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1-28 ガラス1枚分の距離

会議から解放された二人の姿は皇都の中央通りにあった。悠の先導で秋山の串焼き屋に向かっているのだ。


「悠、味には期待出来るのだろうな?」


「ああ、あれ程の物に出会った記憶は無いな。あの時はさっと済ませるしか無かったが、機会があれば是非もう一度食してみたいと思っていた。まぁ、露店で食ったから、店の中の様子は知らんが」


「逆に言えば露店で出している物すらそこまで美味いという事だな。それは期待出来そうだ。後は給仕にいい女がいれば文句の付け所も無い」


「貴様はそっちが良ければいいのだろうが」


「馬鹿め、両手に花が一番に決まっておろうが」


相変わらず雪人は悪びれない。


最近、皇都では露店の数が増え始めていた。それは龍の減少によって街の治安が向上したためであり、人々も徐々に露店を巡る楽しさを覚え始めている。これまでは夕方以降、子供の姿を見る事は少なかったが、今では親子連れで出かけて来ている者達の姿もちらほらと見受けられた。


「それにしても、なんとものどかな風景だな。俺達の世代では想像も出来なかったが、これからの子供は夜に震える事は無いのだな・・・」


雪人の言葉は重い。彼ら以降の子供達は、夜とは家で過ごすもので、そして次の日の朝を迎えられる保障の無いものだった。子供だけで無く、人々は夜を、闇を恐れて過ごした。そして迎えた朝ですら、安全を高めてはくれなかった。


「ここの子供達は俺達が思っている以上に強い。すぐにこの状況に慣れるだろうさ」


「ふん、昔の戦記でやたらと戦争を知っている年寄りが煙たがられていたが、自分がその立場に立つ事になると面白く無い。敬遠されても無理やり割り込んで行く、鬱陶しい年寄りになってやろうか」


「今でも貴様は敬して遠ざけられているだろうが」


「馬鹿な、俺ほど話の分かる上官などおらんぞ。少々コキ使う程度だ」


「俺達の基準そのものが狂っているんだろうよ。大体、訓練中に俺が何か言うと、部下は泣きそうな目で俺を見るからな」


「貴様と俺の基準を一緒にするな。悠は『自分』を基準にしているから部下が嘆いているだけで、俺は『人間』を基準にしている。生かさず殺さずの素晴らしい訓練案だ」


「生かさずの時点でどう素晴らしいのか、誰にも伝わらないのが難点だな」


「結果として生きていたから俺達はここにいるのさ。愚痴など俺が知った事か」


両方とも酷い事を言っている様に聞こえるが、事実二人の部下の生還率は高い(任務の種類に違いはあったが)。訓練の手を抜けば待っているのは緩慢な死である。生かすためには恨まれようとも過酷な訓練が必要だった。――結果として、一番常識的な匠が尊敬される訳である。


二人は今多少の変装を施して街を歩いている。雪人は後ろで髪を括っておらず、眼鏡を掛け、服も軍服ではなくその辺りにいる若者がしていそうな青い無地のシャツに一枚ジャケットを羽織り、下も綿のスラックスをはいている。悠も色違いの緑のシャツとジャケットとスラックスまでは一緒だが、お揃いで付けている眼鏡はダテだ。


雪人は細めの体系とも相まって遊び慣れた文系男子といった風情だったが、悠は哲学や古典文学、あるいは戦史でも研究しているかのような堅いイメージになるのは各人の個性と言った所だろうか。


・・・なお、この衣装の提供は朱理からである。何故女の朱理が男性物の衣服、しかも雪人と悠にジャストフィットする物を持っていたのかは不明だ。その際、やたらと「記録用ですから、ええ」と言って写真を撮りまくっていたが、その用途も不明だ。世の中には追及しない方が精神衛生上良い事もあるのだ。


しかしそのおかげで街中での注目度はいつもより格段に低い。が、それなりの容姿をした、個性の違う二人が街を歩けば、若い女性陣はなんとは無しに目が引き寄せられ、声を掛けるべきか迷わされるのだった。


