6-2 暗躍2
「精々末期の酒を楽しむがいい!! 下賎な冒険者などには過ぎた酒ですがね!!」
「・・・いや、盗聴出来るかとは聞いたけど実況しろとは俺は言ってないからな?」
ノリノリで悪い顔をしつつ言い放つハリハリにバローは突っ込みを入れた。
「いやぁ、あんまり楽しそうだったのでつい。でもあの執事さんもよくもまぁこちらに都合の良い作り話を考えてくれたものです。多少は誘導しましたけど、シュルツ殿が護衛に来ない事と安い金銭では靡かない事だけが伝わればそれで良かったのですがね」
「まるでアレでは拙者が守銭奴ではないか・・・やはり腹芸は好かぬ!」
「そう怒るなって。予め決めておいて正解だっただろ?」
「フン!」
こんな和やかな会話を交わしつつ帰路に着くバロー達であったが、内容については少々説明せねばなるまい。
第一にハリハリが執事を盗聴していた魔法はアリーシアがナターリアを監視していた魔法と同種の物だ。『盗聴』の上位互換であるこの『千里蝶』はそもそもハリハリが作り出した魔法であり、『盗聴』と『遠見』を合体させた魔法である。効果範囲はそんなに広くは無いが、音声と映像の両方を得られる利点は計り知れず、ドワーフが対策出来るまでは大きな成果を上げていた。
第二にシュルツの先ほどのらしくない言動は予めバローとハリハリにあの様な状況になったらそう言う事にすると決めておいた演技指導の賜物であった。
「あの執事のお陰でとりあえず敵対関係にゃならなかったワケだし、次はメロウズの話を聞いておこうぜ。ユウも明日にはこっちに来るだろうしな」
「もうそろそろ約束の時間ですが・・・いくら息が掛かった宿と言ってもあそこで堂々と密談とはいかないんじゃないかと思いますが、その辺はどうなっているんでしょうか?」
「メロウズは目端が利く奴だからな。何か考えがあるんだろうよ」
そう締めくくり、バロー達は宿へと向かったのだった。
「お客様、申し訳ありませんが此方で手違いが御座いまして・・・お部屋を移って頂けませんか?」
宿に帰ったバロー達を待っていたのはそう申し出る宿の主人であった。満室という訳でも無いのに部屋の変更を言い渡されたバローはピンと来て頷き返した。
「なーに、そういう事だってあらぁな。で、どの部屋に移ればいいんだ?」
「ご快諾感謝します。では一階の突き当たりの部屋へどうぞ」
「あぃよ」
主人に促されるままにバロー達は階下の部屋へと移ると、そこはそれなりの広さを持つ大部屋であった。
「早速来ましたね」
「ああ。この部屋に移れって事はこの後の展開も読めて来たぜ」
部屋を見回しながらバローは得心のいった顔で呟いた。部屋は確かに大きいのだが外に通じる窓も無く、調度品の配置も広く取られているのだ。ベッドの上には何も乗っておらず、その隣のサイドテーブルの上に毛布や枕が置かれており、壁を軽く叩いて自分の想像が当たっている事を確信する。
「どういう事だ?」
「待ってりゃ分かる。・・・いや、来たな」
疑問に思ったシュルツがバローに尋ねたが、バローはベッドの一点を見てそう返した。
その言葉に従ってハリハリとシュルツがバローの視線の先に注目すると奥のベッドが動き出し、手前側が上へと浮き上がった。
「おっ!?」
「中々大掛かりな仕掛けだな」
「いざという時の脱出路でもあるんだろうよ」
驚きを口にする面々の見ている前で完全に浮き上がったベッドの下から見覚えのある人物が顔を出した。
「てっきりユウが来ると思ってたんだがな。来たのはアンタか、バロー?」
「お前さんもユウと話すよりは俺と話した方が気が楽だろ、メロウズ?」
「・・・違いない。さ、こんな所で立ち話してる暇はねぇ。こっちに来なよ」
現れたメロウズに促されてバロー達がベッドに歩み寄ると、そこにはぽっかりと地下への階段が出現していた。
