1-30 練兵2
「このまま行かせる訳には参りません!是非とも私とお手合わせねが・・ふぎゃ!」
滔々と口上を述べる亜梨紗に、自失から立ち直った真がゲンコツを振り下ろしてその口上を遮った。
「何をなさいますか兄上っ!!」
「何をなさいますかじゃあないだろうが千葉竜佐!!!」
普段の気弱な印象の真とは思えぬ剣幕で、真は妹に怒鳴りつけた。
「情報参謀室はその特性上、許可の無い立ち入りは厳に戒められている。それを破ったばかりが、上官への挨拶もすっ飛ばして挙句喧嘩を売りに来ただと?お前の頭は腐っているのか?腐っているんだな?どうなんだ!!!」
「え、だって、兄上・・・」
「ここは軍だ。千葉虎将と呼ばんか!!このじゃじゃ馬が!!!」
「ひっ、す、すいません、千葉虎将・・・・・・」
真とて軍の重責を担う高級軍人である。幼馴染や先輩連中に交じると大人しいし、それが素でもあるのだが、やろうと思えばこの程度の迫力は出せるのである。でなければ虎将にまで栄達してはいない。
「謝るのは俺にでは無い。ちゃんとお三方にも謝罪しろ」
「は、はい。申し訳ありませんでした。神崎竜将、真田竜将、防人虎将」
兄に怒鳴りつけられて、多少頭も冷えたのだろう。亜梨紗は素直に頭を下げて謝った。
「すいません、皆さん。懲罰ものだとは重々承知しておりますが、何卒ここは穏便に・・・」
「ふっ、『妖精の粉』の効果を乗り越えてここに突撃してくるとは、中々見上げた精神力ではないか。よく鍛えられている」
「いや全く。時に愚者の行動は賢者の思考を超えますな。これは興味深い」
「単に脳筋で通達が理解出来なかったんだと思いますがね、俺は」
匠が感心し、雪人が面白がり、真が嘆息する。悠は亜梨紗の言葉を吟味しているようだった。
「ま、謹慎3日といった所が妥当では無いかな、千葉虎将?」
「ご厚意感謝致します。ほら、貴様も頭を下げんか」
「す、すみませんでした」
本来なら投獄されても文句の言えない所であるので、真は素直に雪人に感謝した。
「ですがっ!」
しかし亜梨紗の感情の熱は完全には鎮火して居なかったようで、悠に向き直って再び言った。
「それでも私と神崎竜将とのお約束であるのは事実です。如何ですか、神崎竜将?」
「お前はまだ懲りて・・・」
「待て、千葉虎将」
再びお説教を始めようとした真を悠が遮った。
「千葉竜佐、練兵場にて準備を。俺もこの後向かおう」
「!ハッ、千葉竜佐、練兵場にて待機致します。皆様、お騒がせ致しました!・・・ありがとうございます、神崎竜将」
そして敬礼を送って踵を返し、情報参謀室から出て行った。
「神崎先輩、申し訳ありませんでした!」
身内の恥に赤くなった真が悠に頭を下げた。
「構わん、俺と竜佐との約束であるのは確かだ。方法と手段はともかく、間違った事は言っておらんよ、竜佐は」
「うちにあんな直情径行の人間は昔は居なかったんですが、誰に似たのか・・・もう一人に至っては西城を尊敬する始末ですし」
「しかし見直したぞ、真。軍にいれば妹君にもちゃんと物申せるじゃあないか」
ちなみにこの間、雪人の手は止まっていない。呆れるほどの強心臓だ。
「自分だって軍で鍛えられましたからね。お三方には『特』に」
「ああ、俺が悠や防人殿にいじめられている真をいつも庇ってやったっけなぁ・・・」
「真田先輩、記憶の捏造は止めて下さい。「火力が足らんぞ火力が」って回避訓練で二人をけしかけていたのは真田先輩じゃ無いですか!」
「さて、そうだったか?頭に食らって記憶が飛んでるんじゃないのかな。体は大切にしろよ、真?」
「いいですよ、もう・・・」
元々口では敵うとは思っていないので、適当な所で真は諦めた。
