X-3 蓬莱3
その頃、ナナナと匠は視察という名目で皇都を並んで歩いていた。人前という事で、国賓という名目のナナナへの言葉遣いは慇懃であった。
「タクミ、これ美味しいね、はぐはぐ」
「お口に合ってなりより。・・・しかし、ナナナ殿には退屈をさせてしまって申し訳ないですな」
「ううん、それは別にいいの。私は仕事が無い時は基本的に休眠状態だし、こんなにゆっくり出来るのは久しぶりだから。それに、こんな風に人の子と関わり合うのも初めてだし、全然退屈なんてしてないよ!」
パタパタと手を振るナナナの言葉が真実である事を裏付ける様に、その顔には曇りのない笑顔が浮かんでいた。ちなみにナナナが食べているのは秋山の店の串焼きである。相次ぐ『竜騎士』の来店で秋山の店は現在は最近皇都でも注目されており、今の店では入りきらないくらいの客が押し寄せて忙殺されていたが・・・
「そう言って頂けると助かります。・・・しかしナナナ殿、若い者達は自分達の中心的存在であった悠が居なくなり浮き足立っております。何か他からの情報は御座いますまいか?」
「うん・・・残念だけど、天界からの連絡は無いの。そもそも天界でも内情を把握出来ないからこそ人間の勇者であるユウさんに行って貰ったんだし、内情は向こうから連絡してくれないと分からないの。私達の目算だとそろそろ繋がってもおかしくないんだけど・・・」
匠の質問に済まなそうにナナナは答えた。
「いえ、それならば仕方ありませんな。そもそも奴らは悠に依存し過ぎなのです。自分としては悠が無事であればそれで・・・と、これはナナナ殿を前にして無礼な言い回しでしたな、許されよ」
「ううん、親しい人が危険な目に遭っているかもしれないんだから、タクミがそう思う事は失礼なんかじゃ無いよ。・・・正直、私達だって今回の事は異例中の異例なんだもの。ナナ様だって言ってたわ。「いくら勇者が関わる案件とは言え、本来ならもっとずっと上の神格保持者が任されてもおかしくない事件のはず」だって・・・あっ!?」
そこまで言った所でナナナは慌てて言葉を切った。
「ご、ゴメン! 今のは聞かなかった事にして! 天界の事はみだりに人の子に喋っちゃいけないんだった!」
匠はナナナの言葉に小さく首を振った。
「・・・ナナナ殿、重ねて無礼を承知で申し上げるが、そろそろ我らを信用して下さらんか? 我らは決して内輪の話を外に漏らしたりはせぬし、それによって交渉を有利に進めようなどという卑劣な真似はせぬ。我らはナナ殿、ナナナ殿を信じて行動しているが、その信頼が一方通行なのではいざ何かあった時、統一した意志の下行動する事が出来ない。我らが望んでいるのは悠が無事に帰ってくる事ただ一事であって、それ以外に望む事はありませぬ。天界にも色々ありましょうが、是非とも忌憚の無い情報をお聞かせ願いたいのです」
匠は前々から考えていた事をこの機にナナナにぶつけた。ナナやナナナが言葉巧みに自分達を操っているとは思わないが、とかく情報が虫食い状態では突発的な状況に対応出来ず、後手に回りかねないと感じていたのだ。
「あ・・・う・・・」
匠の言葉にナナナはハッキリとしない、迷う態度を見せた。匠に言われるまでも無く、ナナナも今回の件に関して思う所があるのだ。
「ナナナ殿、我ら人間は本来ならただ自分の世界だけで一生を終える身。しかし、なんの因果か龍や竜に関わる事になり、その縁が高じて人の身には過分な力を持つに至りました。その中でも悠は格別に数奇な運命にあるようです。一時期でもあやつを導いた者として、自分は少しでもその手助けをしてやりたいと思うのですよ。今更惜しむ我が身でもありません。気に入らなければ自分の命でよければ差し出しましょう。どうか、知っている事を教えては下さらんか?」