「これはバラックの奴が万一の時の為に作らせたモンだ。今じゃ俺が利用させて貰ってるがね。付いて来てくれ」
そのままかなり深い階段を下りた先には蝋燭の灯る回廊が続いている。
「ここは幾つかの別の建物に続いてるんだ。緊急時のアジトもあって、今はそこに向かってる。ヘイロンって名のこの王都の情報を仕切ってる爺様が待ってるから、そこで情報を受け取ってくれ」
「ああ、ユウから聞いてるぜ」
途中、幾つか分かれ道があったが、メロウズは迷う事無く歩を進めていった。案内などという雑用の仕事でも手を抜かずに隠し通路を知悉している辺り、妙に真面目な所があるメロウズであった。
「ここだ、ちょっと待ってろよ」
メロウズが辿り着いたドアの前で複雑なノックを繰り返すと、中からドアが開かれた。
「早かったの、メロウズや」
「寄り道しなきゃこんなモンさ。客を連れて来たぜ」
中に入って言うメロウズを労い、ヘイロンがその皺に覆われた顔を後から入って来た3人へと向けた。
「ふーむ・・・『龍殺し』のバローに『勇者の歌い手』ハリハリ、それに『双剣』のシュルツとは、中々豪華じゃが、肝心の『戦塵』のリーダーであるユウが居らんの?」
「ユウはフェルゼニアス公の護衛で遅れてこっちに来る予定だからな」
「勇者の歌い手ってワタクシですか!? いやぁ、感無量ですね!」
情報に聡い事をチラリと覗かせてヘイロンは頷いた。
「そうかそうか。・・・じゃが、事はお前さん達が考えているよりも重大じゃぞ?」
「何か掴んだのか、爺様?」
そう問い返すメロウズにヘイロンが眉を寄せて答えた。
「うむ、ちと危険な橋を渡ったがの。とりあえず座れ」
神妙なヘイロンに促されるままに部屋の中にある椅子に腰掛けた一同は改めてヘイロンに注目した。
「まず最初に言っておくが、出来れば今度のパーティーには出席せん事じゃ。マンドレイクはお主らを全員殺すつもりじゃぞ?」
脅す様に言うヘイロンだったが、バローは不敵に笑って見せた。
「そんな事は百も承知だよ。俺達はその上で裏を掻いてやりてぇんだ」
「剛毅な事よの。・・・じゃが、マンドレイクの腕は長いぞい? 彼奴は此度の騒動のドサクサに紛れてフェルゼンも落とす算段を付けておる」
「フェルゼンにはアランが居る。それに、王都の兵士共とは違って錬度も高い。そう簡単には落ちんぜ?」
「『無貌のアラン』かの? 最近ではすっかり血生臭い話を聞かん様になったから牙が抜けてしまったと巷では思われているようじゃが・・・?」
ヘイロンの言葉にバローは首を振った。
「俺もそう思って仕掛けようとした事があるが・・・とんでもねぇ、今でもやり合ったらどっちが勝つか・・・」
「ほう? 『龍殺し』にそこまで言われるとは、上手く牙を隠したものよの」
「それにフェルゼニアス公もあんな顔して中々えげつないからな。舐めてるとしたら相手が悪いって事を嫌ってほどその体で知る事になるだろうよ。・・・だがその情報自体は教えておいて損はねぇな」
フェルゼンを狙う敵の手があるという事をバローはユウに伝えようと決めた。
「で、そっちはいいとして、こっちはどうなんだ? パーティーの詳細が知りたいんだが・・・?」
「うむ・・・これはどうやら最初からフェルゼニアス公を標的とした物では無いらしい。・・・ここから先の話は特に心して聞いて欲しいのじゃが・・・」
事の重大さを物語る様に、ヘイロンは安全なはずの部屋の中を見回して語り出した。
「密偵の話では、先日の『黒狼騒動』の首謀者はマンドレイクじゃ。そして此度のパーティーの真の標的は・・・次にこの国の玉座に付かれるお方、ルーファウス殿下に他ならぬ」
ヘイロンの言葉に部屋に無音の衝撃が駆け抜けた。
フェルゼン攻略、ローラン暗殺、『黒狼騒動』の真犯人、そしてルーファウス暗殺という情報を得て、物語は加速して行くのでした。