幸い、若い女性達が生贄になる前に(?)、二人は目的地に辿り着いた。


「ここだ、元一等兵の秋山あきやま 一郎いちろうという男がやっている。盛況のようだな」


「ほう、確かにいい匂いがするな。こいつは楽しめそうだ」


一郎の店、『串処 あきやま』の暖簾をくぐると、店内は既に7分ほどが埋まっており、串を焼く煙が立ち込めている。店から出たその匂いが、また新たな客を引き込むのだろう。


「はい、いらっしゃい!2名様ですか?」


給仕を担当しているだろう女性が二人に声を掛ける。


「ああ、出来れば奥の座敷がいいのだが、空いているだろうか?」


「ええと、今はちょっと・・・」


「!?おい、待て、ここは俺がやっておくからあっちの注文を聞いて来てくれ!!」


「?は、はい・・・?」


二人を見た途端、電撃を食らった様に店主である一郎が二人の前に脚を引きながら走り寄り、小声で尋ねた。


「ま、まさかこんなに早くご来店頂けるとは思っておりませんでした、神崎竜将。それに真田竜将閣下も」


「敬称はよせ。今はただの神崎と真田だ。それでいいだろう、真田?」


「ああ、そんな物は軍の中にいる時だけでもう腹一杯だ。ここでもそうではせっかくの串焼きを入れるスペースも無いだろう?呼び捨てで構わんよ」


「で、では神崎さんと真田さん、で宜しいですか?」


恐る恐る聞く一郎に、雪人は笑って答えた。


「それでいい。で、座敷はどうだ?」


「はい!一番奥の座敷へご案内致しますので、こちらへどうぞ」


そう言って一郎は奥の座敷へ向かって歩き出した。








「ふむ、いい所だな」


「ありがとうございます、ここはまだ他のお客には解放していない、試験的に作った座敷でして・・・ご注文はそちらのマイクの電源を入れますと、私に聞こえる様になりますので、一々人を呼ぶ必要がありません」


「ほぅ・・・中々目の付け所がいいな」


「元々私は通信兵でもありましたから。大した事ではありません」


そう言いながらも一郎は褒められて嬉しそうだ。


「退役したのはやはりその足か?」


そう問う悠に、秋山は若干苦笑を滲ませながら答える。


「はい、あの4年前の戦い自体は神崎りゅ・・・神崎さんのおかげで勝てましたが、自分は流れ弾の火球で倒れて来た資材に足を挟まれまして。任務続行困難という事で返されました」


「そうか・・・済まなかったな」


「と、と、とんでもない!!!生きていたのすら神崎さんがいらっしゃったからなのに、この上文句など言っては軍の方々に申し訳が立ちません!こうして店を営む事だって出来なかったでしょう」


