X-7 蓬莱7
そして約束の一週間後。『竜騎士』達とナナナ、そして志津香が第三会議室に集結していた。
「さて、普段なら俺か西城が議長を務める所だが、今日は防人教官にお任せしてもよろしいか?」
「承った。足りない所は補足して貰えればありがたい。ではナナナ殿、早速お願いしても宜しいですかな?」
「分かったよ、ちょっと待っててね」
最初から強硬派の雪人が音頭を取ると会議が紛糾するという理由から、あえて雪人は匠に司会を委ね、自らは要所要所の補足を引き受けた。ナナナとの関係からしてもそれは妥当な判断であるが。この辺りはこの1週間で雪人が譲歩した部分であり、匠もそこまで譲られては誠心誠意ナナナを説得するしか道は無かった。
ナナナは懐からペンデュラム(振り子)を取り出すと、それを自分の目の前に掲げ、会議室のスクリーンを透かしてみせた。
「ナナナ殿、それは?」
「この前ナナ様には緊急用の連絡方法で連絡を取ったけど、あれだと他の人には誰と話しているのか分からないからね。これは通常の連絡手段で『隔世のペンデュラム』っていう道具だよ。これを通して天界から音声と映像を引っ張るの。悠さんに持って行って貰おうかと思ったけど、下の界は力場が不安定で使えない可能性が高いから渡してなかったんだ」
ナナナの説明にいち早く反応した雪人が隣に居る真の脇を肘で突いて小声で囁いた。
「おい、真、今お前が最も欲しい物が目の前にあるぞ。お供え物でもして譲って貰え」
「ちょ、今言わないで下さいよ!! ・・・後で上手く行ったら交渉します」
「馬鹿野郎、交渉が上手く行かなかったら貰えんだろうが! ああいう物は貰える内にサッサと手に入れるのだ!」
悪魔の如き囁きであった。とても業が青い人間の発言とは思えない。真に任せても埒が明かないと見た雪人は早速偽りの笑顔を浮かべてナナナに問い掛けた。
「コホン。・・・ナナナ殿、その様な物品があるのを知らせてくれないとは水臭いではないですか。こちらも悠からの連絡を真でしか受け取れないのであれば、真の負担が激しいと危惧していたのですよ。それがあれば我らも情報の共有が可能になります。是非真の為にもお貸し願えませんでしょうか?」
事ある毎に真の名前を連呼して交渉する雪人の中身を知る者達は――志津香以外――胡散臭い物を見る目で雪人を見たが、雪人の笑顔の仮面を貫通する事は出来なかった。
そして当のナナナは特に隔意も無く懐からもう一つの『隔世のペンデュラム』を取り出して真に歩み寄った。
「そうだったの? じゃあ一つ余ってたからあげる。使い方は特に難しくないよ。隔世心通話を受け取りながらペンデュラムに聖気・・・じゃなかった、マコトの場合は竜気を流し込めば投影されるから」
「は、はぁ・・・き、貴重な物を有難う御座います・・・」
どうにも見た目が少女のナナナを騙している気分になって真はまた胃が痛むのを感じていたが、後々の自分の過負荷を考えると受け取らざるを得ず、悪魔の契約書に署名する様な気持ちで受け取った。
「やぁ、良かったではないか、真。お前の負担が軽減出来て俺も嬉しいぞ」
「そ、それはどうも・・・」
(クックック、神と言っても人間の奸智には疎いと見える。この調子でもう幾つか使える物を引き出せんかな?)
