X-6 蓬莱6
「・・・以上が真田先輩のお考えだそうです、防人教官」
「俺が行くと行っただろう? ・・・余計な苦労を背負い込む奴だな、お前は」
「今防人教官が行ってもまともな話し合いにはならないでしょう? 苦労していると思われるならもう少し歩み寄って下さい」
「済まなかったな。・・・だが俺とて分かってはいるのだ、俺はあくまで蓬莱の人間であり、この世界の利の為に行動すべきだという事はな」
真の報告を聞いて匠は深く椅子に腰掛けて息を吐いた。
今2人が居るのは匠の執務室である戦闘竜将室である。朝一番でそこを訪れた真は昨日の顛末を匠に報告していたのだ。
「だが、知れば知るほどナナナ殿の善の気質を感じるのだ。そんな相手に誠意以外の方法で接するのは俺には出来んよ」
「別に真田先輩も拷問しろと言っている訳では無いですよ。・・・ただ、悠さんの役に立てない自分に憤りを感じていらっしゃるのでしょう」
「それは俺も同感だ。出来れば今すぐにでも向こうへ行って悠を手伝ってやりたいと思う。・・・だが現状ではやれる事をやるしかないのだ。お前の妹といい、雪人といい、自分の想いを直接表せる若さを羨ましく思うがな」
口が上手くない事を自覚している匠は自嘲気味に呟いた。
「そ、それについては昨日は愚妹が無礼な口を叩きまして失礼しました!」
「別に俺も責めている訳では無い。・・・ただ、何故だろうな、想いは同じなのに対立してしまうのは・・・」
「・・・真田先輩はようやく手に入れた平和をこの世界の者でも無い者達に掻き乱されるのが我慢ならない様です。それが悠さんだから尚更なのでしょう。自分達は悠さんを中心に纏まっていました。その功労者たる悠さんが別の世界で働かされているのが真田先輩は許せないのです。それは悠さんのみならず、防人教官も同じです。もし悠さんに何かあったら今度は防人教官が酷使されるのではないかと危惧しておいででした。・・・ああ見えて、真田先輩は情に厚い人ですから・・・」
真の言葉に匠は唸った。雪人にも考えがあろうと分かってはいたが、それが自分の身を案じる物であっては匠の性格上、痛い所を突かれたという思いが胸に刺さっていた。
「うむむ・・・雪人がそんな事を・・・」
「それでも真田先輩は教官の意を汲んで一週間は待つと約束してくれました。教官も真田先輩の意見を尊重してあげては頂けませんか?」
匠は難しい顔をして黙り込んでいたが、やがて顔を上げ、言葉を紡ぎ出した。
「・・・分かった。だが、問い詰める様な事はしないと了承して貰ってくれ。俺がそれまでになんとしてもナナナ殿を説得してナナ殿との会談の場を設定して貰う。・・・頼む」
立ち上がって頭を下げる匠に真も誠実に返した。
「頭をお上げ下さい。自分も拷問染みた手段には反対ですから。・・・ですが、あまりにあちらの対応がぞんざいであれば、対立とまでは行かなくても不干渉を貫く程度は必要でしょう。ナナナ殿にも天界にお帰り頂き、我らは悠さんの帰還だけに傾注するのが最善と愚考します」
「それくらいは仕方無かろうな・・・。分かった、それについては俺も異論は無い」
「歩み寄って頂けて感謝します・・・ふぅ」
慣れない交渉役に真の口から大きな溜息が漏れた。
「フ・・・ようやく真も頼もしくなって来たではないか?」
「勘弁して下さい。・・・でも、悠さんがやってくれていた事ですから、その穴は皆で埋めねばならないという事なんでしょう・・・失礼しました」
真は敬礼して部屋を退室し、その足で情報竜将室へと向かった。
「落とし所としてはそんなものだろうな。・・・それと真、俺がいつ拷問などすると言ったのだ? 俺は問い詰めるとは言ったが、昨日言った通り女に酷い真似はせんと言ったはずだが?」
「・・・真田先輩に問い詰められるのは殆ど拷問と変わらないと思いますが・・・」
「見解の相違だな。俺ははっきりさせるべき事に妥協しないだけだ」
「分かりましたよ。では了承して頂けるのですね?」
「ああ、好きにしろ。これで交渉が成就するにせよ決裂するにせよ、1週間で話にケリが着く。・・・だが、そうなったらなったで一番忙しいのは真、お前だぞ?」
雪人の不吉な言葉に真は眉を顰めた。
「・・・なぜ自分が?」
「忘れたのか? 貴様が一番悠と連絡が繋がる可能性が高いのだろうが。なれば、そろそろ連絡が付くと言うのなら例え風呂に入っていようと眠っていようと、果ては女を抱いていようとお前は連絡が付き次第、下男よろしく全てを放棄して上司たる俺や教官に報告せねばならんのだ。ハハハ、愉快ではないか」
「全然愉快じゃありませんよ!? 何でそんな酷い事を笑って言えるのですか!?」
「決まっている、俺の事では無いからだ」
勝ち誇った笑みで言う雪人に、真の肩がガックリと下がった。
「・・・それで、何で交渉が決裂しても自分が忙しくなるのですか?」
「その場合は天界からのサポートが皆無になるからな。真は繋がる限り悠から情報を集めて精査せねばならん。大規模戦闘が予測されるなら戦略案、戦術案を練るのもその情報次第だ。恐らく寝ている暇も無かろうなぁ・・・」
「他人事みたいに言わんで下さい!! そもそも作戦の立案は真田先輩の役目ではないですか!!」
真がそう言った瞬間の雪人の目はいっそ嗜虐的ですらあった。
「ほほう・・・言うではないか。だが真、俺が作戦立案に当たって妥協せん事は知っていよう? その際、もし他に情報を受け取れる者が居ないのなら、貴様が全ての情報を集めろよ? 俺が曖昧な情報が嫌いなのは今回の事を紐解くまでも無く理解しているだろうな?」
「うぐっ!?」
正論を吐く雪人に真が思わず一歩後退った。
「それが嫌なら俺達全員に情報を開示する手段を探すか、防人教官の手伝いでもして精々天界の奴らから上手く情報を引き出す算段でもつけるのだな。どちらが上手く行っても俺には何の損も無い。やぁ、我ながら冴えているな」
「・・・どんだけ極悪非道なんですか・・・」
真はそう囁くのが精一杯の抵抗であったが、当然雪人の面の皮は厚いので跳ね返されてどこか明後日の方へと飛んで行ってしまうのだった。
「ほら、貴様は用が済んだらサッサと出て行け。俺は今日の朝付けで陛下から下知された事案で忙しいのだ」
「陛下から? 一体何のお話ですか?」
「そんなに興味があるなら貴様を責任者にしてやってもいいが・・・?」
「し、失礼しましたっ!!」
これ以上重責を負わされては敵わぬと、真は敬礼もそこそこに慌てて情報竜将室を辞した。
「不作法な奴だな。・・・だが、この提案は中々に面白い。『広域における龍勢力残党の調査と殲滅に関する意見書』とは・・・。これはどう見ても真が一番向いているな。興味もある様だし、細部を詰めたら任せてやろう。部下を適材適所に配するとは、俺も人間が出来てきたかな?」
真が聞いたら罵詈雑言を喚き散らす様な事を平然と言って、雪人は志津香から受け取った意見書に目を通していくのであった。
朱理が志津香で・・・いえ、志津香と遊ぶ様に、雪人は真と遊ぶのでした。
重要な話を洒脱を交えて話すのが雪人流です。




