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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
閑章 それぞれの思惑編
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X-2 蓬莱2

「はぁ・・・」


そんな雪人よりも分かり易く精神的失調を浮かべている人間が一人皇居に存在していた。今上皇帝である天津宮 志津香である。


(ナナ様が仰っていた一月が過ぎましたわ・・・それなのに悠様からはまだ何の連絡もありません。・・・もしや、悠様に限ってその様な事は無いと思いますが、どこかお体を悪くされたりはしていないでしょうか? そのせいで連絡を取る事が出来ないのだとしたら・・・ああ、悠様、今貴方はどうしてらっしゃるのですか? 志津香は心配で心配で胸が張り裂けそうです・・)


「志津香様、失礼致します。お茶をお持ち致しました・・・志津香様?」


憂慮して俯く志津香は朱理が入室して来た事にも気付かず、ただ自分の思考に深く沈み込んでいた。


(せっかく少しはこの蓬莱も平和になったというのに、これでは喜びも半減です。誰よりも悠様こそがこの平和を甘受すべきなのに、当のご本人はまた生きて帰れるやもしれぬ闘争の場に身を置かれているとは、何と運命の残酷な事か!)


「志津香様! 志津香様!! ・・・駄目ですね、これは。・・・そうだ!」


かなり大きな声で呼びかけても応答の無い志津香に見切りを付けた朱理は迷う事無く書架の一点を目指して歩み寄り、その装丁とは異なる記録媒体を取り出した。


(悠様にお約束した全てのドラゴンの駆逐もこの分ではいつになってしまうか・・・大戦前は探せばいくらでも居た龍が今では月にたったの2体だけ。こんな事では悠様に合わせる顔がありませんわ! ・・・勿論、真田竜将や防人竜将も軍務に精励されている事を疑う訳ではありませんが、せめて目に見える成果を上げて、悠様を安心させて差し上げたいものです・・・)


「えーと、再生再生、ポチッとな」


朱理が映像媒体にそれを差し込み、再生ボタンを押すとお目当ての映像がモニターに映し出された。


(いっそ遠征してみましょうか? 今は高天原の周辺のみですが、今後は活動範囲を広げていく必要があります・・・。新しい『竜騎士』の方も一人誕生した事ですし、その方と他の誰かを組みにして経験を積ませるという名目であれば反対意見も強くは無いでしょう)


いい案を思い付いたと顔を上げた志津香の目に目を閉じてソファーに掛ける悠の姿が見えた。


(ふふ、そうそう、悠様ったら、私が居眠りをしてしまって、それを見て優しくお膝をお貸しになって下さって・・・)


モニターに映る悠の姿にほっこりしている志津香だったが、次の瞬間、モニターから聞こえた声に全身から嫌な汗が染み出した。




「ゆうひゃま・・・えへ・・・」




顔から血の気が引き、歯がカタカタと鳴り始める。いつの間に自分はあの映像を再生してしまったのだろうかと。思った以上に自分は危険な精神状態に追い詰められていたのでは無いかと脂汗が止まらない志津香の前で画面の中の志津香は幸せそうだった。




「ゆうしゃまは・・・おひしゃまの・・にほひ・・」




自分が言っているのだと思うと恥ずかしさの余り壁に頭を打ち付けたくなった志津香だったが、そんな志津香の隣で悩ましげな溜息が起こった。


「ほぅ・・・やはりこの瞬間が一番そそりますね。ちょっと巻き戻して再生、と」




「ゆうしゃまは・・・おひしゃまの・・にほひ・・」




「うんうん、この何とも言えない舌足らずな物言いがエロ・・・いえ、可愛らしい事この上ありません。世の男性の99.99999999%まではこの時点で志津香様に襲い掛かるはずなのですが、惜しむらくは神崎先輩がその例外の0.00000001%に入っているという事ですね。・・・では、もう一回巻き戻し――」


「何をしてますの朱理ーーーーーーーーーーーッ!!!!!」


「オフッ!?」


志津香のタックルが朱理の鳩尾に突き刺さり、ベッドの上に押し倒した。その目は血走り、髪は縺れてしまっているが、今の志津香にはそんな事はどうでも良かったのだ。


「な、な、な」


「はて、何で私がここに居るのか、でしょうか? それとも何でこの記録媒体の隠し場所が分かったのかですか?」


感情が高ぶり過ぎて言語中枢が侵された志津香は朱理のマウントを取ったまま、ガクガクと首を縦に振った。


「何でと言われば、そろそろお茶の時間でしたのでそちらをお持ちしたからですし、何故隠し場所が分かったかと言われれば、長年連れ添った私に志津香様の事で分からない事は御座いませんとしか言い様が無いのですが・・・」


「そ、そ、そ、そんな事で誤魔化されませんからね!!! き、き、き、今日という今日は絶対、ぜーーーったい許しませんから!!!」


「あ、志津香様、再生が止まっていません。・・・ほら、丁度志津香様と神崎先輩が抱き合って・・・」


「キャアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」


転げ落ちる様に志津香はベッドから飛び出て映像媒体を停止させて肩で息をした。


「ハァ、ハァ、ハァ・・・」


「志津香様、少し宜しいですか? 真面目な話が御座います」


「な、何ですか、朱理。急に真面目ぶっても私は騙されませんからね!」


いつもの様に流されず、キッと朱理を睨み付ける志津香だったが、その朱理の真剣な表情にアッサリと追求の意思が萎えた。


「あ、あの、朱理?」


「・・・志津香様、最近の志津香様はとてもよろしくありません。ご自分隠せているつもりかもしれませんが、例によって志津香様は腹芸がお得意ではありません。皆、最近沈みがちな志津香様の事を心配している事に、志津香様はお気付きですか?」