一方の匠には一片の迷いも無かった。そもそも大戦を生き抜いた事すら偶然であり、一番年長の『竜騎士』として生き残った事を恥じてすらいたのだ。そんな死に場所を失ったこの命に使い道があるのなら、匠としては差し出すことに躊躇いは無かった。
「・・・・・・・・・」
そんな匠の覚悟が本物であると悟り、ナナナは長い間黙って歩き続けた。いくつも通りを過ぎ、悠と縁のある公園まで来た所でナナナは重い口を開いた。
「・・・私も断片的にしか知らないんだけど、今回の事には相当偉い神様も関わっているみたい。ナナ様はあくまでその下で働いている実働部隊でしか無くて・・・事態はもう普通の人の子の手に負える範疇を超えてるの。ナナ様は言っていなかったけど、他の世界の勇者に手助けを求めなかった理由はもう一つあって・・・それはユウさんが全ての世界の勇者の中で一番強いからなんだよ。それこそ神をも屠れるくらいに・・・。前に言ったよね? ユウさんは私やナナ様よりも強いって。あれは、正確に言えば私やナナ様よりもずっと強いって言った方が正解なの。多分、ユウさんが本気で戦っている時の強さは天界でも相当上に位置しているはず。そんなユウさんをわざわざ引っ張り出した意味がきっとあるはずなんだけど・・・ごめんね、私みたいは下っ端にはそこまで知らされていないんだ」
「では、天界が手出し出来ない云々とは偽りなのだろうか?」
「それは違うよ! 人間であるユウさんじゃないと出来ないっていうのは本当の事なの! 私達が下界に手出しすると崩壊の危険がとても高いから、どんなに高い神格の神々でも、滅ぼそうという意図が無い限り手出し出来ないからこそ人間の勇者に頼んだんだし・・・」
そう弁解するナナナの顔色は先ほどに比べると急速に悪くなり、額には脂汗が浮き始めている。
「・・・? ナナナ殿、ご気分が優れないのだろうか?」
「うう、ん、なんでも・・・うくっ」
怪訝な表情を浮かべる匠の前でナナナは胸を押さえて片膝を付いてしまった。
「ナナナ殿!? 一体どうなされた!?」
「・・・ごめんね、タクミ。私みたいな下っ端じゃ、これだけ話すのが限界みたい・・・私達は禁忌に縛られているって言ったよね? 今話した内容は結構危ない内容なんだ・・・アハハ、役に立たないね、私・・・」
弱弱しく笑うナナナに匠は頭を垂れた。
「・・・済まぬ、ナナナ殿、自分が無理を言ってしまったせいでこの様な事に・・・プロテスタンス、ナナナ殿を回復出来るか?」
《さてのぅ。人間以外を治療した事は無いからの。じゃが今現在受肉しておるのなら、『簡易治癒』を試すといいと思うぞい。肉体的な痛みならそれで和らぐじゃろ》
「分かった。・・・『簡易治癒』」
匠はナナナの体を支えて『簡易治癒』を施した。するとナナナの顔色が若干良くなり、脂汗も引き始める。
「・・・ふぅ、ちょっと楽になったよ。ありがとうタクミ、プロテスタンス」
「いや、礼を言わなければならないのはこちらです。ナナナ殿の実を挺して下さった情報、決して無駄には致しません」
《若造共に感化され過ぎじゃて、ナナナ殿。お主はお主の立場があろう。一時の情に絆されて自らの身を危険に晒すのは感心せんぞい?》
「えへへ・・・良く感情移入し過ぎだってナナ様にも怒られました」
照れ隠しに笑うナナナは年相応の普通の女の子の様に見えた。
「とにかく、この情報は皆に伝える必要がある。特に雪人と西城にな。知恵者の奴らなら俺が読み取れない何がしかの情報に気が付くかもしれん」
《ふむ、それが良かろう。儂も今の話には少々引っかかる所がある。照らし合わせておきたい所じゃて》
(悠、待っていろよ。こちらでも出来る限りの事はしておくからな)
ナナナを抱えたまま、匠は遠い空を見上げ、悠の無事を祈った。
健気なナナナ。割と重要な事を喋ってます。




