X-12 エルフィンシード
「はぁ・・・暇だ・・・」
軟禁状態のナターリアは自室にて大きな溜息を付いた。あれから数日が経過していたが、未だ母であるアリーシアから外出の許可は出ていなかったのだ。
ナターリアはこの数日、魔法の勉強をしたり、悠への礼の品を選んだりしていたのだが、王宮から出る事が叶わない状況は活動的なナターリアには中々に耐え難いものであった。
「上手い事母上が王宮から出掛けては下さらぬだろうか? そうすれば私もユウに会いに・・・っ!?」
と、そこまで呟いた所でナターリアは自分の言動に気付いて慌てて言い訳を口にした。
「ち、違うぞ!? こ、これはあくまで恩を受けたまま放置するというのがエルフの信義に悖るというだけで、深い意味など無いのだ! うん、私は間違って無い!」
自分を納得させる為の言い訳を捻り出してナターリアはざわめく心を静めた。だが、心が落ち着いて来ると出て来るのはまたも溜息であった。
「・・・はぁ、何とも空しい日々ではないか。こんな事ではユウに呆れられてしまうぞ」
結局出て来るのは悠の事である辺り、意識している事は明白なのだが、あれだけ鮮烈な印象を与えられてはそれも仕方無いのかもしれない。
だが、そんなナターリアの無聊の日々は唐突に破られる事になる。
「ナターリア、一応この辺りも落ち着いて来たみたいだから、私は一度前線に近い町や村の視察に行って来るわ。アナタももう反省したでしょうから、謹慎を解いてあげる。・・・反省したわよね?」
「え!? も、勿論です、母・・・陛下!! しっかりと自室にて反省しておりました!! ・・・それで、その、いつお発ちになるのでしょう? 期間は?」
アリーシアの突然の宣言にナターリアは驚きながらも内心では快哉の声を上げた。これで悠に会いに行く事が出来るという思いがナターリアの口を滑らかにしていたのだが、それは逆にアリーシアを訝しませる結果になった。
「・・・そんな事を聞いてどうするの? 私が居ない方がナターリアは嬉しいのかしら?」
「や、い、いいえ、そ、そんな事はありません!! ただ、王女として陛下がどのくらい国を空けられるのかが気になっただけで・・・!」
「ふぅん・・・ま、いいわ。出るのは明後日、期間は一月前後って所かしらね? その間、アナタは好きにしていなさいな。だからといって怠惰に過ごさない様にね?」
「心得ております! 私も自らを鍛え直したいと思っておりましたので! では失礼します」
そう言ってナターリアは内心の高揚を隠し切れない顔を必死に制御してアリーシアの前から下がって行った。・・・そのナターリアの背後を薄く光る蝶が追いかけていくのも気付かずに。
「・・・どこで教育を間違えたのかしらね? あんなに分かり易いんじゃ、とても謀略なんて任せられないわ。・・・ハリーが居てくれたらその辺りも含めていい教師になってくれたでしょうに・・・」
アリーシアは200年ほど前に亡くした幼馴染みの事をふと思い出した。エルフなのにエルフらしくない、そんな変わり者ではあったが、アリーシアも大いに影響を受けたものだ。火事で死んだと聞いた時には年甲斐も無く大声で泣いてしまった事まで思い出して、アリーシアはほんのり頬を染めて思い出の中から思考を切り離した。
(居ない者を嘆いても仕方無いわね。とにかく今はナターリアの動向に注意するとしましょう。確か・・・独り言ではユウとか言ってたわ。名前からして人族かしら? その者がナターリアの役に立つ者なら私から褒美をやってもいいけど、万一それがナターリアを取り込んでエルフに仇なそうというのなら・・・)
そう思案するアリーシアは既に先ほどの少女の如き感傷など微塵も感じさせない、酷薄なるエルフの女王として宙を睨んでいた。
「やったー! こんなにも早く機会が訪れようとはな!! しかも特にお咎めも無く課題も課されないとは母上もお年を召してようやく丸くなられたかな? ハハハッ!!」
高笑いしながらナターリアはベッドに飛び込んでゴロゴロと右転左転を繰り返した。
まさか聞かれているとも思わず、ナターリアは言いたい放題ブチ撒けていた。遠くで聞いているアリーシアの額に青筋が立っている事など思いもよらずに。
「確か明後日お発ちになると仰っていたな? では私は念には念を入れて4日後にユウと連絡を取るとしよう!! 待っていろよユウ!! じきにナターリアが参るぞ!!」
喜びのあまり大声で自分の予定を口に出すナターリアだったが、あまりに無防備さに拍子抜けを通り越して頭痛を覚えるアリーシアであった。
あんまりナターリアは謀略が得意では無いので・・・




