X-8 蓬莱8
「うぅ・・・ナナ様に釘を刺されちゃった・・・」
「許してくれたのだからそんなに気に病まない事だ、ナナナ殿。会談が首尾良く終えられたのだから良かったではないかな?」
しょげるナナナを匠がフォローする場所から少し離れた場所では雪人、朱理、真がヒソヒソと囁き合っていた。
「おい、防人教官がいよいよナナナ殿を落としに掛かったようだぞ? 我が国の法制で教官が罰せられたりはせんだろうな?」
「本当に外見通りの年齢ならば有罪ですが、相手は人間ではありませんから問題ありません。教官にもようやく春がやって来たという事ですね」
「何言ってんすか、あんたら・・・」
真の突っ込みはさらりと無視し、朱理が今気付いたかの様な顔で口に手を当てて呟いた。
「あっ、でもそうすると、副官としてつけた古賀 紗里奈軍曹待遇の立場がありません! 彼女は人間ですし、年齢的にも有罪なので諦めて貰った方がいいのでしょうか?」
「待て、西城。神はどうだか知らんが、人は成長するものだ。丁度古賀が適齢期になった辺りで教官がナナナ殿に愛想をつかされるかもしれんのだから、次弾は用意しておいた方がいい。備えあればという奴だ」
誤解が無い様に言うと、匠は紗里奈の能力と勤務態度を買って重宝しているだけであり、2人が危惧する(或いは悪乗りする)様な意図で傍に置いている訳では無い。
「馬鹿な事を言っていないで、そろそろちゃんと仕事をしましょうよ!」
「・・・おい、聞いたか西城? 真は俺達が不真面目に見えるらしいぞ?」
「非情に遺憾だと言わざるを得ませんね。自分の親にも等しい教官の幸せを祈る教え子を色眼鏡で見るなんて、よほど根性が捻じ曲がっているとしか思えません。さぞお父上も嘆いておられるでしょう。私から懸念をご報告しておきます」
「それがいい、俺も連名して伝えておいてくれ。悠が居なくなってから、真の態度がでかいと」
「止めて下さいよ!! 分かり易い嘘でも親父は本気にするんですから!!」
顔を真っ赤にする真を見る2人の目は連携の取れた肉食獣の物であった。
「ん? そう言えば俺が真の為に交渉してやった『隔世のペンデュラム』の礼もまだ聞いていなかった様な・・・ハハハ、千葉の次期当主がまさかそんな事はあるまいなぁ?」
「ウフフ、そんな忘恩の徒が居ようはずがありませんわ。それこそ冗談抜きでご報告しなければなりません」
「・・・わ、分かりました、自分が悪かったです・・・もう勘弁して下さい・・・」
真に泣きが入った所で雪人はニヤリと笑い、本題を切り出した。
「では一つ命令を聞いて貰おうか・・・。皆! 俺から一つ提案がある、話を聞いてくれ!!」
そう言って注目を集めた雪人がある書類を手に取った。
「悠の事に付いては後は連絡待ちという事で良かろうと思うが、それまでに多少はこちらも戦果を上げておきたいと思う。そこで出て来るのが志津香様より今朝方届いた意見書なのだが・・・」
「志津香様の意見書とは?」
「『広域における龍勢力残党の調査と殲滅に関する意見書』ですよ、防人教官。まずは情報部で吟味してからと思っておりましたが、どうせ広域探査となると『竜騎士』以外には務まらんですからな。この場で決めてしまいましょう」
「まぁ、もう目を通して頂けたのですね?」
雪人が切り出した用件に志津香が手を合わせて喜んだ。
「ええ、内容としてはこれまでの警戒範囲を超え、更に広い領土を探索し、残存する龍を狩り出そうというものですね。これからこの国はもっと大きくなっていくのですから、有用な土地の確保と危険の排除は当然の事です。幸い、ナナナ殿は周辺小国家の来賓という事になっておりますから、それら小国群に請われてという名目で調査を行いましょう。それについては皆も異論は無いか?」
雪人の言葉は理に適うものであるので、誰からも異論は無かった。それで無くても皇帝である志津香が自ら認めた意見書であるので、迂闊に異論など唱えられるはずは無かったが。そんな事に頓着しない仗までもが静かだったのは、久々に龍と戦えるかもしれないという期待感からであったが。