「そう言ってもらえると助かる。今日は存分に飲み食いさせてもらおう」


「はい!是非!!」


思わず敬礼して退出する一郎を見やりながら、雪人は悠に尋ねた。


「慕われているようですな、神崎竜将閣下?」


「何故か真田にそう言われると全く敬意を感じんな」


「込めておらんからな」


そう言いながら雪人はメニューを眺める。


「うむ、取りあえずは一通り行ってみるか。食えるだろう、悠?」


「俺もそう思っていた所だ」


そう言って二人は早速マイクで大量の串焼きと酒を注文したのだった。












「ありがとうございました!またのお越しを!!」


二人で5~6人前は平らげた悠と雪人は、膨らんだ腹をさすりながら店を後にした。


「うう~、食いも食ったり、飲みも飲んだり・・・」


「飲み過ぎだ貴様は」


雪人はいつに無く酒を飲み、その顔は真っ赤だった。足元も危うく、歩幅も一定では無い。


「少し酔いを覚ました方がいいな」


そう言って悠は雪人に肩を貸しながら、街の外れにある公園へと足を進めたのだった。










「ふぅ、生き返る・・・」


「死んでいろ貴様は」


途中で買った水を飲みながら呟く雪人に、悠は冷たく罵倒した。


「ふん、俺がこの程度の酒で死ぬか。悔しかったら皇都中の酒を積んでみろ」


「そんな酒に失礼な事が出来るか」


そう言いながら腰かけていたベンチから立ちあがった雪人は公園の中央にあるガラスのオブジェに手の平を当てつつ言った。


「おお、悠、お前も手を当ててみろ。これ、触ると色が変わるぞ」


公園に来た子供を楽しませる為の仕掛けなのだろう、そのガラスは温度で色の変わるギミックが仕込まれていた。


悠もそのガラスに手を当てると徐々にその周辺が青く染まった。


と、不意に雪人が悠の反対側に回り、悠の手が当たっている場所に手を当てた。


「・・・お互い、でかくなったもんだな」


「ああ、もう俺達は子供じゃない」


お互いの手の大きさが今の半分くらいだった頃からの付き合いの二人である。そんな悠の目を正面から見つめて、雪人は言った。


「悠、お前に、一度だけ聞きたい事がある」


そう言う雪人は――震えている。寒さの為では無い。軍ではこの程度で震えるような弱卒は居なかった。


悠は雪人が今日、何か話があると言っていたのを覚えていたが、催促する事はしなかった。そして、それは雪人をして口に出し難い事なのだと察していた。


そして、聞いた。


















「俺の事を――憎んでいるか?」


















「・・・・・・・・・」


悠は無言だった。雪人が悠に対して何かを考えている事は知っていた。それくらいは察知出来る程度には長い付き合いである。


「お前の母上・・・美夜さんが亡くなったのは、俺が無様にへたり込んでいたからだ。俺は、いつお前が俺に「お前のせいで自分の母上は死んだのだ」と追及されるのか、怖かった。怖かったのだ・・・」


そう述懐する雪人の姿は、まるで時が遡り、20年前の子供に戻ったかのように頼り無かった。


およそ恐れを知らぬ、傍若無人にして傲岸不遜。それが真田 雪人と呼ばれる男の世間一般での評判であった。勿論、それに数倍する信頼あっての事だったが。


今、雪人は声も涙も流さずに泣いていた。


悠は今までの雪人に感じていた物の正体を掴んだ。それは二人の間に――このガラスの様に常にあったのだ。見えてはいるが、触れてはいない。


ガラス一枚分の距離が。


悠はガラスから手を離した。そして、雪人の方に回り込むと。


左手で雪人をぶん殴った。


「ぐっ!?」


悠の拳を受けて、雪人はその場に倒れた。殴られた頬が焼ける様だ。酒が抜けて来たはずの視界もくらくらと歪んでいる。


「立て、真田・・・いや、雪人」


悠が足に来ている雪人の襟を掴んで再び立ち上がらせる。雪人は名前で呼ばれた事に驚きながらも、それに従って立ち上がり、されるがままに目を閉じた。


「ああ、貴様には俺を殴る権利がある。好きにしろ」


「貴様はまだ分からんか。連合国家軍最高の頭脳が聞いて呆れる」


「なに?ぐはっ!?」


そうして再度雪人を殴って這いつくばらせると、悠は言った。


「あの時、お前を助けようが助けまいが、あの場で生き残る道など無かった。俺とてレイラが居なければあそこで屍を晒していただろう。だが、お前は母上が救って下さった、俺の・・・親友だろうが・・・」


《・・・ユウ・・・》


レイラはあの場を知っているが為に何も言わない。ただ、それでも今泣けるのなら泣きたいであろう自分の相棒を思いやって名を呼んだ。


「・・・すまん」


「謝るな、また殴りたくなる。貴様は何様かと思うくらい傲慢なくらいで丁度いい」


「人をまるで嫌な奴みたいに言いやがるな」


「まるで嫌な奴では無いみたいな口ぶりだな」


そう言って悠が手を差し伸べると、雪人がそれに掴まって立ちあがった。


「やれやれ、分かった。俺はもう謝らん。後悔するなよ?」


「貴様がそんな事を後悔するとは思えんな」


「言ってろ」


そう言って二人は笑い合った。友達の様に。親友の様に。


ガラス一枚分の距離は、既に踏破されていた。

















《男ってなんでこんなに馬鹿なのかしら?そんなに殴り合いたいなら私が殴ってあげましょうか!?》


そしてレイラに説教される二人なのだった。

やっぱり男はこのぐらい泥臭いのもあってもいいと思います。


最近はもっとスマートなんでしょうが~

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