閑話 葵、成長するの巻
「やぁ、アオイ殿。稼働は良好ですか?」
《はい、ハリハリ様。今現在不具合は御座いません。本日はどの様なご用件でしょうか?》
ハリハリが今居るのは、地下にある葵の心臓部にして頭脳を司る最重要施設の内部である。その重要性から、この場所に立ち入れるのは主人権限を持つ悠と特殊権限を持つハリハリだけである事がその重要性を窺わせた。
「一つ新しい機能をと思いましてね」
《新機能の搭載で御座いますか?》
「ええ、と言っても直接的な防衛機能となるかどうかは分かりませんが、何かの役に立つかと思いまし・・・ふ、フェクション!!」
ハリハリは懐からある魔法の構成が描かれた魔法陣を取り出したが、そこで長い髪が鼻に絡んで一つ盛大にクシャミをしてしまった。
《これがその魔法陣ですか?》
「グス・・・失礼。ええ、以前の様に弾かれてしまうかもしれませんが、発動可能であれば『索敵』の様に使用する事も出来るでしょう。アオイ殿は我々と違い、一度覚えた魔法をしくじるという事がありませんから」
《恐縮です、ハリハリ様》
葵もレイラと同じく、一度覚えた魔法を仕損じる事が無い。人間とは比べ物にならない処理能力を活かし、データ的に魔法陣を転写しているからであるが、レイラと異なるのは魔法への適性がほぼ無属性に限られている事だった。ハリハリは防衛手段の一環として葵に各種攻撃魔法の魔法陣を覚えさせてみたのだが、6属性のどれもが発動出来なかったのだ。唯一使用する事が出来たのは無属性の『索敵』の魔法のみであり、目下ハリハリは無属性の攻撃魔法と魔力貯蔵量の拡大を研究中である。
「とりあえずどの様に使うかと言うとですね・・・」
新しい魔法の説明を受けた葵が返答した。
《畏まりました。ではこの後に早速試してみましょう》
「ついでだからちょっとしたサプライズを仕込んでみましょうか。私が合図したら使ってみて下さい」
《了解です、ハリハリ様》
・・・このハリハリの遊び心が後の悲劇を生む事になるのだが、この時はまだ誰にも分からなかった。
「新魔法?」
「ええ、それで、ちょっとした実験をしてみようかと思いまして・・・」
「・・・また変な魔法なんじゃないですか?」
「ひ、酷いですよジュリア殿!! ワタクシ、誓ってワザとあの様な真似をしたのではありません!!」
視線の温度を下げる樹里亜にハリハリが慌てて弁解を口にした。全員を混乱の渦に叩き込んだあの事件からまだ一月しか経っておらず、ハリハリの新魔法と言うと、特に女性陣の目が冷たくなるのだった。
「つ、つい先日完成した『進化の繭』の時はバッチリだったじゃないですか!! 皆さんが成長して大きくなっても大丈夫な様にケイ殿に新しい服も作って貰いましたし!!」
前回の失敗を踏まえ、ハリハリは恵に身体が伸びても対応出来る衣服の開発を求めていた。その試みは上手く行き、内部に折り込み式の袖と裾を盛り込み、胴体や腰回りには伸縮素材(京介のボールを作るのに使ったシーサーペントの浮き袋)を使用する事で成長しても服が破れたりする事は無くなったのだ。・・・若干、スタイルがいい子達はその服が体のラインを浮き上がらせてそれなりに不健全な気配が漂ってはいたが、半裸になるよりはマシであろう。
「はいはい、で、それはどんな魔法なんですか?」
「ヤハハ、それを言ってしまっては面白・・・んんっ、感動が無いではないですか。お疲れだとは思いますが、早速今から皆でその成果を見てみましょうよ!」
「・・・」
一部不穏な発言を聞き咎めた樹里亜だったが、ハリハリは明後日の方向を見ながら鳴らない口笛などをヒューヒューと吹いていて気付かないフリを続けていた。あれだけの目に遭ってもそんな態度が貫ける辺りはバローよりも神経が随分と太いのかもしれない。
「いいじゃん、ジュリ姉ちゃん、ハリー先生の事だからきっと皆が驚く魔法なんだよ!!」
「驚くとは思うけどね、私も。それがどんな方向での驚きなのかが問題なのよ。しかもお風呂でなんて、嫌な予感しかしないわ・・・」
「大丈夫だって! 男湯と女湯は分かれてるんだから、流石にハリー先生でもエッチな事は出来ないよ!」
「・・・キョウスケ殿、それって遠回しにワタクシの事を貶してません?」
樹里亜に疑われ、京介に爽やかにスケベ野郎の扱いを受けたハリハリがさめざめと涙を流したが、誰もフォローはしなかった。前回の件は皆に小さく無い不信感をハリハリに対して抱かせていたのだ。
「・・・まぁ、確かに京介の言う通りね。・・・当然、同じ場所に入れとはいいませんよね、ハリハリ先生?」
「も、勿論ですとも!! そこまで疑われると流石にワタクシも本気で悲しいのですが?」
「いいでしょう。早くお風呂に入りたいのも確かですし」
一番警戒心の強い樹里亜が説得された事で、皆渋々とではあるが新魔法のお披露目に風呂へと移動していく。これから起こる事を誰も予測出来ないままに・・・