「ついては、この件の責任者には真を当てたいと思う。先ほど内々に本人に聞いた所、是非にとの申し出があったので、能力や意気込みからこの件は任せたい。そうだな、真?」
「え!? ち、ちょっ――」
「まぁ! そうでしたの? 私、とても嬉しく思いますわ!!」
「う・・・・・・・・・そ、その通りです、志津香様。粉骨砕身、任に当たらせて頂きたく・・・」
反射的に反論しようとした真の言葉を志津香の無垢な言葉が上書きし、結局真は引き受けざるを得なかった。
「真様には昔から助けられてばかりですわね。これからも私を支えて下さいまし」
「み、身に余る光栄・・・」
「ハハハ、志津香様から労いの言葉を頂けるとは、何とも羨ましいな、真。俺も『竜騎士』であれば手伝ってやるのだがなぁ」
(く、クソ!!! 完全に嵌められた!!! 誰かこの性悪男に天誅を・・・! あ・・・神はナナナ殿だったか・・・)
それに思い至った真の目が死んでいた。諦めと絶望がスパイスとして散りばめられている。
「それに加えて新米『竜騎士』の亜梨紗にはこの機に龍との戦闘経験を積んで貰おう。亜里沙、いいな?」
「はい! しかと拝命致しました!!」
こちらは初任務とあって、意気込みも高く力の籠った敬礼を雪人に返した。
「それとついでだ、轟も付いていってやれ。どうせ戦いたくてうずうずしているのだろう?」
「珍しく話せるじゃねぇか。いいぜ、俺がそれなりに仕込んでやるよ」
この仗の発言には彼を知る者達は意外の念を禁じ得なかったが、混ぜっ返して臍を曲げられても面倒なので雪人はそのまま流した。
「その間、手薄になる国の防備には『竜器使い』に頑張って貰おう。現状、たまに出て来る程度の龍ならばそれで十分に対処可能だ。防人教官はそれらの統率をお願いしましょう」
「心得た。・・・だが、俺からも一つ提案があるぞ」
「何でしょうか?」
逆に提案された雪人が匠に聞き返したが、その内容に流石の雪人も虚を突かれた。
「雪人、お前もそろそろ『竜騎士』になって貰う」
「・・・は? ・・・いや、急にどうされましたか?」
「前々から思っていた事だ。今『竜騎士』は最盛期の半分しかおらん。新たな『竜騎士』を入れてな。これではお前の言う有事の際の戦力としては心許ないのでは無いかな? 特に悠が居らんのは致命的だ。であれば、軍のトップの片割れたるお前が『竜騎士』になるのが最善だろう。未だ腕は錆びついてはおるまい?」
「と、申されましても、俺は最低限の鍛練で錆び付かせない様にしているだけですが?」
雪人は戦闘よりも知略に重きを置いているので、『竜器使い』としての戦闘能力はそんなに高くは無いが、人間としての戦闘術の練度はかなり高いのだ。その辺りは悠が相手だったからという部分が大きいのだが。
「『竜騎士』となる為に最も必要なのは精神力の方だ。お前以上に負けん気の強い者が他に居るとは俺には思えんな」
「・・・褒められているのか貶されているのか分かりかねますが?」
「事実を語っているだけだ。褒めても貶してもおらんよ。・・・もっと簡潔に言ってやろう。雪人、悠と肩を並べて戦いたくはないか?」
「っ!」
それは幼き頃に雪人が夢見た光景であった。共に戦場を駆け、互いの背中を守り合う関係は今では形を変えてしまったが、その夢想は常に雪人の傍らにあったのだ。
しばらくの間、会議室を沈黙が支配していたが、やがて雪人は首を振って答えた。
「・・・流石長年教官職に就いているだけの事はありますな、人をその気にさせるのがお上手だ・・・分かりました、確約は出来ませんが努力しましょう」
「大丈夫だ、千葉妹の覚醒の経緯からおおよその計画は立ててある。少々荒療治ではあるが、まぁ、雪人なら死にはせんだろう」
不穏過ぎる事を匠が呟いた瞬間、雪人は踵を返した。どの様にして亜梨紗が覚醒したかに思い至ったからだ。
「・・・おっと、自分は少々用を思い出しました。これにて失礼させて頂きます」
「まあ待て。既にこの後に練兵場を予約してあるのだ。雪人の言質が取れて無駄にならずに助かった」
「クッ・・・不覚!」
捕獲される雪人を見て、ほんの少し溜飲が下がった真であった。
一応全員が納得する形と方向が見えて来た所で次はノースハイアです。




