X-1 蓬莱1
一応、時間軸としては『竜ノ微睡』の前後としてお読み下さい。
まずは蓬莱組から。
「・・・真、まだ悠の奴から連絡は来ておらんのか?」
「・・・それ、昨日も言ってましたよ、真田先輩」
行儀悪く机に両足を乗せて椅子に体を預ける雪人がジロリと真を睨んだ。
「毎日聞くに決まっているだろうが。俺は連絡が入り次第、咲殿に子供らの安否を報告せねばならんのだからな。別に悠などどうでもいいが、連絡が出来る奴がアイツしか居らんのだから仕方あるまい」
「・・・一々言い訳がましいんだから・・・」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
一番気になるのは悠自身の事であるのは明白だが、建前としてそう言われては真としても大きな声では突っ込めなかった。
「でも、もう一月経ちましたし、そろそろ連絡があってもおかしくは無いですよ。きっと今頃は忙しい日々を送っていらっしゃるんじゃないでしょうか?」
「悠がサボっている光景など想像が付かんな。やり過ぎて国でも落としているかもしれんが」
「向こうはここと違って治安も良くないみたいですしね、ご無事だとは思いますけど・・・」
その言葉を雪人は鼻で笑った。
「ハッ! 最強の『竜騎士』である悠が龍も居らん場所で掠り傷一つ負うか。もし怪我でもしていたら笑ってやる所だ」
「分かりませんよ、我々の世界にだって龍なんて最初は居なかったんですから、悠さんが居る場所に存在しないとは限りません」
「だとしても『アポカリプス』クラスの奴が居たらとっくにその世界は滅んでいるだろうが。Ⅹ(テンス)の龍で無いなら悠の奴が負ける訳が無い」
「まぁ、そうなんですが・・・」
何度も似た様な会話をした真は「じゃあ愚痴を言わないで待ってて下さい」と言いたかったが、そんな事を言えば10倍になって返って来ると分かっていたので言葉を濁した。
「最近の蓬莱は平和そのものだ。この一月で龍が現れた事など2回だけ。それもⅣ(フォース)の雑魚ばかりとあれば、時間を持て余しもしよう。少なくなった『竜騎士』でも対応に困らんからな。・・・そう言えば、貴様の妹は最近轟とつるんでいると聞いたが?」
「・・・轟虎将は最近、何故か料理に打ち込んでいるらしく・・・亜梨紗の友人を巻き込んで我が家の厨房で良く見かけますよ。どうやら悠さんに何か吹き込まれたらしいですが・・・」
眉間に皺を寄せて真は渋面を作った。何しろ仗は例え上位者でも自分より弱いのならば敬意を持たない事で有名であり、言う事を聞かせられる人物と言えば悠以外存在しないのだ。そんな人間が自分の家に入り浸っているとなれば、真で無くても居心地は悪いだろう。
「訳が分からんな・・・志津香様は志津香様で物憂げなご様子だし、西城があの手この手で紛らわしてはいるようだが・・・軍内部もイマイチ気合が感じられん。全く、悠が居ないだけでこうも士気が下がるのでは軍の沽券に係わるぞ」
(それは真田先輩が気落ちしているのが皆に伝わっているからですよ)
「それだけ悠さんの存在は東方連合国家にとって大きな物だったんでしょう」
建前と本音を上手く分離させて真は当たり障りのない答えを返した。
「それでも何も知らん奴らはまだマシだろう。この世界に悠が居ると思っているのだからな」
「知らない方が幸せ・・・なんですかね?」
「かもしれんな。・・・いや、何でもない。ご苦労だった、下がっていいぞ」
思わず素直に頷いてしまった雪人は渋面を作って手を振った。普段はこの様な失言をする事の無い雪人の精神的失調を感じ、真も素直に引き下がった。
「では失礼します。何かありましたらすぐお知らせしますから」
「ああ」
そのまま真は敬礼し、情報竜将室を後にした。残された雪人は椅子にもたれ掛ったまま胸の前で腕を組んで目を閉じる。
「・・・俺とした事が、軽口のつもりが愚痴になるとはな。所詮平和とは相容れんのかもしれんな」
これでは仗の事を笑えないと雪人は自虐的な笑みを浮かべた。軍人として、自分が好戦的な人間であると雪人は誰に指図されるでも無く自覚はしていたが、平和を持て余すほどに軍に染まっているつもりも無かったのだ。
幼い頃の自分はどうだっただろうか? あの運命の日までの自分の記憶は既に薄れていたが、どちらかと言えばナヨナヨした性格だった様に思う。悠の前では強がってはいたが、家に帰れば父や母に甘えてばかりで、絵本を読んだり花などを育てては喜んでいた気がする。
だがあの日以来、その様に趣味は全て惰弱と断じて読む本は戦術指南書や軍記ばかりになり、暇さえあれば悠と共に体を鍛える様になった。
口調もいつしか皮肉げになり、一人称も僕から俺になったが、今ならそれがただの強がりだった事が分かり赤面してしまう過去だ。
ふと雪人は己の違う未来を夢想した。龍などという物が存在せず、平和なまま大人になったら自分はどんな大人になっていただろうか?
家は政治家一家だったので、恐らく自分もその道を志しただろう。真や朱理も名家ゆえに同僚になっていたかもしれない。志津香は父親が存命の為にまだ皇帝になっておらず、悠は軍人になっただろうがここまで栄達する事も無かっただろう。匠は今と変わらなかったかもしれないが、妻帯くらいはしていたかもしれず、仗は善良な若者として争いとは無縁の生活を送っていたかもしれない。
そこまで考えた所で雪人は自分の益体も無い想像を振り払った。
(下らん。仮定に仮定を重ねたたらればなど何の役にも立たんと言うのに。・・・それに、まだ俺の戦いは終わってなどおらん。悠、早く連絡して来い。俺が策を練ってお前が実践する。それが俺達の役割分担だっただろうが・・・)
好む好まざるに関わらず、最早雪人には軍事に頭を絞らない生活は不分離となっていた。
新たな闘争に思いを馳せ、雪人はそのまま微睡み続けた。
平和を目指して戦う軍人は平和になると必要無くなるジレンマ。
特に東方連合国家は周辺に敵国も無いので尚更です。
物憂げな雪人から軍人の業を読み取って頂ければ幸いです。
最初の話はシリアス目でしたが、次の話は志津香と朱理です。
・・・言いたい事、伝わりますよね?