「女性の皆さん、そちらは揃いましたか?」
「揃ってますよ。いつでもどうぞ」
「それでは失礼ですが、皆様、上をご覧下さい!! アオイ殿、『透明化』発動!」
《了解です、ハリハリ様。『透明化』発動》
ハリハリの音頭で皆が天井を見上げたが、そこは普段通りの高い天井があるだけ・・・と思ったのは数秒間だけであった。丁度天井の中心部分が透過し、次第に外の景色が見え始めたのだ。
「うわっ!? スゲェ!!」
「ほう・・・まるで露天風呂だな」
「星が見えないのが残念ですけど、これが終わったらどこか景色のいい所で見るとキレイかもしれないですね!!」
「ヤハハ、皆さんに聞いた異世界の風呂を参考に考えてみたのですよ!! どうです、たまには気分が変わっていいでしょう?」
「へぇ・・・まるで開閉式の可動屋根みたい。魔法って便利よね・・・」
皆湯船から立ち上がり、感嘆の声を上げて透過した天井を見上げていた。しばし上を向いたまま皆でワイワイと盛り上がったのだが、最も鋭敏な感覚を持つ悠がふと横を見た。・・・見てしまった。
「・・・」
・・・女湯の壁が透けている。
あちらも全員が立っていたので、隠す物など何も無い。シュルツの覆面以外、全員が生まれたままの姿で天井を見上げている。その悠の視線に気付いたシュルツが悠に気付いて手を振った。あちらからも見えているらしい。
悠の行動とレイラの叱責はほぼ同時であった。
《女の子は全員伏せなさい!!!!!》
「「「えっ?」」」
「ハッ!!!」
「「「どわぁッ!?」」」
その言葉に男性陣が反応して視線を移そうとする直前に、悠の両拳が湯面を殴り付け、男性陣は全員巻き起こった湯柱に舞い上げられて天井まで飛ばされ、そして自由落下して湯面に叩き付けられ、全員強制的に気絶させられてプカリと浮き上がった。
「キャアアアアアア!!!!!」
「な、何で壁まで透けてるの!?」
「あ~、明ちゃん~、悠先生だよ~?」
「ホントだ!! 悠お兄ちゃーん!!!」
「エッ!? ウソ!? イヤアアアアアッ!!!!!」
「・・・悠先生の、裸・・・ブフッ!」
「ソーナ!! 何幸せそうな顔をして気絶してるの!? ちょ、鼻血、鼻血ーーーーー!!!!!」
「裸くらいで何をうろたえているのだ? 師よ、こうして一緒に風呂に入るのも久しぶりですな」
「・・・シュルツ先生、その話、詳しく伺ってもいいですか・・・?」
沈黙に包まれる男湯と乱痴気騒ぎの女湯とを見て、悠は少しだけ疲れた顔で男湯を見やり、きっとこれは自分が運ばなければならないのだろうなと小さく溜息を付いてペンダントを弄った。
《・・・バカ・・・》
「・・・甘んじて受けよう」
その後、ハリハリが女性陣によってどんな目に遭わされたかなど、言うまでも無い事だろう。
これはその後の余談である。
若干内股でヨロヨロと頼り無く、ハリハリが地下心臓部へと訪れていた。
「・・・アオイ殿、何故壁まで透過させたのですか? お陰でワタクシ、酷い目に遭ってしまいました・・・」
《申し訳ありません、ハリハリ様。ですが、私はその紙に書いてある通りに魔法を発動させたのですが・・・》
「そんなはずは・・・ああっ!!!」
ハリハリは置き忘れた紙に記述した魔法陣を見て驚愕の声を上げた。そこにある魔法陣は95%までハリハリの覚えている通りだったが、たった一つ、ハリハリが書いた記述と異なっている部分がある。それは魔法の効果範囲を記した部分であった。
その部分が何がしかの水分によって滲み、違う意味になってしまっていたのだ。
「な、何故こんな事に・・・」
そこでハリハリは自分が葵に魔法陣を見せようとした際、クシャミをした事を思い出した。どうやらその飛沫がよりによって範囲を示している部分を滲ませて「無制限」を表す語に変わってしまったのだ。
「そ、そんなバカな・・・!」
運命の悪戯にハリハリは膝から崩れ落ちた。信頼を取り戻すには大変な苦労を強いられるだろう事は想像に難くない。
《・・・ご愁傷様です、ハリハリ様》
あまり情緒を解さない葵にすら慰められる始末である。この失態を補うには並みの功績ではとても足りないだろう。こうなれば、開発を凍結していた『四方対極烈破弾』を完成させるしかない。でなければ、出会い頭に「・・・おはようございます、ハリハリ先生、いえ、エロエロ先生」と嫌みを言われる生活が続くだろう。そんな灰色の生活には耐えられそうにない。
この出来事によって、不眠不休で魔法開発に取り組んだハリハリが僅か3日で『四方対極烈破弾』を組み上げた事は怪我の功名であった事だろう。
・・・恵に切り札として『透明化』を教えようとして、また女性陣に冷たい目で見られる事になるのは本当に余談である。
ハリハリ、頑張ったのに裏目に出るタイプでした・・・
これで五章終了です。