「えっ!?」


本当に真面目な話題が返って来た事と見透かされていた事に志津香は大いに動揺した。自分では上手く隠せているつもりであったし、皆の態度からも特に変わった様子は感じられなかったからだ。


「・・・そのご様子だとやはり上手くやれているつもりだったのですね・・・。志津香様、この際ですから申し上げておきますが、大人の方々というのは自分の本音を上手く隠せるものなのです。そして、それと同様に他人の本音を読む事に長けております。特に皇帝陛下であらせられます志津香様の事は皆が常に注意を払って何か変事は無いかと見守っております。ここ最近・・・いえ、一月前のあの日から、志津香様が無理に明るく振舞っている事を知らない者はこの皇居には居りません」


「そ、そんな・・・」


朱理の言葉に志津香は愕然となった。話していても全く違和感を感じなかったし、自分の顔を見ても皆恭しくそれに答えていた。そんな皆が既に自分の落胆を一月も前から知っていたとは、志津香の想像の埒外であった。


「志津香様はこの高天原の月であり太陽であらせられます。それが晴れれば皆笑顔に、それが翳れば皆悲しみに包まれてしまうのです。・・・この自室であればどの様な感情を露にしても朱理は何も申しませんが、せめて公の場では感情を取り繕う事をそろそろ覚えてもよい頃だと思います。志津香様、貴女様は皆を導く責務を自ら背負ったはず。ならば彼らに心配をお掛けになさらぬよう。・・・私が言いたい事は以上です。僭越では御座いましたが、罰せられるのであればなんであろうとも甘受する所存です」


そう言ってベッドの上で平伏する朱理に志津香は慌てて駆け寄った。


「ば、罰などとはとんでもない! 朱理、良く言って下さいました。・・・私はそんな事を皆が、そして朱理が考えていたなど露にも思わず自分の感情を上手く隠せていると思い込んでいましたわ。今日朱理がこうして我が身も顧みずに諫言して下さらなかったら、私は無様な勘違いをしたまま日々を過ごした事でしょう。ですから頭を上げて、朱理?」


「いえ・・・臣下としての分も弁えず失礼な事を申し上げました。志津香様に合わせる顔が御座いません・・・」


志津香は首を振って朱理の肩に手を置いて答えた。


「臣下だなんて寂しい事を言わないで、朱理。貴女は私の大切なお友達なんですもの。さあ、頭を上げて、お茶にしましょう? せっかく朱理が用意してくれたんですもの。無駄にしてしまうのは勿体無いわ」


「志津香様・・・朱理は果報者で御座います」


「うふふ、大げさね、朱理は。さ、お茶にしましょう?」


「はい!」


志津香に許しを得た朱理はすぐにお茶の準備を整え、志津香に差し出した。


「では頂きましょう。・・・あら、そういえば、今日はお茶請けがありませんわね?」


「あ、お茶請けはこちらです」


リモコンを隠し持っていた朱理は素早く操作して映像媒体を操作した。




「ゆうしゃまは・・・おひしゃまの・・にほひ・・」




「おお、何とお甘い! んぐっ、んぐっ・・・ふぅ~~~~~~~~・・・どうです? これ以上甘いお茶請けは無いと朱理は確信しているのですがっ!!」


志津香の目が死んだ。が、反面、湯呑みを持つ手は小刻みに震え、カタカタと震える湯呑みから茶がこぼれてテーブルを濡らす。そしてダン! とテーブルに湯呑みを置いて朱理に飛び掛った。


「しゅーーーーーーーーーーりーーーーーーーーーーッ!!!!! き、き、き、きょ、今日という、今日という、今日という今日は絶対、ぜーーーーーーったい、ぜ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~・・・・・・・・・・・ったいに!! 許しませんわ!!!!!」


「ハハハ、舌の根も乾かぬ内に前言を翻しますか、志津香様? 流石独裁国家の皇帝陛下は一味違いますね。朱理は悲しゅうございます。ゴクゴク」


「キイイイイイイイイイッ!! お、お茶を飲むのをお止めなさい!!! このっ、このっ!!」


掴み掛かる志津香をヒョイヒョイとかわしながら優雅な手付きでお茶を楽しむ朱理は流石『竜騎士』であったが、どうみてもスペックの無駄遣いであった。


《・・・何故汝は素直に激励するだけで済ませられんのか・・・自分と居る時だけでも素直に何事でも相談して下されと言えば良かろうに・・・》


朱理が「この自室であれば」と言った意味を理解したサーバインが一人呟いたが、サーバインの嘆息に答えられる者は何処にも居なかった。




余談であるが、志津香はその日から少しだけ元気を取り戻し、皇居の人々を安心させた。そして念入りに記録媒体の隠し場所を検討するのだが・・・朱理の目を欺く事は中々困難なのであった。

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