(・・・真田先輩、絶対何か悪い事を考えてるな・・・)
(・・・あれは悪い事を考えている顔ですね・・・)
(雪人・・・俺にはお前が善人なのか悪人なのか分からんよ・・・)
(雪人さんのああいう所はちょっと滉に似ているな・・・)
(どうでもいいからサッサと話を進めろっての。前置きがなげーんだよ)
(良い関係が築けている様で微笑ましいですわ)
誰が誰とは言わないが、間違い無く志津香だけは表面上の友好を微笑ましく思っていた。
「じゃあ受け渡しも済んだ事だし、そろそろ始めていいかな?」
「ああ、ナナナ殿、宜しく頼む」
「行くよ・・・!」
ナナナが中断された動作を繰り返し、スクリーンを透かしながらナナへと隔世心通話を送った。
すると程なくして、スクリーンに年若い銀髪の女性の姿が現れる。
《皆さん、一月ぶりですね。お元気そうで何よりです。今日は私に尋ねたい事があると聞き及びましたが?》
「お久しぶりです。今日はナナナ殿に伺った情報が重要度が高いと判断し、ご連絡を付けさせて頂きました」
《それは・・・はぁ、ナナナ、貴方また口を滑らせたわね?》
「あ、あはは、そ、その、ちょび~~~~~っとですよ?」
スクリーンの向こうで溜息を付くナナと慌て出すナナナを見るに、どうもナナナの口の軽さは日常的な物であるらしい。そこに演技の匂いを嗅ぎ取る事が出来なかった雪人はコッソリと2人への警戒ランクを下げた。
(迂闊と分かっているナナナを置いたのは、情報が漏れるのは想定済みという事か。であればそこに後ろ暗い事は無いのだろうな。・・・迂闊な人物を置くなと言いたい所だが、俺の管轄では無いか。だが、もしこれが演技であればナナは大した役者だな)
《ちょび~~~~~っとで自分の存在を危険に晒すのではありません! 時が来て情報が確かになれば伝えると言ったでしょうが! ・・・申し訳ありません、皆さん。どうも不安を助長する様な事をナナナが言ったらしいですね。この子は人と仲良くなるのは上手なのですが、どうも不用意な所が有りまして・・・》
「いえ、我らを信頼して話してくれたのならそれはこちらとしても嬉しく思う所存です。あまりナナナ殿をお叱りにならないで下さい」
「た、タクミ~!」
キラキラした目で匠を見るナナナを余所に、匠は真摯な口調でナナを宥めた。
(クックックッ。 まるで娘に甘い父親だな、真)
(プッ!? ちょ、ちょっと笑わせないで下さいよ!!)
後ろで学生気分が抜けない2人が小声で囁きあって噴き出していたが、幸いにも匠には気付かれなかった。
《・・・仕方ありませんね。ここは防人竜将に免じて許しましょう。・・・ただし、2度はありませんよ? 天界には2度までは許してくれる神もいらっしゃいますが、私は一度だけです。いいですね?》
「は、はいっ!!!」
カタカタと震えながらナナナは背筋を伸ばして返答した。
《結構。では改めまして、私に尋ねたい事とは何でしょうか?》
「それは悠の・・・いえ、広義に言えば我らの敵とは如何なる者かと言う事です。それに加え、まだ我らに話していない情報があるなら是非お話頂きたい。聞きたい事がある度にナナナ殿を体調不良にする訳には参りませんので・・・」
初手から核心を切り出した匠の質問にナナは渋面を作ったが、それを向ける相手は匠では無くナナナであった。
《・・・やはりそこですか・・・ナナナ、次は本当に許しませんよ? 貴方がそこで崩壊でもしたらその世界に多大なご迷惑をお掛けする事になると分かっているでしょう?》
「ご、ごめんなさい、ナナ様・・・」
《次からは禁忌に掛かる事はすぐに私に連絡を取りなさい。・・・それで、お答えとしてはやはり最初と同様に分からないとお答えするしかありません。予測はありますが、現時点では何とも言い難いのです》
「予測であっても構いませんよ。他ならぬ神々の予測であるならば、卑小な人間がああでもないこうでもないと愚にもつかない話し合いをするよりもよほど確度の高い情報でありましょうからな」
少々毒を混ぜた口調で雪人が会話に割り込んだ。
《それでは皆さんの不安を助長する結果になりはしませんか?》
「いえいえ、我らとしては予測すら立てられないという現状の方が不安を感じております。・・・そうですな、最悪を想定して、万一敵が魔界の悪鬼悪神の類であろうとも、そう聞かされている方が安心出来るというものです」
