察するに、この国の王族と会うのか?》
少し興味を引かれた様子でスフィーロがユウに尋ねた。
「ああ。・・・興味があるのか、スフィーロ?」
《我は人族の事を知りたくて進言したのだから当然だ。ドラゴンとは違う方法で統治している人族の考え方には興味がある》
「話は聞いていても構わんが、声は出すなよ。これからお前は様々な人間を見る事になるだろうが、人間と言っても善、悪、中庸とその中身は一つとして同じ者は居らん。当然、王族もな」
《むしろそれがいい。善なる者が率いる国、悪なる者が率いる国、全てを見聞してこそ価値があると我は思っている》
そんなスフィーロをハリハリが興味深そうに観察していた。
「なるほど、確かに理性的なドラゴンですねぇ・・・おっと、仮にも協力関係にあるのですから竜と呼ぶべきですか」
「そうだな、今だけは竜で構うまい」
《別に我は竜と呼ばれなくても構わぬ。そもそもこの協力関係は一時的な物なのだ、勘違いするなよ、ニンゲン?》
釘を刺すスフィーロにハリハリは笑って答えた。
「ヤハハハハ! 残念ながらワタクシは人間ではありませんから、スフィーロ殿の参考にはなりませんです、はい」
《何? どこからどう見ても貴様はニンゲンにしか見えぬではないか?》
「それにはちょっとした秘密が御座いまして・・・この件が終わりましたらお見せしますよ」
スフィーロの疑問にハリハリは片目を瞑っておどけて答えた。
・・・まさか両者共に姿を偽る術を持っているなどとはこの時点では思いもよらない事である。
そうこうしている内にローランとアルトが正装を纏って一同に姿を見せた。
「遅くなって済まないね、準備はいいかい?」
「お待たせしました」
そこにある光景は女性であれば目を奪われて立ち尽くす事必至と思われる物であった。
華美さを抑えているとはいえ、金糸銀糸で彩られた衣服は十分に見応えある逸品であったし、何よりそれを纏う中身のローランとアルトの造作が万人に一人も居ないであろう美しさなのだ。
見慣れているバローですら生まれついての差を自覚せずには居られなかったし、これを初めて見る人間はまるで天上にある父神とその子が何かの手違いで地上に現れたのではないかと我が目を疑っただろう。
「・・・神様ってのは不公平だよなぁ・・・アルト、お前は素直なまま大きくなれよ」
「な、なんですかバロー先生?」
何となくアルトの櫛削られた頭を撫でながらボヤくバローであった。