「で、悠。練兵場でという事はやるつもりなんだろうが、あまり派手にやるなよ。修繕費用も馬鹿にならんのだからな」
「さて、しばらくは相手をしてやれそうも無いからな。多少痛めつける事になるかもしれん。まぁ、明日一日動けない程度にしておこうか」
「貴様の手加減にはあまり信頼を置いていないのだがな、俺は」
右の頬をガーゼの上から撫でながら雪人は愚痴った。
「首から上があるのだから上手い物だと思うが」
「その1か100かみたいな物を手加減とは言わんのだ、世間一般では」
「世間の了見は狭いな」
下らない事を言っている間にも書き続けていた辞令を雪人は悠に付きつけた。
「ほら、持って行け。クックック・・・ハーッハッハッハ!、貴様はクビだ!・・・3日後な」
「それを言いたかっただけじゃないのか、貴様は」
そう言って悠は雪人から辞令を受け取った。
「では行って来い。・・・ああ、防人殿は残って下さい。悠の引き継ぎに当たってお伝えしたい事もありますから」
「ああ、了解だ」
「では、俺は先に行く」
「あ、先輩。俺も行きます。・・・あいつが無茶しないとも限りませんから」
そして悠と真は練兵場へと向かったのだった。
「・・・・・・」
練兵場についた真は目の前の光景に意表を突かれた。居ないと思っていた竜器使いがここに待機していたからだ。そして彼らの目は悠に向けられている。その思う所は明らかだった。
「『妖精の粉』と言えど強い思いは掻き消せないという事だろう」
思わず沈黙する真の肩を軽く叩いて、悠はそちらに歩み寄った。
「お待ちしておりました、神崎竜将」
亜梨紗が一歩前に出て悠に敬礼をした。
「ああ。それにしても、ここにいる全員、俺との手合わせを所望か?」
「ええ、慕われておりますね?」
そういう亜梨紗は既に目に闘気を漲らせている。周りにいる竜器使い達も似たようなものだった。
「ではやろうか」
まるで涼風を受け流すかの様な自然体で悠は竜鎧を纏った。その威容に竜器使い達がたじろぐ。
「お待ちを。今一度確認したいのですが・・・」
亜梨紗は負けじと足に力を込めて問いかけた。
「何だ?」
「お約束はお忘れでは無いですよね?」
「ああ、忘れてはおらんが?」
亜梨紗の目を真っ直ぐ見返しながら悠は答えた。
「今の我々は前までとは違いますよ?例え神崎竜将とて、この人数を順に相手をすれば厳しいかと思いますが?」
この場には雪人を除いた竜器使い20名が揃っている。竜騎士を抜かせば、連合国家軍の最高戦力と言えた。が、
「誰が一人ずつ相手にすると言ったか?」
「え?」
その言葉に今にも飛びかかりそうだった亜梨紗が意表を突かれる。その言い草ではまるで・・・
「まさか・・・我ら竜器使い全員を一人で同時に相手をされるつもりか!?」
「俺は最初からそのつもりだが?」
悠は真実そう思ってこの場に居たのだから、当然何の動揺も無い。しかし竜器使い達はさすがに侮られたかと思い、闘気に若干の殺気が混じった。
「我らを愚弄されるのは、如何に神崎竜将と言えど・・・!?」
舐められたと思った亜梨紗と竜器使い達だったが、悠から迫って来る気に思わず息を飲んだ。これは闘気などというレベルでは無い。殺気でもまだ甘い。それは修羅場をくぐり続けた者だけが纏う事が出来る物・・・正に鬼気と言っていいものだった。
「少々本気を出す。死ぬなよ?」
悠の言葉に竜器使い達は気を引き締め直す。額から流れる冷や汗が止まらないが、それでもそれを拭う事もせずに悠を注視した。
そして亜梨紗がその宣言をした。
「神崎竜将・・・」
「私が勝ったら、お付き合いして貰いますからね!!!」
と。
変な恋愛観までようやく届きました。
今後、悠は変わるのか、変わらないのか。