《・・・真田竜将は少々お意地が悪いですね、ナナナの話からそこまで予測が付いているのなら、私に聞くまでも無いのではありませんか?》
「良く言われます。そのお言葉から察するに、肯定と受け取らせて頂きましょう」
少し険を覗かせたナナの言葉にも全く怯む事無く雪人は内容だけを受け取った。
「雪人、程々にしておけ。・・・不躾な質問をしてしまい済みませんでした。しかし、内容としては概ねその通りです。我らは既に龍の襲来を受けた身の上。この上別の脅威が迫ったとしても怖気付く事はありません。予測の裏付けの為にも、是非天界の見解をお聞かせ下さい」
雪人としては聞く事は聞けたので反論も無く頭を下げて引き下がった。詳細を語って貰う為の先導は匠に任せる方がスムーズにいくだろうという打算もあったが。
《天界ではこの事態に気付いた時から根強く魔界の者が事に関わっているのではないかという予測はありました。特に、世界を超えて干渉し得る技術などは天界と魔界にしか実用段階の物は存在しません。そこに疑いの目を向ける事は当然と言えましょう。・・・しかし、最も有力な説として魔界が挙げられていても、その裏を取る事はまだ出来ていないのです。ですので、悠さんの情報をお待ちし、それを裏付ける事が出来た時に初めて皆さんや悠さんに確定情報としてお渡ししたかったのですが・・・それも、ナナナの言葉で機を逸してしまいました・・・》
「なるほど、ちょっとした情報の行き違いだったと。その言葉が聞けて安心しました。雪人、お前も異論は無いだろう?」
「そうですな。意図的に隠されているという話では無いのなら安心です。確度の高い情報を尊ぶのは自分も同じですから」
《ご理解頂けて嬉しく思います》
縮こまるナナナはさて置き、一応納得のいく説明が成された事で雪人の気分も幾らか晴れていた。
「では、この事態に関わる魔界の者と言えば、どの程度の者達を予測されていますか? 確かナナ殿は自らを10級神と称しましたが、魔界の者にもランクがお有りですか?」
《魔界の者にもランクはあります。私と同等というならば10級魔という具合ですが、事の重大さからもっと上の者が絡んでいても不思議はありません。また、私がこの世界に来る事が出来た様に、ランク内の者ならば10級魔から可能です。それも複数であるとすれば5~10級魔辺りが予測されています。その為、事態が把握出来るまでの間、10級神である私がこの件を任されているのです》
「最大限の5級魔と仮定するとどの程度の戦闘力を持ちますか?」
匠の質問にナナは顎に手を当てて答えた。
《一概には申せませんが・・・最大限と言うならば、『竜騎士』の中間程度に位置するのでは無いかと思われます》
「とすると・・・丁度自分くらいという事ですな」
《そうですね、防人竜将がほぼ同程度と言っていいでしょう》
「良かったと思えばいいのか、我が身の不甲斐無さを憤ればいいのか分かりませんが」
苦笑して匠も言葉を返した。自分程度の強さであれば、悠がそうそう遅れを取る事も無いと考えたからだが、それはそれで力になれない様で納得し難かったのだ。
「チッ、せっかく面白い奴らとやりあえると思ったのにそんなモンかよ」
「轟虎将、不謹慎ですよ」
「ほっとけ、そいつは存在自体が不謹慎だ」
「うっせぇ!」
場が荒れかけたが、匠が咳払いをすると2人は渋々引っ込んだ。
「ゴホン!! ・・・では、最後に。悠に渡した能力はマーカーになっているとの事でしたが、悠はまだ無事でしょうか?」
《はい、それは天界でも常に確認していますから。悠さんが存命なのは間違いありません。私は上手くやってくれていると信じていますよ》
ナナの言葉に会議室に安堵の気配が広がった。結局の所、皆が一番知りたかったのはその点であったのだ。
《ナナナから間接的に聞く事も出来ますが、そろそろ連絡が繋がるはずなので必要無くなるでしょうね》
「有難う御座います、一応これで聞きたい事は聞けました。他の者も何かあるか?」
形式的に全員の意見を聞いて、特に無い様子だったので匠はナナに向き直り腰を折った。
「本日は我らの問いに答えて下さって有難う御座いました。また悠から連絡がありましたらご報告させて頂きましょう」
《私こそ、今日は有意義な時を過ごせました。吉報をお待ちしております》
ナナがそう言うとスクリーンは消灯し、会談は終了を迎えたのだった。




